新型コロナウイルスが教えてくれたこと
緊急事態宣言が延長されて数日が経つ。
日本のPCR検査を含めて検体数が他国と比べて圧倒的に少ないので、感染状態がどうなのかその実態は定かには分からないが、感染者数は全体的に落ち着き始めているようだ。
ボクはこれまでも普段通りに毎日出社しており、赤坂の町の様子を見ているのだが、ここ数日、人の数は増えているし、開店する飲食店等の数も徐々に増えている。
いよいよ背に腹は代えられない状況に来ている。
それが良いことなのか良くないことなのか分からない。
しかし突き詰めた話をすれば、新型コロナで命を亡くすのと、商売が立ち行かなくなり命を落とすのと、どちらを選択するかとの問題でもある。
現在のところコロナでの死亡者数は700人に満たないが、今後の経済的死亡者数は恐らく桁数が著しく異なるだろうと容易に予測できる。
メシが食えている者は何とでも言えるが、自粛要請を守るため、生きるか死ぬかの選択を迫られている人たちも圧倒的に多い筈で、庶民が同じ庶民のことをとやかく非難したり中傷したり密告したりの風潮はどうかと思っている。
インフルエンザも実は収束していないコロナである。
ワクチンも必ずしも万全ではなく、毎年膨大な感染者と驚くほど多くの死者を出している。
それにもかかわらずみんな平気で暮らしている。
新型コロナも、やがて、これまでのインフルエンザと同じ道を辿ることになるのだろうとボクは勝手に想像している。
みんなで感染を広めないように注意することは必要だが、過剰な恐怖心を持つことは愚かで無駄なことだ。
ある意味、マスコミを含めたヒステリックなまでの情報の拡散が新型コロナへの恐怖をその実態以上に増幅させ、より一層の社会不安と混乱を産み出しているようにボクには思えてならない。
人災にも映る。
こうして、新型コロナは多くの人たちを恐怖や絶望の淵に突き落とし、時として人の命を奪うこともある恐ろしい存在となっている。
そして、そのことで、新型コロナは、奇しくも政治、経済、文化、社会生活など多方面の分野で、これまで、うっかりと見過ごしてきていた世の中の現実の姿をスクリーンにくっきりと映し出すことにもなった。
隠れていたり、隠していたりしていた人の欲望や野望、それに恐れなどを一気に露わにし、その正体を暴きだす役目も果たしている。
国家とはどういうものか、官僚は何を考えているのか、政治家とはこのような存在であったのか、権力の持つ恐ろしさとはこんなところに潜んでいたのか、個人情報の持つ意味や危険とはこれであったのか、そして人びとはそれらにどういう対応をするものなのか、そういったすべてのことが、次々と鮮明になっていった。
そして、同時にすべての人たちがひとりひとりコロナに照らされて丸裸にされている。
ボクたちの会社も世間同様に少なからぬ影響を受けている。
海外取材はおろか県外の取材も出来ない。
都内の取材にも制約がある。
人と会うのが仕事なのにその接触が禁じられている。
テレビは手を変え品を変えて再放送を繰り返している。
動きがつかない。
しかし、そんな制約の中でも何が可能なのかを考えるのがボクたちの本来の仕事でもある。
何とかしよう、前を向いて進もうとの意志がもっとも必要な季節だ。
ボクたちの能力と努力が試されている季節だと考えている。
ボクは新型コロナから大きなエネルギーを貰っていると当初から自覚していた。
その意味ではボクたちの仕事も人も今、自然淘汰の中にいる。
自然に対する大いなる畏敬の念はあるが、正直言ってコロナへの特別の恐怖心はボクには無い。
出来ることをして、それで駄目ならその時はその時だ。
コロナに限らずすべてのことはそうである。
また一方で、コロナはささやかな幸せのようなものも与えてくれている。
それは愛のようなものかもしれない。
家族を含めて、自分の周りの人たちを大切にしたいという気持ちを育ててくれている。
ボクのような武骨な人間を柔らかくしてくれている。
それは嬉しいことだし、新しい発見である。
今後、それほどの時を経ずして、緊急事態宣言は解除されることになるだろう。
その時こそが、本当は危ない。
本当の感染の危機だと思っている。
これからの世界はどのように変貌するのか。
日本はどのように生きていく道を選択するのだろうか。
恐ろしくもあるが、興味は尽きない。
「チューリップ 首はねられて 腑に落ちず」

日本のPCR検査を含めて検体数が他国と比べて圧倒的に少ないので、感染状態がどうなのかその実態は定かには分からないが、感染者数は全体的に落ち着き始めているようだ。
