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とりとめもない男と女のおはなし

東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の女性蔑視発言が問題になって以来、日本社会での女性の地位や立場が何かと話題になった。

日本は人口的には340万人ほど女性の方が多い国である。
しかし、女性の平均賃金は男よりも低く、男女間の賃金格差が主要先進国G7諸国の中でワーストワンの国でもある。
国際機関である世界経済フォーラムの2020年版では、経済、教育、健康、政治の4分野での男女格差を測るジェンダー・ギャップ指数を発表しているが、日本は153ヶ国の中で121位と不名誉な水準となっている。

つまり、日本は世界の中でも、いかに女性が大切にされていない社会であるか、ということだ。

ボクの周囲には、ボクも含めて嫁さんに頭の上がらぬ男どもばかりで、嫁になると女は強いナ、子供を授かると尚更たくましくなるナ、などと思っていたのだったが、そんな嫁たちも家から一歩社会に出ると、途端に弱い存在に変貌する訳である。

おっと、嫁などと云うと「嫁=家の女」と書くから、女性を家に縛り付けるつもりか、などと叱られるかもしれぬ。
いやはや、何かにつけて、うっかりと発言できない窮屈な世になってきたものである。
しかし、時折、男に向かって使われる「女々しい」とか「女の腐ったような奴」などの表現となると女性差別そのもので控えたい。

以前、酒の場で「世の中には色んな争いがあるが、究極は男と女の戦いだ」と言った猛者がいて「それは言えるかもね」などと皆で笑い合ったことを思い出したが、男女差別のテーマは根深いのかもしれない。

この3月、ボクたちは会社設立33周年を迎えた。
緊急事態宣言下でもあったので社内スタッフだけでのささやかな乾杯の儀だけとり行ったのだが、そう言えば、設立当時の専務取締役も常務取締役も女性だった。

現在、70人ほどのスタッフで動いているが、その4割を女性が占めていて、ボクたちの会社では賃金に関しても、その他の労働条件についても男女の差別は当然ながら一切無い。
制作プロダクションでは恐らくどの会社もそうだろう。

一般的に女性には出産という役割があって、仕事の上では大きなハンデがあることは確かだが、ボクたちの会社には、そのハンデを乗り越えてたくましく働き続けている女性スタッフたちが沢山いる。

子供が幼いうちは人並の苦労ではないに違いないが、みんながんばってきたし、今もがんばっている。
会社としても出来る限りのバックアップを心掛けている。

本当にこの仕事が好きで続けたいと願う気持ちに男女の別はない。
もとより男女を問わず、この仕事が好きで楽しめている限り、働く環境を整える努力をするのが会社の役目だと普通のこととして考えている。

ところで、話は横道にそれるが、男だ女だと騒いでいるけれども、男女の境界線そのものがもともと怪しい。

動植物が雌雄に分かれているのは、子孫を残すための仕組みであり戦略だが、動物や植物の世界では、雄から雌に、雌から雄へと、時に応じて性転換するものや雄と雌を同時に備えている種が数多く存在している。
特に海に棲む魚類を中心に300種類ほどが様々な形で多様な性転換をすることが分かっている。

陸上の哺乳類には、そんな風に性転換する種はいないというが、しかし、ここ数年、人間の世界では、性的マイノリティー(LGBT)や性同一障害(GID)などの言葉が日常的に使われるようになっている。

社会的あるいは個人的な理由による性の狭間で悩みを深めている人たちの問題がクローズアップされ始めた。
そういう人たちがどこの国でも人口の4~8%を占めると言われている。
100人のうちに4~8人というのは驚くほどの多さで、大きな社会問題になるのは当然だ。

男と女では外見や臓器や脳の仕組みや思考回路、それに染色体なども異なり、それぞれの特性が存在することは確かだが、単純明快に区分できない性の複雑さや曖昧さも同時に在ることが分かる。

科学の進歩や社会調査等で男女の性について色々と明らかになってきた。
だから、男らしさとか女らしさ、男はこうであらねばならぬ、女はこうでなければならない、というこれまでの男女の在り方原理主義は次第に古びた考えになり始めている。
そして、これまでの男女の役割分担の常識も崩れ始めている。

環境や状況の変化に伴い、発展進化して多様性を帯びて行くのが社会的価値の一般的な形なので、原理主義は過去に捉われた、ただの偏屈な存在として社会的意味を喪失することになるのは当然のことである。

ふと思う。
もしかすると、日本が世界経済フォーラムから指摘された男女格差の原因、その原点は天皇制に由来するのではないか。
万世一系の父系性の国体維持の思想が男性主導の社会へと導いているのではないか。
いまの社会あるいは政権が女性天皇を認めることが出来れば、世の女性観は変わるのではないか。

天皇制の是非は別の議論として、時の権力者たちが、国会の開会式をはじめとして年に何度か日本国の権威の象徴である女性に頭を下げなければならない機会が多くなれば、権力者のみならず国民の意識にも変化が起きるかもしれないと妄想している。
 
  「オスメスも 元をただせば 単細胞」


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