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お金というふしぎなモノ

「お金が欲しいなあ」と、あるスタッフがぽつんと言った。

「お金があったら何をしたいの?」と聞くと
「別にそれは無いけど、5万円ほどあればなあと……」と答えた。
思いがけなかったが、とても切実なその答えにボクは「ウッ!」と詰まった。

たいてい、「お金が欲しい」と聞くと、すぐに数百万円とか数千万円とかの額を想像してしまう。
宝くじにでも当たらないかなあ、といった類の単なる世間話ならばその単位は数億円だし、そうでなければ家を買いたいとか、子供の大学の学資が必要だとか、何か緊急にお金が必要になったか、などと推測するからだ。

単なる冗談に近い世間話の場合は、妙な大金など無い方が良いよ、とボクは応えるのだが、ともかく、ボクの場合で言えば、会社の資金繰りが切実だから、それ位の単位の金額が頭に浮かぶ。
それはそれで当事者にはとても切実なのだが、「5万円ほど」というのも、また身につまされる実に身近な金額である。
小遣いとして使えるお金がもう少しあればなあ、という意味なのかもしれない。

そう云えば、ボクも若い頃に覚えがある。
大学生の頃は、故郷の親から月々2万円の仕送りをしてもらって、それでやりくりしていた。
55~6年前の貨幣価値はそういうものだった。
スナックのハイボールが一杯50円だったから、千円札一枚あれば威張って飲みに行けた。
生活費を含めて、せめてあと2千円か3千円あればなあ、と切望していたし、30歳代の頃はあと2~3万円あればなあ、と望んでいたものだ。

大した金額ではないのだが、当事者にとっては大した金額で、切実な実感として分かるだけに、そのスタッフの言葉は本音としてボクを刺す。
何とかしなければいけないなあ、と考えさせられる。

ボクに出来ることは、業績を上げてスタッフの給与をアップすることでしか、その望みを叶えることができない。

一般論としては、会社設立とその存続の大きな目的のひとつは利潤を追求し、その会社に投資した株主にその利潤を還元することである。
上場している会社も非上場の会社もその原則に変わりは無い。

ボクたちの会社の資本金は5500万円だが、外部資本は入っておらず、わが社の専務取締役、常務取締役や取締役を初めとする身内スタッフ若干名とボクが株主となっている。
そして大半の株はボクが所有している。

しかし、会社を設立して30年になるが、これまで一度も株主に利潤を配当したことは無い。
他の株主には本当に申し訳ないのだが、我慢してもらって、利益は社員、契約を問わず、わが社のスタッフ全員に分配することにしている。

これは弱肉強食、優勝劣敗の競争社会に生きる、本来の資本主義の理念からすれば、決して褒められた行為でもないことは重々承知しているのだが、ボクが大株主で代表取締を務めている間は、この方針を守りたいと考えている。

オルタスジャパンは、もともと6人の同志が始めた会社で、当然ながら生活していくための最低限のお金は確保しなければならないが、その目的は利潤の追求ではなくて、質の高いドキュメンタリー番組を作り続けて行きたい、世間をあっと驚かせたり、面白がらせたり、感動させたりする番組を作りたいね、という単純な目的のために立ち上げた青臭い考えの会社である。

それに賛同する作り手たちなら、一緒に仕事をして行きましょう、でもボクたちはお金を儲けるために番組を作るのではありませんよ、ドキュメンタリーが好きで、番組を作りたい人たちの集まりですよ、ボクたちの会社はそういう意思を持つ作り手たちの集う場なのですよ、とボクは常に語り、そのことはこのブロクでも書き続けて来た。

時代感覚は変われど、そんな考えの下でスタートし、継続して来た会社だから、会社としては、ずっと貧乏で特別に経済的に豊かな者はひとりとして存在しない。

お金を求める者は、他の職種に鞍替えするしか方法は無い。
町場の制作プロダクション、とりわけドキュメンタリーなどという儲からないジャンルの制作プロダクションは何処へ行っても同じ境遇の下にあるのは必定で似たり寄ったりだろう。

この仕事が好きだから選択し、そこで生き抜き、少しでも納得のいく番組を作りたい、との強い考えの無い人たちにはさぞかし、しんどい職場だろうと思う。

そして、現実に、ボクたちの会社のスタッフの全員がモノ作りに関しては同じ価値観を共有する作り手たちの集団である。
有名ブランドで身を飾り、高級車を乗り回し、豪邸に住みたいなどの夢を持つ者はいないことだけは確かである。

