FC2ブログ
ホーム   »  未分類  »  ジャーナリスト魂と客観報道

ジャーナリスト魂と客観報道

9月の終わりに、ある特別な使命を持って放送を終えた報道ドキュメンタリー番組がある。
コマーシャルなしの正味75分のその番組のタイトルは「報道特別番組 沖縄からのメッセージ~基地・ウチナンチュの想い~」
東京メトロポリタンテレビション(MXテレビ)で放送されたものだ。

この番組に関しては、放送後、新聞社各紙にその論評が掲載された。
というのも、この番組の放送には実は”いわく”があったからである。

今年1月2日にMXテレビが「ニュース女子」で沖縄の米軍基地反対運動を特集して放送したが基地反対派を批判的に捉える内容で「事実の裏付けが不十分」「一方的な立場からの報道」等の批判を受け大きな問題に発展した。

地元沖縄の基地反対の立場の人たちばかりでなく、地元新聞社もその番組内容に大きく反発した。
朝日新聞や毎日新聞など中央の各紙でも取り上げられ、やがて放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会で審議入りすることが決定した。

その後、有識者らで構成されるMXテレビの番組審議会は「現地での追加取材を行い、可能な限り多角的な視点で十分な再取材をした番組を放送する」ようにMXテレビに求め、それに応じて制作し放送した番組だった。

5月末にボクたちはMXテレビから要請を受け、制作協力という形でこの番組の制作に携わることとなった。
MXテレビは局を挙げての制作態勢でこれに臨んだ。
局の役員がプロデューサーを務め、部長クラス数人が補佐するというものだった。

わが社の方も、取締役をプロデューサーに立て、専務取締役である吉岡攻を番組全体のチーフディレクターに決めた。
ボクも久々に参画することにした。

沖縄問題となれば吉岡攻を置いて他にこれほどの適任者はいない。
吉岡は東京の写真大学を卒業後、沖縄に移り住み、5年間余フリーの写真家としてコザ暴動を初めとする沖縄県の祖国復帰闘争を取材し続けた。
1971年に出版した写真集『沖縄69-70』で平凡社「太陽賞」の準太陽賞を受賞している。

その後、ディレクターに転身し、TBSの『報道特集』でキャスター・ディレクターを10年務めるなど報道の最前線で活躍してきた信頼できる優秀なジャーナリストだ。
吉岡は50年余ずっと沖縄を見続けてきている。沖縄は吉岡のライフワークのひとつなのだ。

この番組制作の目的は、MXテレビの名誉を回復し、その見識を表明することである。
制作チームは議論を重ね、予断と偏見を捨て、沖縄の基地問題と真摯に取り組むことをまず確認し合った。

なぜ沖縄がアメリカ軍基地の集中する島として存在しているのかを、琉球王朝時代から現在に至るまでの歴史を紐解くことから始め、そして今、沖縄の人たちは基地の何に反対し、賛成しているのかを検証する客観報道に基づく番組を制作することに決めた。
そして沖縄とそこに暮らす人たちの本音に迫る、「なぜ?」をキーワードに、ひとつの考えに偏ることの無い、それらの疑問を少しでも解明する手がかりを求めるための、公平で公正な番組を制作し、視聴者に、沖縄の基地問題の本質の一端を理解してもらえることを目指すことになった。

こうして、4ヶ月間に近い時間を費やして「沖縄からのメッセージ~基地・ウチナンチュの想い~」が完成する。
正直言って、番組制作に当たり、これほど公平、公正を初めから念頭に置いて番組に取り組んだことは無い。

かつて日本が太平洋戦争に敗れ、戦後、アメリカに占領され日本全土にアメリカ軍基地が設置された。
しかし、次第に日本本土の基地が縮小されて、その7割が沖縄に集約されて現在がある。

基地の存在には周知のように、アメリカ兵の犯罪や騒音問題、また軍用機の墜落など様々な危険が伴う。
沖縄の人たちにとっては、どうして沖縄だけがこれほどまでに犠牲にならなければならないのか、との根強く大きな不満が溜りに溜まっている。

日米安保条約に基づく米軍基地そのものに反対するというよりも、なぜ沖縄だけが、との意味での基地反対論が圧倒的に多い。
いわゆる本土の米軍基地反対とはそこが異なり、沖縄ならではの事情が存在している。
政府はお金でそれを抑えようとしているが、沖縄県民の不満はお金だけでは解決できない所まで追い詰められているのが現状だ。

