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人生を人工知能に託すことになるのか

出来心の与太話はつづく。

98歳になるボクの母は、数年前に一度心筋梗塞で倒れたが、その後、持ち直してそれなりに元気に過ごしている。
弟夫婦が面倒をみてくれているが、弟の嫁は「今の時代はなかなか簡単には死なせてくれまへんなあ」と半ば本音で、しかし笑いながら、かいがいしく母の世話をしてくれている。

この母の母、つまりボクの祖母は、俗にいう生き神さまだった。
長男を頭に、男3人、女3人を生み育てた。
ある日、突然神さまが祖母の身体に降りてきて、太平洋戦争が終わる頃までの十数年間、祖母は生き神さまとして生きた。

生駒山系の小さな村で祖母はさまざまな奇跡を行った。
村人たちの病気を治し、予言を得意とした。
いつの間にか信者たちが集まり、今で言う新興宗教の教祖のような存在となった。

日本がアメリカに戦争を仕掛けた時、「帝都東京は火の海となり、アメリカの神が日本に宿ることになるだろう」との予言をして、当時の特高警察に踏み込まれたとの話も幼い頃に耳にした。

戦争が終り、ある日、突然神さまが祖母から離れて、祖母は普通の人に戻ったと自ら宣言した。
祖母が普通の人に戻ってからも、多くの信者たちが祖母に神さまであることを求めたが、祖母の意志に従って、お社も自然に朽ち果てるままにまかせた。
子供の頃、母に連れられてボクも古びたお社を見た記憶がある。

母は祖母のそんな素質を引き継いだ様子はないが、母の妹である叔母は夢見判断が出来て、人の死期を予言できた。
叔母はそれが嫌で辛い、辛いとよく話していたが、自分の意思とは関係なく、夢を通して、人の死期が告げられるらしかった。

そんな環境で育ったから、と言う訳でもないが、ボクは予言の存在を信じている。
人であれ、動物であれ、植物であれ、多少の幅はあるにしても、遺伝子に描かれた設計図に沿って動いているとすれば、それぞれの一生の定めを読み解く能力さえあれば、予言は容易なことである。
逆に、しばしば信じられないような予言が的中することは、それなりの定めがあることの証だ、と云えないこともない。

神や宗教は信じる気にはならないが、万物の例外の無い法則は信じていて、世の多くの不可思議については、その理屈がまだ解明されていないに過ぎないと思っている。

人はその脳が持つ能力のわずか10%しか活用していないと言われている。
今後、人工知能があとの90%の能力を活用できる力を持ち得るのかどうかは知らないが、そうなれば、現在よりも遥かに確かな予言がなされるであろうと信じている。

一般的には怪しげだと思われている予言が科学に基づいた確度の高い予測へと変貌することになる。
やがて人はその一生の運命を人工知能に託す日が来ることは間違いないのだろう。

そう云えば、ナノマシーンが話題になって久しい。
ご存じの通り、ナノは長さを表す単位で1ナノは10億分の1ミリとなる。
これはウイルスと同じ大きさで肉眼で見える世界ではない。

この単位を使うくらいに小さな機械を作り、医療に役立てようとの研究が驚異的なスピードで進んでいるようだ。
これに様々な機能を持たせて、人体に注入し、ガン細胞などを退治させようというものだ。

ウイルスに匹敵するような超微小な機械をどのようにして作ることが出来るのか全く理解できないが、現実に進んでいるようである。
しかも、その機械には自己増殖機能を持たせられるというのだから驚きだ。

こんな凄いことが10%の脳の働きの範囲で可能なのだから、脳の機能の20%、30%と活用できるようになったらどういう世界が現出するのだろう。
人工知能自らが独自で思考出来る機能を備え、プログラマーの設定以上の力を発揮するようになるのは必定だ。

アメリカ映画、スタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』が公開されたのが1968年、人工知能ハルと人間との戦いを描いてからすでに50年が経つ。
人間の想像力、あるいは予言と言っても良いのかもしれないが、特に科学の世界はそれを実現させている。