ボクはこれまでも普段通りに毎日出社しており、赤坂の町の様子を見ているのだが、ここ数日、人の数は増えているし、開店する飲食店等の数も徐々に増えている。
いよいよ背に腹は代えられない状況に来ている。
それが良いことなのか良くないことなのか分からない。
しかし突き詰めた話をすれば、新型コロナで命を亡くすのと、商売が立ち行かなくなり命を落とすのと、どちらを選択するかとの問題でもある。
現在のところコロナでの死亡者数は700人に満たないが、今後の経済的死亡者数は恐らく桁数が著しく異なるだろうと容易に予測できる。
メシが食えている者は何とでも言えるが、自粛要請を守るため、生きるか死ぬかの選択を迫られている人たちも圧倒的に多い筈で、庶民が同じ庶民のことをとやかく非難したり中傷したり密告したりの風潮はどうかと思っている。
インフルエンザも実は収束していないコロナである。
ワクチンも必ずしも万全ではなく、毎年膨大な感染者と驚くほど多くの死者を出している。
それにもかかわらずみんな平気で暮らしている。
新型コロナも、やがて、これまでのインフルエンザと同じ道を辿ることになるのだろうとボクは勝手に想像している。
みんなで感染を広めないように注意することは必要だが、過剰な恐怖心を持つことは愚かで無駄なことだ。
ある意味、マスコミを含めたヒステリックなまでの情報の拡散が新型コロナへの恐怖をその実態以上に増幅させ、より一層の社会不安と混乱を産み出しているようにボクには思えてならない。
人災にも映る。
こうして、新型コロナは多くの人たちを恐怖や絶望の淵に突き落とし、時として人の命を奪うこともある恐ろしい存在となっている。
そして、そのことで、新型コロナは、奇しくも政治、経済、文化、社会生活など多方面の分野で、これまで、うっかりと見過ごしてきていた世の中の現実の姿をスクリーンにくっきりと映し出すことにもなった。
隠れていたり、隠していたりしていた人の欲望や野望、それに恐れなどを一気に露わにし、その正体を暴きだす役目も果たしている。
国家とはどういうものか、官僚は何を考えているのか、政治家とはこのような存在であったのか、権力の持つ恐ろしさとはこんなところに潜んでいたのか、個人情報の持つ意味や危険とはこれであったのか、そして人びとはそれらにどういう対応をするものなのか、そういったすべてのことが、次々と鮮明になっていった。
そして、同時にすべての人たちがひとりひとりコロナに照らされて丸裸にされている。
ボクたちの会社も世間同様に少なからぬ影響を受けている。
海外取材はおろか県外の取材も出来ない。
都内の取材にも制約がある。
人と会うのが仕事なのにその接触が禁じられている。
テレビは手を変え品を変えて再放送を繰り返している。
動きがつかない。
しかし、そんな制約の中でも何が可能なのかを考えるのがボクたちの本来の仕事でもある。
何とかしよう、前を向いて進もうとの意志がもっとも必要な季節だ。
ボクたちの能力と努力が試されている季節だと考えている。
ボクは新型コロナから大きなエネルギーを貰っていると当初から自覚していた。
その意味ではボクたちの仕事も人も今、自然淘汰の中にいる。
自然に対する大いなる畏敬の念はあるが、正直言ってコロナへの特別の恐怖心はボクには無い。
出来ることをして、それで駄目ならその時はその時だ。
コロナに限らずすべてのことはそうである。
また一方で、コロナはささやかな幸せのようなものも与えてくれている。
それは愛のようなものかもしれない。
家族を含めて、自分の周りの人たちを大切にしたいという気持ちを育ててくれている。
ボクのような武骨な人間を柔らかくしてくれている。
それは嬉しいことだし、新しい発見である。
今後、それほどの時を経ずして、緊急事態宣言は解除されることになるだろう。
その時こそが、本当は危ない。
本当の感染の危機だと思っている。
これからの世界はどのように変貌するのか。
日本はどのように生きていく道を選択するのだろうか。
恐ろしくもあるが、興味は尽きない。
「チューリップ 首はねられて 腑に落ちず」



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その通りです。
コロナはささやかな幸せのようなものを与えてくれている。
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【小田昭太郎】
株式会社オルタスジャパン代表取締役
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