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苛立つ老人たち

近頃の若い者は……とは昔ながらの年寄の口癖だが、それぞれ人によって個性は異なるし、考え方もバラバラだから若者総体を一括りにして論じること自体に無理はあるのだが、時代が生み出す傾向というものは確かに存在する。

ボクたちの会社でも20歳代が一番多く、20歳代と30歳代がスタッフの半分以上を占めている。
それらの若い人たちが、プライベートな日常で、お互いにどのような会話を交わしているのかは知らないが、会社内で見ている限りでは、仕事の話が大半を占めるのは当然とは云え、普段の会話で政治に関する話題はほとんど聞くことは無い。

別に政治の話が必須ではないし、政治について話さないのが悪い訳でもない。
ボクも政治的人間ではないので、特別に政治に関心が強いという訳でもない。
しかし、時代は変わったとの感は正直ある。

それだけ世の中が平和であることのひとつの証でもあるのだろうが、政治への無関心の現実を目の当たりにしていると、多少の余計な心配もする。

本来は、国論を二分するような法案が次々に国会を通過し、憲法改正などという大きなテーマが目の前に迫っているというのに、日常の中でそれらが議論されているのを見ることも、また聞くこともないのはおろか、話題にさえ上らないのは不気味でさえある。
嵐の前の静けさとはまさにこのことなのかな、などと思ったりもしている。

先日、横山プリンさんが突然訪ねて来た。
「ワシも80歳になりましたで」と言うプリンさんは、大阪府知事をしていた横山ノックの弟子で、かつて横山やすしとコンビを組んで上方で漫才をやっていた。
関西ではちょっとは知られた変り種の芸人である。

もう40年以上の付き合いになるが、番組に出てもらったり、ボクのブレーンのひとりとして随分世話になった。
立命館大学の経営学部を卒業したなかなかの才人で哲学者でもある。
関西で大学出の芸人はプリンさんが第一号だったとの噂も聞いている。
ドイツが東西に分かれていた頃の東ベルリンにも一緒に行ったこともある。

プリンさんは「お笑いの世界もあきまへんな」と言った。
落語や歌舞伎などの伝承芸は師匠の芸を引き継いで磨かれていくが、漫才は一代限りのもので、どんどん新作で勝負するものらしい。

ところが、今は、お笑いの世界にも暗黙のお達しがあり、政治ネタは一切禁止されている現状があるという。
政治に関わる時事ネタや風刺ネタなどは出来ないらしい。

そう言われれば、一時、コロンビアトップ・ライトなどを代表とする政治風刺の漫才はすっかり姿を消し、漫才から毒が消えた。
「たけしも色々としゃべっているらしいけど編集で全部カットされているようでね。ところでドキュメンタリーの方はどうでっか?」とプリンさんは聞く。
「漫才の世界と一緒ですわ」とボクは答えた。
「そうやろな」とプリンさん。

民放のワイドショー番組は比較的のびのびと政治ネタを伝えているが、ドキュメンタリーでは姿を消した。そういう番組枠が無くなったのは事実だ。

ボクたち作り手の怠慢も大いに反省しなければならない面はあるが、現実には困難である。
そういう環境にあるから、ボクたちもテレビの企画を考える時点で、初めから政治をテーマとするものは排除した格好になっている。

だから、若い人たちが仕事上で政治的なものに触れるチャンスは少ない。
こうして、世の中から、政治への関心が次第に遠のいていく現状がある。

ただ、多少の経験や過去を知る老人たちは、これで大丈夫なのかなとの心配をし、若者たちに声を掛けたりもするのだが、それらの声は若者たちの耳を素通りして行く。
これが時代というものであり、時代感覚の持つ限界と恐ろしさである。

先週の土曜日に、大学時代の気の合う同級生たちと6人で久々に食事をした。
現役で働いている者はボク以外に一人いたが、みんな悠々自適にそれぞれの老後を暮している。

かつて早稲田闘争で政治の季節を共にし、日々論じ合った仲間である。
銀行員、NHK、毎日新聞、建設会社、電鉄会社のトップに上り詰めた者もいる。
その誰もが訳知りで、何不自由の無い暮らしをしているのに、今の世に懸念を持っていた。
そしてどこかで怒っていた。

「番組のコメンテーターが余り馬鹿なことを云うので、テレビに向かって怒っていたら、カミさんから、そんなに怒ると憤死しますよ、と言われた」と一人が言うと「俺も同じだよ」と苦笑いする者もいる。
「俺の高校時代からの親しい友人が肝臓がんのステージ4で、今日か、明日かという奴がいるんだけれど、もう二年半も生きている。そいつから、そんな調子じゃ、お前は俺よりも早く憤死するよ、と言われたよ」

老世代の人たちはどこか今の状況に苛立っている。
しかし、どうすれば良いのかが分からない。

神田の名高い「藪そば」で2時間ほど過ごしたが「ここのそばは旨くないから口直しに行こう」と云い出す者がいて、すぐ近くのそば店「まつや」にそばのはしごだ。
ここも昼時を過ぎても客待ち状態の人気店だが、しばらく待たされても一旦行こうと決めたら片意地を張るのも年寄の習性だ。

「まつや」でもお銚子を何本か空にして、皆で又そばを注文した。
そばを打つ職人の姿を眺めながら「やっぱり、そばはまつやの方が旨い」などとしたり顔で云いながら、食欲旺盛、元気なものである。
それぞれ企業戦士としてこれまで懸命に働き、それなりの社会貢献を果たし、70数余年を生きてきた年寄たちにとって、これ位の贅沢は許されても良いだろうとボクは思った。

政治談議に花が咲くが、若い頃のような理想論や空論はない。
永く人生を体験してきた者の知識と知恵があった。

「ところでお墓は用意してあるの?」とボクは聞いた。
散骨して貰うつもりだ、という一人を除いて、全員が自分の入るお墓を決めていることを知った。
いよいよ人生も最終盤。
ボクたちに何が出来るのだろうか。

お店を出ると、旨いそばを求めて並ぶ長い人々の列があった。
まだ陽の高い午後、ほろ酔い機嫌で、それじゃまた会おう、と三々五々それぞれの日常に戻って行く。

天下泰平、平和な休日の風景である。
ボクたちの行く手に待ち構えているであろうどす黒い影の気配は明るい陽射しに消されている。

      「そば啜る 音もの悲し 昼下がり」


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