それが人間にとって良い結果を生むのか否かは分からない。
むしろ深刻な事態を招く原因となる恐れの方が大きいのではないかとの危惧もある。 

こんな取りとめもない与太話をしていて頭を過ぎるのは、去年亡くなられた脚本家・早坂暁さんからの宿題だ。
夏目漱石の小説「門」に登場する禅宗の公案「父母未生以前本来の面目を問う」をドキュメンタリーで描こうというのがそれである。

この公案の意味は「ボクたちの両親が生まれる前のボクたちは一体何者だったのか」ということだと理解している。
ボクたち人間は、何者で、どこから来て、どこへ行こうとしているのか、というのがテーマで、画家のゴーギャンが、すでに絵画で表現している。

この公案に対して、その答えは、遺伝子に組み込まれた設計図、だとするのは安易に過ぎるだろうか。

今から140億年ほど前にビッグバンが起き、宇宙が誕生したと考えられている。
その後宇宙は拡大を続け、今から46億年ほど前に太陽系が形成され始め、約45億4000万年前に地球が誕生したといわれている。

その地球に人間の祖先が誕生したのが700万年ほど前で、およそ180万年前、外見はほとんどヒトと変わらない人類が登場し、進化を続けて現在に至っている。
そして100万年~200万年後には生物学上、人類は滅亡すると考えられている。

ちなみに10億年後には、地球上の水分は全て宇宙空間に飛散して、地球の生物の歴史が終わると考えられているようだ。
そして、さらに遠い将来には、地球では巨大噴火や隕石の衝突が起こり、やがて巨大化した太陽に飲み込まれてしまう運命のようだ。
さらに、宇宙の終わりは170億年後とも、1,000億年後とも、100兆年は起こらないとも言われているらしい。

これらの予測は勿論、科学の研究に基づく推測である。
つまり、それらの情報は現在の科学による過去の分析と未来への予言である。
これら一連の推測を眺めていると、形あるモノ、あるいは生命には定められた宿命の存在することを実感する。

ボクたちの存在も含めて、その時々の宇宙や地球や生物のすべての姿は、ある意味、ビッグバンが起きた時にすでに決められていたと考えるのが、とても自然に思える。
それが予定された運命というもので、恐らく変更不可能な決定なのだろう。

そう考えると、宇宙的時間からすれば、ほんの一瞬にしか過ぎない、すでに定められたボクたちの人生を、その運命に従って過ごすことは簡単そうに思えるのだが、実はそうでないところが面白い。

「楽しく過ごす」について書くつもりが、またまた脱線してしまった。

      「本題に 入る手前で あの世行き」


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Comment
「共存共栄」を期待しています。
「共存共栄」を期待しています。

予言にしても、人工知能にしても、全世界が永久の「共存共栄」になるための道筋開示になることを願ってやみません。

いま、「共存共栄」が実現出来ない訳は、人間の能力が不平等に出来ているからです。

①人間能力の不平等は、癒しがたい貧富の差を生み出します。
②そこで「再分配」が必要です。
③②が実現できれば「共存共栄」が実現します。

②の「再分配」は、「全に対する個の背反」を動機づけているエゴイズムの処理を不可欠とします。

各自が「力に応じて働き、必要に応じて受ける」ためには、より強い者がより弱い者の弱さを負い、より賢い者がより愚かな者の愚かさを負う、という原則の実践が必要ですが、「その要請の合理性は認める。だがその要請に対して感情的抵抗を免れられない」ーーこれが偽らない人間の姿でしょう。

問題はこの人間のうちに潜む感情的抵抗です。
個の権利意識です。

聖書は、これを「神」によって解決しています。
①神による「選び」ーー選ばれる条件の故に選ばれたのではなく、神の自由な「恵み」による選びであり、「価値なき者の選びに与っている者」として「権利意識」は剥奪されています。
②イエス・キリスト(神)の十字架の死と復活により、自己の罪が赦された、という縦の線の感謝が、そのまま横の人々へ働く。

したがって、聖書がその冒頭から訴える「共存共栄」の実現は、神抜きではダメなのです。

きわめて要約的ですが、聖書の使信です。

マルクスは、神にかえて「統制原理」を採用しました。
「神」も、「統制原理」も抜きの「共存共栄」を人工知能が実現してくれることを期待しています。
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【小田昭太郎】
株式会社オルタスジャパン代表取締役

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