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新しい家族

お盆の休みを取らせてもらった。

10年ほど前から、正月と5月のゴールデンウイークは暦通りに休むことが出来るようになっていた。
事務方のスタッフたちが交代でしっかりと留守を守ってくれるのでボクは安心して休めるようになった。
しかし、お盆休みや夏休みは、会社を設立して以来、初めてのことである。

実は、先般亡くなった妻の父親の法事を兼ねて、妻たち5人姉妹とその家族たちが、義父の故郷である韓国に集うことになり、葬儀に参列できなかったボクもそれに参加することにしたからである。

総勢十数人でペンションを借りて3泊4日を過ごした。
中国在住の義兄の親しい友人2人も同行していた。
ボクたちが泊まったのは義兄と同行した友だちの友だちが経営するペンションだった。

全員が中国国籍の朝鮮民族でボクひとりだけが異民族である。
全員が中国語を話せるが、日常の会話は韓国語である。
妻たち5人の姉妹はみんな流暢な日本語も操れ、その亭主たちは片言の日本語が出来る。

ボクは簡単な韓国語が少し分かる程度で、とても皆の会話にはついて行くまでの力はまだまだ無い。
それでも、そんな中に居ても全く違和感無く溶け込める。
義兄義姉とは言っても、まだ50歳代の若さだが、「兄さん、姉さん」とボクは親しみ、義兄たちも気さくだが、適度な気の遣い方をしてくれるので居心地は悪くない。

到着したその夜、やはり朝鮮族であるペンションの経営者が自分の奢りだと言ってサムギョプサルをご馳走してくれた。
その日の朝に潰したばかりだというブタの見事な三段ばら肉を焼き、そこにニンニクや香りの強いネギなどの野菜類や味噌などの調味料を加え、それをサンチュやゴマの葉などで巻いて食べる。

東京でも時々食べているが、韓国語しか聞こえてこない異国の地での味はまたそれなりの風情があって格別に美味しく感じるから味とは不思議なものだ。

飲むほどに酔うほどに、59歳になるというペンションのオーナーは、自分の苦労話を始めた。
中国から韓国に渡って30年になると言うが、同じ民族でも中国から来た朝鮮族は簡単に韓国社会に受け入れてもらえず、最初の10年は辛酸をなめる暮らしの連続で、とうてい人には語れないような苦労をしたらしい。
貧しくて肉の一片だって口にすることが出来なかったと、目の前のサムギョプサルを見ながら涙を流して語った。

しかし、幸運にも彼の商才を見込む人との出会いに恵まれ、カジノの経営に成功し、大儲けした。
そして、3年前に3億円のこのペンションを現金で購入して、老後に備え、現在は地道にその経営に当たっているのだと言った。

「私たちも同じだよ」と義兄夫婦も言った。
「昔は本当に苦労したけれど、お蔭で今は豊かに暮らせるようになれた」

中国の驚異的な経済興隆の潮流の波に見事に乗り、事業を成功させることが出来た義兄夫婦たちは富裕層の仲間入りをした。
「昔一緒に苦労した朝鮮族の知り合いもみんな成功しているよ。大学を出て一流企業に入った人たちを含めてサラリーマンは駄目ね。理屈をこねるばかりで、行動力とやる気に欠けているからね。いま成功してお金持ちになった人たちは、全員が全員、以前貧しく苦しい生活を体験した、苦労を厭わない人たちばかりね」

妻たち5人姉妹とその連れ合いの中で、大学を出ていないのは義姉夫婦だけである。
義姉はこれまで長い間、そのことに引け目を感じ、悔しい思いをしていたであろうと察することができた。
義兄に同行して来た2人の友人も全く同様の境遇で苦労を体験し、それぞれの事業に成功した人たちだった。

苦労した甲斐があった、努力が報われた、というのはまさにこういうことを指すのだろう。
その観点でだけから見れば、中国は夢のある良い国であるのかもしれない。

しかし一方で、猫も杓子もお金、お金の世になっている。
日本同様に、家庭を基本とする社会の共同体意識が希薄になっていく。
これまでの中国社会では決して見られなかった子供たちの家庭内暴力などの現象も現れ始めている。
また、日本でもすでに報道されているが、共産党一党独裁による言論を含めた自由への弾圧と締め付けは想像以上のものがある。
全てを満足させる世の実現は、もとより不可能に近いことを改めて感じさせられる。

