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熱帯夜の独り言

暑い!
夏が暑いのは当たり前のことだが、それにしても暑い。

「ああ、暑い。これまでこんなに暑い夏は無かった。今年の夏は特別に暑い」
などと毎年、この季節になると同じセリフを吐いている。
「暑い!」と叫んでみても、それで涼しくなる訳でもなく、余計に暑くなるばかりなのに、なぜか暑い、暑いという言葉が自然と口を衝いて出る。

でも思い返してみると、子供の頃の方がもっと暑かった。
ボクは大阪府の堺市で生まれ育ったのだが、冷暖房機など影も形も無い時代で、うちわでパタパタ扇ぐか、扇風機がせいぜいだった。
扇風機の風の前で、「あーあー」とか「シー、シー」とか声を出して、風で声の音が切れるのを楽しんだことを思い出す。

各家庭には電気冷蔵庫などは勿論無かったから、氷だって簡単には手に入らないし、冷たい飲み物と云えば、井戸水だけだった。
スイカやトマトなども井戸水で冷やして食べていた。

子供の頃は背丈も当然低かったから、道路の照り返しも厳しかったのに違いない。
でも、家に居る時は裸になって過ごしたり、子供なりに風の通る少しは涼しい場所を見つけたりと、その対応に知恵を使うことも出来たが、何と言っても一番暑かったのは学校だった。

ボクたちの小学生の頃はひとクラス60数人ほどの、ぎゅうぎゅう詰めの教室で、一日中過ごすのだから、お互いの体温や人いきれだけでも暑苦しい。
おまけに子供の頃の体温は高い。

冬は冬で暖房など一切無かったから寒かった。
よくあんなに暑くて寒い所で何年間も無事に過ごし通せたものだと、今さらながら思う。
しかし、政府が、来年度から学校の暑さ対策を図らなければならない、と発表したところを見ると、恐らく多くの学校は現在でも冷暖房無しの同じような状態が続いているのかもしれない。

でも、ボクたちの子供時代から比べると、総じて今はまるで天国の筈である。
電車に乗っても、バスに乗っても、また建物に入れば冷房が完備されている。
至れり尽くせりだ。

そんなことを言うと、熱い陽射しを浴びて毎日取材で駆け回っているスタッフたちには申し訳ないが、それでも快適な世の中になった。
オフィスなどでは冷やし過ぎて逆に寒い、寒いなどと言っている始末だ。

冷暖房に限らず、こうしたボクたちの便利で快適な生活を確保するためのさまざまな努力、別の言葉で言うとボクたちの欲望の集積が地球的な温暖化を招き、異常気象の原因になっていることも事実である。

このほど環境省は、このままで行くと2100年の日本は熱帯になるとの予報を出した。
東京、名古屋が44度、高知は44,9度まで気温が上がるだろうとの予測である。

80年後にはボクたちは生きて無いから関係ないや、などと夢にも思うなかれ。
事態は刻一刻と熱帯に向かって歩を進めている。
毎日毎日、少しづつ温暖化は進行している。
それが証拠に、人為的な原因によって自然が変化し、ここ年々自然現象が激しく荒々しくなっていて、驚くほどの被害を出していることは周知である。

ボクたちはそれを異常気象と呼ぶが、人間の営みを今のまま続けて行けば、この異常気象が常態化して、それが当たり前になるということである。

日本を襲う台風にしても、これまでは南洋で発達した熱帯性低気圧が北上し、沖縄から九州、四国を通り本島を抜けて北上するというのが通常のコースだった。
しかし、先日の大きな被害をもたらした台風12号は日本列島の東から西に進むという異例の逆進路を辿った。

予測を遥かに上回る異常な現象が多くなってきた。
ここ最近になって、気温にしても、雨量にしても観測史上初めて、という表現をしばしば耳にするようになっている。
日本列島熱帯化の道は、予想よりもその歩みを速めているのではないかとの見方も一部にはあるようだ。

そう云えば、大学時代の仲間たち数人と暑気払いを兼ねて、浅草のどじょう鍋でも食べて元気をつけようかとお店の予約もしていたのだが、ひとりが肺炎になって入院し、二人が熱中症で倒れるなどの思わぬ事態となり、お流れとなった。
年寄たちにとっても、暑さを象徴とするこの一連の異常気象は実際に堪えているようだ。

遠い将来ではなくて、異常な事態はボクたちの身近にヒタヒタと音を立てて迫ってきている。
そして、その深刻さはすでに現実の問題としてボクたちに突き付けられている。
このことは、人類ひとりの問題では無く、実は地球に生きるすべての動物や植物全体の生態系にも係る大問題でもある。

敢えて極端で象徴的な表現をすれば、暑さを凌ぐために冷房機を生み出したツケが、地球規模の温暖化を招き、より暑い夏に苦しんでいる、というのが現在の人間の皮肉な姿である。

自然のままと快適さや便利さのどちらが善でどちらが悪であるのかはボクには分からない。
人は相矛盾する二つの幸せを同時に手にすることは出来ないのは自明の理だが、それを同時に求めるのが人間の性であり業でもある。

ほどほどの中庸の精神を持つことは難しい。
自然を愛する一方で、どこまでもボクたちは快適さや便利さを追い求められずにはいられない。
その意味では、例えそれが破滅に向かう道であろうと、行き着くところまで行かないと、何も終わらないし、新しく何も始まらないのだとは思う。

仮に理屈はそうであるにしても、本当は今、これまでの人間の生き方を見直す最後の時が来ていると感じる。
地球は人間だけのものでは無く、多くの生き物や植物のものでもある。
ボクたち人間には、自分たちのエゴで他の生物を犠牲にする権利は無い筈である。

共存共栄の思想の実践が今ほど求められている時代はないかもしれない。
そしてそれは、生態系の頂点に君臨する人類に課せられた使命である筈だ。

冷房の効いた快適な部屋で冷蔵庫から取り出した良く冷えたビールを飲みながら、ボクはぶつぶつと、こんな愚にもつかない独り言を呟いているのである。
  
     「暑過ぎる! ほざいていろや 馬鹿社長」




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Comment
「適者生存」
チャールズ・ダーウィン(1809ー1882)の『種の起源』によれば、この暑さ(熱さ)も、「自然陶汰」「生存競争」による「適者生存」の一環なのでしょう。

「このほど環境省は、このままで行くと2100年の日本は熱帯になるとの予報を出した。東京、名古屋が44度、高知は44,9度まで気温が上がるだろうとの予測である。」(小田さん記)
もまた、「適者生存」のためのものに他ならないのでしょう。

全宇宙を支配する法則は、弱肉強食と優勝劣敗とを基準とする自然淘汰であり、生存競争なのですから〜〜。
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【小田昭太郎】
株式会社オルタスジャパン代表取締役

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