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住みやすい世の中

かの著名な文豪・夏目漱石大先生も小説「草枕」で「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」と言っておられるが、そもそも住みやすい世の中などと云うものは存在し得るのだろうか。

人は、考えや立場や性別をはじめ、人種や国や地域や気候風土、それに伴う風習や習慣、言語、宗教、さらに政治体制や法律など多種多様で、それぞれの好みや価値観も異なれば、国家間や個人間の利害関係も複雑で、万民にとっての住みやすい世など、初めから幻想にしか過ぎないことは明らかだ。

ゲームならば、いま流行りのAIでも駆使して、世界をそれぞれ個別の特徴を持つ100か200の国に分類し、人びとの価値観に適した国に移り住まわせるシュミレーションはできるだろうが、仮想の世界でしかない。

仮に、それが実現出来たとしても、住みやすい世の中が保障されるとは到底思えない。
それほどに人の欲望や執着心は多様で限りはなく、人は常に欲求不満の状態にあり、愚痴や不満を吐き続ける存在だからである。

ことほど左様に、もともと世の中とは住み難いのが当然だし、だからこそ、この世は猥雑にして面白いのだ。
そんな当たり前の理屈を前提としながらも、それでもボクたちは少しでも住みやすい世の中を求め続ける。

どこまでも絵空事だが、浅薄なボクが望む世の中の形は単純だ。
まずは、絶対権力や権威の存在しない世であることだ。
皇帝や王様や君主、また法王などの変更不可能な絶対者が存在せず、どのような世界であれ、国民の総意で交代可能なシステムが機能できる自由のある社会である。
国家や組織にはリーダーは必要だが、民意を反映するための確固たるルールが遵守される社会だ。

それに、なんでも言える社会であることだ。
言論や表現の自由が当然のこととして受け止められる社会である。
民主主義を支える土台となるのが、言論、表現の自由であると信じている。

最低限、そんな世の中であれば良い、と思っている。
あとは国民の民意次第である。
しかし、実はこの民意の健全な成熟がもっとも困難を伴う作業なのだと思う。

周知のように、太平洋戦争で敗戦する70数年以前の昭和時代の日本は、軍国主義一辺倒の社会で民主主義とはほど遠い暗黒の時代だった。
天皇を元首とする思想統制国家で、言論の自由も集会の自由もなく、それを犯す者は弾圧され投獄された。

そして、そういう暗黒社会を目指した政治家たちや軍部、経済界、マスコミなどと共に、圧倒的多数の国民の民意がその体制を支えたことは確かである。

やがて日本はヒットラーが率いる同盟国ドイツと共に世界中からの憎悪の対象となり壊滅的な攻撃を受け、国土は焦土と化した。

敗戦後の日本は、賢明にも手のひらを返してアメリカの民主主義思想を取り入れ、奇跡とも云われる経済復興を成し遂げる。
国民は一丸となり馬車馬のように働いた。
そしてその結果、一億総中流社会と称されるような、格差や貧富の差の少ない社会を作った。

幸いなことにボクたちの世代はそんな経済成長期の時代をどっぷりと体験することが出来た。
現在の世の中に比して、ダイナミックな自由に満ちていた。

言論や表現の自由は豊かで、過激さも辛らつさも同時にユーモアも併せ持っていた。
それらのエネルギーの素となり、自由を支えていたのは、ある種の「大らかさ」であったと思う。

夢や希望という言葉が日常生活の中で生き生きと飛び交っていた。
ボクたちは良く働き、良く遊び、そして消費した。

一方、経済成長の中で労働組合を中心とする賃金闘争も盛んだったが、当時、働いていた大多数の人びとは仕事を成し遂げてより良い結果を得ることに熱中し、その結果として賃金を得ることに喜びを求めていたようにボクには思える。
賃金を得ることは大切ではあったが、第一義ではなかったと思う。
とにかく、やりたい事がいっぱい有って、活気に満ちた一時代であったと思う。

こうして日本は経済大国となった。
しかし、みんな疲れた。
そして経済的豊かさのひとかけらに酔い、安心し、前進を止めた。
多くの人たちは現状に満足し、変化を恐れ、保守化して行った。

そして30年近く経った現在、かつての夢や希望という言葉はもはや死語となった。
働く目的はお金を得るためという虚しい社会へと変貌した。
貧しい人たちの層が日毎に膨れ上がっていく。

政治の劣化は目を覆うばかりで、連日マスコミを賑わしている政界の不祥事だけでも、それは十分明らかだ。
長期政権の下で、政権与党内ばかりではなく、官僚組織も自由な発言や提言がはばかられる不透明で風通しの悪い暗闇の中にいる。
政権によるマスコミへの介入の噂も常態化している。

しかし、これらすべて負の現象は、ボクたちひとりひとりが選択した国民の総意の現れであることは銘記すべきだ。

経済発展途上の世を懐かしむ気は毛頭無いし当時の世界状況とは大きく異なるが、その頃に世間に漲っていた覇気は、今は無い。
効率化や生産性などの言葉だけが虚しく響いている。

あれはダメ、これもダメとやってはならないことが多くなり、すべてが委縮し、損だの得だのとチマチマした功利的な世の中になってきた。

栄枯盛衰は世の習い、時代の流れとはそういうものだとは言え、それだけ日本が経済的にも、政治的にも、また文化的、精神的にも劣化し、貧しくなってきたのかもしれないが、とにかくこういう世は住みにくい。

極端に言えば、善も栄え、悪もはびこる社会こそが面白く活気がある。
貧しいながらも楽しい我が家、もっと開き直って、夢や希望を持って生きたいものである。

そのためには、社会も個人も今一度「大らかさ」を取り戻すことがまず必要なのではないかと思っている。

  「限りある 命を燃やす 世であらば」


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一昨夜、拙宅の東隣の空き家が全焼しました。
拙宅も、屋根、壁面、窓などに被害を受けました。
いま、燃え残りの隣家の壁面が拙宅の方へ傾き、いつ倒れても不思議でない状態です。

市役所の防災課に「撤去命令を出して欲しい」と言ったら、「出来ません」とのこと。
持ち主は、所在不明です。
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「持ち主の住所を教えろ。」と言ったら、「個人情報で教えられません」

持ち主は、家とは名ばかりのモノがあるお陰で年間百万円を遥かに超える額の税金を納めなくてよいのです。

「失火責任法」という法律があります。
火元となった人は類焼家屋に責任を持たなくて良い、という法律です。
小田さま。
こんな世の中が面白いですか?
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