そんな基本的な考えや現状があるので、株主配当は行わないで来た。
お金は汗の対価として得るべきもので、株主配当などは不労所得の最たる悪だと思うからである。
それならば、実際に汗を流して番組作りに精を出し、会社という、みんなにとって大切な場を維持するために懸命に貢献しているスタッフに還元すべきだろうと考えるからである。

もっとも、会社の明日の命運は時としてどうなるか分からないから、緊急時に備えて経営者はある程度の資金の準備は必要で、経営者の責務として、私財を投げ打つ覚悟はしておかなければならない。
経営者であるボクの給与はそのためにあり、普段の生活は質素でなければならないと自覚している。

こうした形での経営方針でこれまでやってきたが、それはそれとして、少しでも給料を多く欲しいとスタッフが願うのも当然の人情というものである。

わが社の給与は世間と比べて特別に安い方ではない。
上を見ても、また下を見てもキリはないが、平均的水準を保っている。

その給与額は最終的にはボクが決めている。
その基準は、年齢と勤続年数を基本として、それに貢献度、家庭や個人の事情、働き方の姿勢や将来性などを査定して総合的に決める。
決して均一では無い。
入社して3~4年はスタッフ間の差はないが、それ以降は少しづつ差がついてくる。

お金には特別の魔力があるし、実際に無くては困るものであることは確かだ。
お金とは実に不思議な存在で、様々な価値判断の基準になったりもする。
お金の稼ぎ高が自分の価値だと考える者もいる。
大韓航空のナッツ姫ではないが、お金持ちが貧しい者に威張ったりするのはその典型例なのだろうが、賃金は労働とその質に対するもので、人間的価値とは関係ないのだが、そのように思い込む人たちもいる。

だから、そういう人たちは他人の給与が気になり、他人よりも少ないと不安や不満を持つ者も現れる。
その気持ちはボクにも分からない訳ではないが、世の中はそれほど幼く単純でもないし、同時に矛盾にも満ちていて老獪だ。
どんな人もどこかで我慢したり、歯を食いしばって頑張る気持ちに転化させたりして成長し、そして取り巻く環境や自分の力に合った収入のメドを立てる工夫を覚え成功を手にする。

しかし、自分の事情だけを優先し、自分を律することの出来ない者は我慢しきれなくなる。
そしてさらに不思議なことに、他の人よりも待遇の良い者ほど不満も大きいし、会社を辞める傾向がある。

ボクは甘いな、と思って見ている。
どの業界でも同じだと思うが、一人前になるのにはどんなに早くても最低20年はかかる。
そして一人前になれば、それなりの収入を得て、それなりの暮らしが出来る仕組みになっている。
そしてようやく大人になれる。

人はそれぞれで、100様の考え方を持つ。
だから、ボクたちの会社の考えに合わず辞めて行く人はボクは基本的には引き留めることはない。
去る者は追わず、だ。

ところで、冒頭に書いた「お金が欲しい」と思わずつぶやいたスタッフはボクの篤く信頼するスタッフのひとりだ。
頭ではなく身体で会社や仲間のことに思いを馳せることの出来る人である。
ボクが果たさなければならない仕事は山積しているとつくづく思っている。

     「遥かなり お足に勝る 情あれよと」


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「8つの大切」
「8つの大切」

「ボクが果たさなければならない仕事は山積しているとつくづく思っている。」ーー小田さまにとっては生き甲斐であり、社会的使命なのでしょうが、小田さまに感情移入すると、大変すぎて気が狂いそうになります。

聖書では、人間であることの必要条件として、次の8つを挙げています。
「聖前感」「被造者感」「断絶感」「負債感」「自立感」「先取感」「危機感」「敵前感」。

このどれもが、会社という「全」と、そこで働く人々である「個」の間に必要なことなのです。

一例をあげます。
Aさんは、いまは父親の会社の後を継ぎましたが、大学卒業後キャノンに入社しました。
出勤初日に父親から「雇っていただいた会社に一礼して入り、退社の時にも振り返って、一礼して帰れ」。
Aさんは勤続中、これを守り通しました。
彼の業績の一つは「インクジェット・プリンター」の開発でした。
Aさんは退職したいまも、キャノンに「負債感」を持ち続けています。
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【小田昭太郎】
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