これらのことは本土の多くの日本人も知っていて知らぬふりをしている。
ここに沖縄への差別の根があり、通常ボクたちが沖縄の基地が抱える問題を取り上げる際には、その意味をテーマとして取り上げるのだが、今回は沖縄基地賛成、反対の両論併記の客観報道に徹することを条件としての”いわく”付きの番組制作となった。

しかし、出来上がった番組を視て、気付いたことがある。
それは客観報道の持つ力についてである。

当たり前に考えれば、テレビで番組として沖縄基地の問題を取り上げる際に、基地容認派に焦点を当てた番組を制作することはまず無い。
もしあるとすれば、政府の広報番組位のものだろう。
なぜなら、先ほど来述べているように、沖縄の米軍基地の抱える問題の本質は基地反対派の中にあるからだ。

基地反対派と言えば、まるで政治活動家とか運動家のように聞こえるが、沖縄県知事を初め、沖縄県選出の国会議員全員、多数の県会議員たち政治家や、それに70%近くの県民が基地反対派であることを考えれば、沖縄に於いては基地容認派は少数であり、本土の形とは根本的に異なっている。

決して、少数派を軽視するという事ではなくて、現在の沖縄の基地問題のテーマは圧倒的多数を占める基地反対派の考えを正確に知ることなのだ。

50年という永い年月、沖縄に眼を向け続けてきた吉岡ディレクターにとっては、誰よりも沖縄の事情を詳しく知っているだけに、基地賛成派と反対派の言い分を均等に番組化することには抵抗があったと思う。

しかし、吉岡は心情や感情に流されず、事実を正確に掘り下げ、真相を発見し、的確にその問題点を見極め、事実の積み重ねで番組を制作するタイプの冷静な作り手で、今回も局との約束通りにその両論併記を見事にやってのけた。

そしてそこから見えてきたのは、沖縄の住民たちの一言では言い尽くせぬ苦悩である。
基地賛成派も反対派も越えて存在する米軍基地の本質的な問題が浮き彫りとなった。
恐らく、この番組を視て、賛成派にも反対派にも大きな不満は無かったのではないかと思う。

そういうそれぞれの立場を越えて、大きくのしかかっている米軍基地の存在について考えることが出来たと思うし、責任を沖縄に押し付けている本土の人たちも少しは痛みを感じたのではないか。
客観報道という手法が見事に機能した番組だったと感じている。

それと、この番組の中で沖縄がこれまで辿ってきた歴史を比較的丁寧に語ったことが効果的な役目を果たした。
現在の沖縄の米軍基地問題を理解するために沖縄の歴史は不可欠だったことに気付かされた。
歴史を知ることの意味を改めて教えられたとも思っている。

本当は番組を視て頂ければ良いのだが、その一例を挙げれば、こういう話が出てくる。
1945年のアメリカの公文書に
「日本政府と本土の国民は沖縄を差別している。南の小さな島で何事が起ころうと誰も気に掛けることはない」
といった内容の報告書がある。
アメリカは終戦の頃にすでにそのことを見抜いていた。
そして、現在の沖縄の強いられている犠牲はそのアメリカの見通し通りになっているというのだ。

最後に、吉岡ディレクターについて書いておきたいことがある。
ひとつは吉岡が沖縄に在住し報道写真家としてコザ暴動などを取材し走り回っていた頃のスチールが何枚も資料映像として登場する。
それらの写真は貴重な歴史の資料であると共に、そういう歴史的瞬間の現場に立ち会い記録したという記録者の存在証明でもある。
そして50年近い時を経て、それが再び多くの人々の眼に触れることが出来たことは素晴らしいと思う。

もうひとつは、沖縄戦の際に、沖縄がアメリカ軍の激しい艦砲射撃を受けるシーンが出てくる。
当然、アメリカ軍の映像資料を使用している。
試写の際に局のスタッフから「もっと凄い艦砲射撃の映像を見たことがあるので、それに差し替えられないか」との要求が出た時、吉岡は即座にこう答えた。
「これは1945年4月1日の話なので、この日に行われたアメリカ軍の艦砲射撃の映像を使っています。たとえ、どんなに凄い映像であっても、他の日の映像を使う訳にはいきません」

      「一筋や 生きた証の 道しるべ」


にほんブログ村 テレビブログ ドキュメンタリー番組へ にほんブログ村 テレビブログ プロデューサー・ディレクターへ 人気ブログランキングへ

ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。



関連記事
Comment
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

馬鹿社長

Author:馬鹿社長
【小田昭太郎】
株式会社オルタスジャパン代表取締役

★ホームページ★

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR