FC2ブログ
ホーム   »  未分類  »  ボクが嘘をつかなくなったワケ

ボクが嘘をつかなくなったワケ

毎度ながらの愚にもつかない与太話で。

人はその一生で何回生まれ変わるのだろうか。
論語で知られる孔子によれば次のようになる。

吾十有五にして学に志ざす
三十にして立つ
四十にして惑わず
五十にして天命を知る
六十にして耳従う
七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず

という事で、孔子も6回は生まれ変わっているようである。
七十にして云々……とは説明の必要もないが、自分のやりたいようにやっても、分をわきまえているので、やり過ぎになったり、周囲とトラブルを起こすようなことにはならない、と言うような意味だろう。
ボクなどの凡人にとっては、実際にはなかなか達しえない境地だ。

しかし、賢人、凡人と個人差はあるにしても、人は一生の人生で、何度かの転機を迎え、その度に考えや生き方に変化を来たすことは今も昔も変わることはないようだ。
孔子に倣いボクの場合はと言えば

吾十有八にして大学受験に失敗し学に志す
三十にしてドキュメンタリーの何かに触れる
四十にして惑い、オルタスジャパンを設立する
五十にして禁煙す
六十にして離婚、再婚し、再び喫煙す
七十にして嘘の無駄を知る

自分の人生を振り返る趣味はないが、改めて眺めてみると、何とも情けない内容である。
凡人の典型で大した生まれ変わりをしていない。
それでも、凡庸なりの人生の節目はあった。

勿論、孔子と比べるべくもないが、社会や世の中の形がどう変わろうと、また生活形態の変化がどうあろうと、人の営みの基本は古来から根本的に変わることは無く、人間の知恵そのものはこの何千年来、少しも進歩していないと、つくづく感じる。

科学が進み、多くの発明や発見で、昔には無かった物が増えたし、便利になったことは確かだが、それは人間の知能が進化した訳では無く、昔の人が何千年も生き続けていれば、きっと現在の世の中と同じ物を生み出していたのだろう。
考えてみれば、生物の進化はそれほどの短い期間では進む筈もない。

それが証拠に、5000年も前に建設されたエジプトのピラミッドは未だに世界七不思議のひとつだし、2000年ほど前に生まれた仏教やキリスト教や1500年ほど前のイスラム教を超える宗教はその後現れない。
2300~400年前にはソクラテスやアリストテレスがすでに哲学を確立し、2600年前の孔子の言葉をボクたちは学び感心している。
まさに温故知新である。

そして、何よりの証拠に、人はボクたちの知る限り、愚にもつかない同じ争いを繰り返し、一向に平和な世の中を作ることさえ出来ないでいる。

ところで、物体であれ、制度、形態であれ、形あるものはすべて必ずその形を永遠に持続することが出来ないことは周知だが、世界には絶対不変の存在はあるのだろうか。

それは時間かもしれない。
唯一時間だけは永遠に不変不滅の存在に思える。

時間は考えれば考えるほど不思議な存在で、誰もそれをコントロール出来ない。
意志を持たない時間という存在が実はすべてを司っているとも思えてくる。
もし、人が時間をコントロールできれば神になれるかも知れない。
あるいは、時間が神であるのかもしれない。

逆に言うと、時間の支配の下で、万物は時間と虚しい闘いを続けているようにも思える。
当然ながら、命の長さを支配しているのも時間で、孔子が三十にして……と区切っている年齢も時間が決める。

もし仮に、命が時間から解き放たれて永遠に続けば、孔子の伝で行くと、吾二百にして……、吾五千にして……、となる訳で、そこにはどのような言葉が入るのだろう、訳知りの知恵者となっているのか、あるいは逆なのかどうか、などと思わず想像を逞しくしてしまう。

人は一生という時間の制約があるから、その時々を懸命に生き、人生に節目を作り変化出来るのだ、とも考えられる。
ボクの場合で言うと、一番大きな節目は、70歳代半ばの今に在ると感じている。

妻の要望で、3年前から年に一度、脳のMRI検査を受けているが、つい先日さる大学病院で診て貰ったところ、脳そのものに問題は無いが、血管が細くなっている箇所がいくつかある。
その細くなった血管が切れたり、詰まったりすると、いつポックリ行くか分からない、それならまだしも寝たきりになるかもしれないから、食事に気を付けて運動をするようにと主治医から言われた。

他人事だけに若い医者は恐ろしいことを淡々と話すことが出来る。
わざわざ付き添ってきた妻の「先生、タバコを止めるように強く言って下さい」との言葉を受けて医者は「タバコを止めるように」と改めて強調した。
症状は2年前と変わらず、その時は「タバコは個人の自由ですから」と言っていた医者が妻の勢いに忖度している。
そして,また一年後の検査の予約を半ば強制的にさせられて帰ってきた。

患者を脅かすのが医者の商売だから、気に留めてはいないが、当らずと言えども遠からず、の状況にあることは本当なのだろう。
いずれにせよ、元気で仕事出来る残された時間を意識せざるを得ない年齢になった。
その意識は日に日に強まっているが、それと同時に、日常で嘘をつくことが無くなっていることに気付く。

以前は平気で嘘もついていた。
ハッタリを飛ばしたり、脅したり、すかしたり、いなしたり等々それなりの貧弱な手練手管も使っていた。
特別に意識していた訳でもないのだが、何となく自然に身についていた。

ボクは年上の方々との付き合いが多かったので、親しくしている人たちの中には
「この人はタヌキだから騙されないように気をつけなさいよ」
などと、まだ付き合い始めた頃の今の妻に、助言するお節介な年寄たちもいた。

しかし、ここ数年、そんな山っ気や嘘の類がすっかりボクから抜け出てしまった。
自分で言うのも気が引けるが、余計なものや余分なものは何処かへ引っ越してしまった。

食欲を初めとして様々な欲望は当然あるのだが、欲望の形が変わったのだろうか、嘘と縁が切れた。
そして、嘘から解放されると、ありのままの、等身大の自分と向き合えるようになり、本当に身軽になり、自由になった。

ボクが嘘をつかなくなった理由、それは敢えて言うことを差し控えておくことにしよう。
言葉にするとそれこそ嘘っぽくもなる。

つまるところは時間の支配という事になるのだろうが、強いて言えば、嘘をつく必要が無くなったからかもしれない。
本当に大切なものが少しは分かるようになった。
信頼や感謝や絆などの意味も少しは理解できるようになってきた。

しかし、そうは言っても底は浅く、いずれにしても、賢人の説く世界からはまだまだ遥か程遠いことは確かである。

      「そぎ落とし 剝ぎ落としなお エゴ威張る」




にほんブログ村 テレビブログ ドキュメンタリー番組へ にほんブログ村 テレビブログ プロデューサー・ディレクターへ 人気ブログランキングへ

ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。


関連記事
Comment
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

馬鹿社長

Author:馬鹿社長
【小田昭太郎】
株式会社オルタスジャパン代表取締役

★ホームページ★

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR