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女性差別の思想

どうした訳だか世の中には男と女がいる。
この人間が男と女の二種類に分かれていることで、まことに厄介で複雑な問題を抱えることにもなっている。

男は強く、女はか弱い、というのが一般的なイメージだが、そんなのは真っ赤な嘘で、男より強い女もいれば、女よりもか弱い男もいる。

実際、ボクの知る限り、昔は当たり前のように存在していた亭主関白の家庭など、近頃では見ることも聞くこともなくなった。
ボクの家でも嫁さんの方が大いに威張っている。
だから男と女のどちらが強いかの答えは簡単ではない。

また、性は女性だが心は男性という人たちもいれば、その反対のケースもあり、性の境界線も曖昧で何が男で何が女性なのかも深く考えれば難しいようである。

しかし、社会的な側面からみれば、女性が不利で弱い立場に置かれていることは確かなことだ。
少なくとも、日本ではそうである。

例えば、今年の2月に行われた東京医科大学医学部医学科の一般入試で、女性受験者の点数を一律に減点し、女性の合格者数を減らしていたことが判明し世間を騒がせたのもその一例だ。
大学は「女性は大学卒業後に出産や子育てで、医師現場を離れるケースが多く、その結果として起きる医師不足を解消するため」だとか「必要悪であり暗黙の了解があった」などと答え、これまでの長い間、女性受験生の合格者を全体の3割以下に抑える調整が行われてきたことを明らかにした。

もっとも、その考えは全く理解できない訳では無い。
ボクたちのようなちっぽけな会社でも、結婚後出産のために産休をとり、辞めて行く者もいれば、その後復帰して制限勤務に就いている女性たちもいる。
子供が成長して徐々に普通勤務に戻るようになったスタッフもいるが、現在3人の女性が制限勤務中だ。

そのうちの2人がディレクターである。
彼女たちは保育園に子供を預けているので時間に制約があり、出来る仕事が限られてしまう。
しかし、他のディレクターたちのように自由な取材活動はできないものの、当事者本人の仕事への情熱とやる気と実践力さえあれば、そういう制約の中で可能な仕事もある。

制限勤務の中で一生懸命に育児と仕事を両立させようとがんばっている姿は立派だし、未婚の若い女性やまだ子供のいない女性スタッフにとっては、その姿を見て、そんな職場であれば、それぞれの将来に対して安心できるし、また頑張ってもいけると感じる筈である。

しかし、現実は厳しい。
幼い子供はしばしば病気に罹るし、制限勤務の中でさえ、満足に仕事を続けることの困難さをこれまで永年見て来ている。
会社の経済的負担が大きいことも確かで、ボクたちの会社の体力にも限りはある。
だから誰でも何人でも受け入れることはとうていできないが、本人たちの能力があると思える女性スタッフの出産後の制限勤務については出来る限りの支援をしたいと思っている。

しかし一方で保育園不足で、働きたくても働けない母親たちも相変わらず多い。
保育園の待機児童の問題だ。
平成29年10月の厚生労働省のデーターによれば全国の待機児童数は55433人で前年よりも7695人増加している。
こういった待機児童数にもカラクリがあり、現実との大きなズレがあるとの指摘もあり、保育園に子供を入れるための活動に対し「保活」との言葉が存在するほどに大変なことであるらしい。

単純に児童数に対して保育園の数が少ないことが根本理由だが、保育士の数が不足している現状もあるようだ。
保育士の資格を有していながら実際に保育園で働いていない人たちが70万人に上ると言われている。

それにも理由がある。
保育園は公立と私立があり、保育士の給与が公立の場合43,6歳で33万円余と平均的だが、実は私立保育園が圧倒的多数を占めており、私立では36,3歳で平均22万円余とかなり低いことに原因があるようだ。
これでは保育園が人手不足になるのは当然だ。

これらの現状を見ていると、国が本気で働こうとの志を持つ子供のいる女性を助けようとしているのかどうかに疑問を持つ。
保守的な昔の男たちは、女性は家に居て子供は母親の手で育てるべきだとの考えを持っていた。
嫁という字を見れば一目瞭然、家の女である。
こういった根強い思想が現在、国を動かしている人たちの中に存在し、女性の社会進出を本音では好ましく思わないため、保育園なども含めて母親たちの社会進出に対しては本気で取り組むことをせず、逆に妨げているのではないかとも邪推する。

世界の国々でも似たり寄ったりとは云え、日本で女性の参政権が全国で認められたのは、太平洋戦争の敗戦後、1946年に行われた衆議院選挙からである。
その歴史は浅いのだ。

現在の日本の国会議員数は707人だが、女性議員数は97人で僅かその10,1%に過ぎない。
この比率は世界193ヶ国の中で158位と先進国では最低水準で、中国や韓国よりも低い。
安倍政権の掲げる「すべての女性が輝く社会づくり」の背景が透けて見える。

閣僚を含めて数多くの政治家たちの女性蔑視やセクハラ発言などがマスコミで話題となるが、その度にうやむやとなり、何度も同じことが繰り返されている。

天皇の後継者についても同じで、父系性にこだわり、女性天皇の継承を認めようとはしない。
明治時代以降の強い考え方である。
日本はまだまだ女性差別の根深い国であることが分かる。

ボクは別に女性の味方でもなければ男性の味方でもないが、世の中には男と女がいて、それぞれの異なる性徴と役割もあり、良さも悪さも持っていて、男と女と併せてようやく一人前の人間である。
つまり、男だけでも、女だけでも、一人前にはなれない半人間的存在だ、ということである。

そうであれば、男女の性から生じる役割の違いによる困難があれば、お互いに補い合うことが必要で、そういう思想が政治や行政の現場で生かされていく社会でなければならないと思っている。
そして、男と女は対等で平等でなければならないのは至極当然の理屈である。
だから男女の間でお互いに差別などしてはいけないと思っているだけである。

男と女がお互いに喧嘩したり、愛し合ったり、憎み合ったりするのは当たり前だが、それは上下の関係のない同じ地平で行われることが条件だ。

法律とは道徳上の最低の守るべき規範である。
法律という建前の約束を越えて、男性と女性が平等で対等であるとの信念が無い限り、現在の男性優位の社会から女性差別は無くなることはないだろう。

      「嫁さんに いつもゴメンが 癖になり」


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