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レオナルド・ダビンチと聖書

直木賞作家の伊集院静さんが脳梗塞で倒れられた。

伊集院さんは作家活動だけではなく、近藤真彦の「愚か者」や「ギンギラギンにさりげなく」などのヒット曲の作詞も手掛けておられる。
また女優の夏目雅子と結婚して話題になったが、彼女を亡くした後に、やはり女優の篠ひろ子と結婚するなど、なかなかの強者である。

ボクはこれまで直接の面識は無いが、つい最近、NHKのETV特集で「伊集院静 ダビンチをめぐる冒険」の制作で出演をお願いし、イタリアロケを行い無事に放送を終えた。
それから間もなくの知らせだっただけに、スタッフ共々驚いたのだった。
幸い、術後の経過は順調とのことで胸を撫でおろしている。

「ダビンチをめぐる冒険」はあの有名な絵画「モナリザ」や「最後の晩餐」をはじめとして数々の名画や壁画を残したレオナルド・ダビンチの一生の足跡を伊集院さんが辿る番組である。
伊集院さんは、かつて美術大学を志望されたことがあり、美術の世界への造詣が深いことでも知られている。
特に、ダビンチには興味を持たれていて詳しいと聞いていた。

番組の中で伊集院さんは、ダビンチが何を考え、どういう思いで作品を創ったのかに思いを馳せ、伊集院さん独自の感じ方や見方を彼自身の解釈で表していく。
ボクは番組を視て、まずまずの出来だったかな、と満足していた。

ところが後日、わが社の監査役の道川勇雄さんと話した時「伊集院さんはミスキャストでしたね」とおっしゃる。
「ダビンチが『最後の晩餐』で何を描いたのかを分かっておられない」

道川勇雄さんは知る人ぞ知る、聖書の研究家で日本ではこの人の右に出る者はいないほどの方である。
ボクが一目も二目も置く人物だ。
「最後の晩餐」や「洗礼者ヨハネ」などの有名な絵画は、ダビンチがキリスト教の教会からの依頼で描いた聖画である。

「でも芸術作品とはそういうものじゃないですか。作者の意図とは別にそれを観る人が自分なりに感じたり解釈するのが面白いところだし、今回は伊集院さんにその役割を託した訳ですから。単なる美術解説番組ではなく、伊集院さんの感じるダビンチですからね」とボクは少々乱暴な屁理屈を並べ立ててミスキャスト論を否定した。
道川さんは、こりゃどうしようもないな、という半ば諦めたような表情をされたが、それ以上に話されなかった。

それから数日後に道川さんから一通のメールが届いた。
ご本人の了解を得たので引用させて頂く。

『聖書は、その著者たちが「わたしたちとしては、自分の見たこと聞いたことを、語らないわけにはいかない」という立場で書かれた ものです。
その意味で正統派のドキュメンタリーと言えるでしょう。
(中略)
ダビンチの「最後の晩餐」は、神と人の断絶を描いたものです。
特権放棄に基づく「神の国」と、特権固守に基づく平和共存を本質とする自己投映的な「人の国」との激突と炸裂を描写したものです。
「平和は欲しいが、平和の条件としての方向転換は、まっぴらごめん」という、すべての人の本質を暴露した絵です。
ダビンチは「最後の晩餐」で、十字架の死が不可避であることをイエスが予告したその時、イエスの弟子たちは、「自分たちのうちで誰がいちばん偉いだろうか」と言って、権勢欲からの争論が起きている場面を描写したものです。
(中略)
聖書など古本以下の扱いである日本では、伝えようがないのかも知れません。
ただ、ダビンチの「洗礼者ヨハネ」と「最後の晩餐」の制作意図は上記の通りです。ご参考までに』

ボクは無神論者でありながら、会社に神仏混交の神棚を設けているようないい加減な人間である。
聖書の知識も全く無いのだが、「最後の晩餐」は、誰がイエスを売ったのかを、密告者のユダを含めて弟子たちがお互いに疑い合っている様を描いたものだと勝手に思い込んでいた。
しかし、そんな浅薄なことではなく、人間が抱えている根源のテーマであることを知り、この絵画の描かれた意図の絶望と深遠さを同時に知った。

ただ、伊集院さんの名誉のために敢えて言えば、ご本人に直接確認はしてはいないが恐らく、ダビンチに依頼した教会側の制作意図はご存じだっただろうとは思う。

そして、番組的観点から言うと、教会がダビンチに依頼した「最後の晩餐」の場面としての制作意図が、道川さんの指摘された内容であったことを、伊集院さんの見解や感想に加えてナレーションで説明した方が、よりこの壁画の理解を深めることになったことは確かである。
ただ、その解説の是非は番組制作者が決める範囲だとボクは思っている。

しかし、それらのこととは別に、ボクは道川さんとのやり取りで決定的な過ちを犯してしまった。
それも二つの間違いを犯した。

「ミスキャスト」との言葉を聞いたのが取締役会の席上で、その番組担当プロデューサーが同席していたこともあり、ボクは過剰に反応し、道川さんの発言を封じた。
しかも結果的に、社長という、大げさに言えば、権力のもとで封殺した。
これは道川さんに失礼なばかりでなく、とてもまずいことである。

もうひとつは、道川さんの発言を封じることで、ボクは「最後の晩餐」の持つ本来の意図や意味を知る機会を自ら失うことになったことである。

人はもとより全知全能ではないから無知は恥ずべきことではない。
知らないことの方が圧倒的に多いことは当然である。
しかし、知ることを自ら拒否することは愚かなことである。
無知は恥じることはないが、自らが無知を招くことは恥ずべきことである。

道川さんからの一通のメールはボクの過ちを正し、許し、救ってくれた。
道川さんへの感謝と共に、今後の戒めとしたい。

    「ダビンチにも詫びる 喜寿の愚行なり」



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平和共存の基礎条件
小田さま、過ぎるお言葉恐縮です。

小田さまの先の記事「子はかすがい?」で、常務の京香さんの姪御さんがハーバードに入学されたことを書かれていました。
そこで言及されなかったことを僭越ながら付け加えさせていただきます。

ハーバード大学はキリスト者が創設した大学です。
その基本理念は、ヨハネの福音書17章3節から取った「神とその子キリストを知る」です。
具体的には、平和共存の基礎条件である、「より強い者、より賢い者が、より弱い者、より愚かな者の弱さ愚かさを「負う」」の実践にあります。
寄付金の額は4兆円とも言われています。

監査役を拝命させていただいているので、皆さまに敢えて申します。
会社も一つの小さな「世界」です。
どうか前記の平和共存の基礎条件を踏まえて「力量に応じて働き、必要に応じて受ける」を身に付けて日々をお過ごしくださいますように。
皆さまが身につけているのは「力量に応じて働き、力量に応じて受ける」のはずです。
それでは、世界も、会社も、個々人も、最終的には破局を迎えます。
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Author:馬鹿社長
【小田昭太郎】
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