宴会は盛り上がり、歌いだす者も現れ、その勢いでカラオケに行こう、ということになった。
総じて朝鮮民族の人たちは歌が好きで上手だとこれまで感じてきた。
感情表現が豊かなので、みんなが寄れば誰かが自然に歌い出すし、踊り出す。

かつて、NHKの紅白歌合戦の出演者の半分以上が在日朝鮮韓国人だと言われていたことを思い出す。
勿論、戦後日本の差別社会で、在日の人たちが活躍できる数少ない場所のひとつとして芸能界が存在したとの事情があったにせよ、元来が、歌や踊りと身近に接して生きて来た文化を持つ民族なのだろう。

広々としたカラオケルームは、半分はソファーが占め、半分がフロアーになっていた。
しかし、ソファーに座る者は無く、みんな歌に合わせて踊っている。
ボクも誘われて我流で踊り続けることになった。

踊り疲れてソファーで一息いれながら、ボクは、パワフルに、そして楽しそうに歌い踊る彼らの姿を眺め楽しんでいた。
中国の歌も時には入るが、ほとんどが韓国、朝鮮の歌である。

やがて、それぞれ思い思いに踊っていた人たちが、互いに手をつなぎ輪になって踊り始めた。
妻たち5人姉妹や義兄や義弟、義兄の友人たちと、ペンションの経営者夫婦など10人ほどが軽快に本当に嬉しそうに輪を作って踊っている。
その輪に中国の少数民族である朝鮮族たちの強い絆を感じた。
兄弟や家族や友人を結ぶ同じ民族同士の連帯感があった。
この日の夕刻に初めて出会ったペンションの経営者夫婦ともまるで数十年来の知己のように肩を組み合い親しげに接している。
それはボクにはとてつもなく感動的な光景に見えた。

道は異なれども、それぞれが同様の苦労を重ねて来たとの共通の認識と思いが彼らの輪を形作っているのだとも思えた。
ボクもスタッフたちとこんな関係の会社を作れれば良いな、との願いが頭を過ぎる。

ペンションに戻り、義兄や姉妹たちと車座でくつろぎ、改めてビールやマッコリで乾杯した。
「わたしは日本語が片言しか話せないので、得意な冗談を上手くオダさんに伝えられないのが、とてももどかしく、それが残念ですよ」と義兄は酔いで、ろれつの怪しくなった口調でボクに言った。
義兄は頭の回転が速くユーモアに富んでいて、しかも、なかなかの好人物なので仲の良い友人が多い。

「オダさん。わたしたちは、親戚ではなくて、家族です。家族ですからね」と杯を上げた。
「カンサハミダ、とても嬉しいです」とボクは力を込めて乾杯した。
それはボクの正直な気持ちだった。
義姉もニコニコとボクたちのやりとりに頷いている。
東京に住む妻の妹たちとは、すでに家族になっている。
この日、義兄義姉とも家族の杯を交わし、ボクの新しい家族がまた増えた。

「来年、日本に遊びに行きますよ」と義兄は嬉しそうに言った。
さて、どんな歓待をしようかと、今から義兄夫婦の来訪を楽しみにしている。

      「肩を寄せ 食べて歌うが 仲間かな」


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同じ血
古来イスラエルでは、他のセム人種と同じように、人間相互を結びつけている唯一の絆は「血」でした。

血には「生命」があり、血そのものが「生命」であって、部族全体は共通の血をもち、共通の「生命」によってつながれていると認識されていました。

血の関係のない異部族や、数人の人間の間に、強い結びつきをもつためには、この「血」または、「生命」を共有させる方法を考えなければならなかったのです。

その一つが「ともに食する」ということでした。
同一のものを食することで、両者に同一の血が生じ、それによって同一の「生命」が宿ると考えられたのです。

小田さまも、サムギョプサルをともに食したので、奥さまのご親戚と同一の「生命」を宿したことになりますね。
おめでとうござます。

イエスは、当時のユダヤ人から、「見よ、あれは食をむさぼる者、大酒を飲む者、また取税人、罪人の仲間だ」と揶揄されているほどに、「ともに食する」ことを大切にしていました。
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【小田昭太郎】
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