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久方ぶりの母の風景

先日、大阪は堺市に住む母を久しぶりで見舞った。

まこと不肖の息子で、大学時代に故郷を離れ、以来、そのまま東京に居つき、数年に一度、実家に顔を出すか出さないかで50数余年が経つ。
実家は弟夫婦に無理やり押し付けた。
父が20年ほど前に他界してから、以前に増して足が遠のいていた。

昔聞いた話で、突然の災害や戦争などの不慮の出来事に見舞われた時、日本人は家族が一緒になって逃げるが、中国人はお前は東に、俺は西にといった具合に家族バラバラ四方八方に難を逃れる、というのがある。
父親は一緒に逃げることを選ぶタイプだったが、母親はバラバラ派の方に組するタイプだ。

母は合理主義者なのだ。
そして、母はボクに、どこかで元気に暮らしてさえいれば別に会わなくても良いのだ、と口癖のように言っていた。
その言葉に甘えた訳でもないが、ボクは碌に実家を訪ねなかった。

5年前にその母が心筋梗塞で倒れ、以来、病院が経営する養護施設に入り現在に至っている。
弟の案内で実家からそれほど離れていないその施設に母を訪ねた。

車椅子に押されて現れた母は怪訝そうにボクを見た。
「昭太郎です」とボクが云うと「ああ、昭太郎か」と母は少し表情を緩めた。
「えらい歳とったな。白髪だらけやな。誰か分からんかったよ」と反応した。

弟から母は認知症が進んでいて、5段階のステージ4だと聞いていた。
母にはボクの若い頃の記憶しかないのだろう。

ボクはこの施設には2年ほど前に一度訪ねていた。
その時よりも母は若返り、とても元気そうに見えた。
肌もつやつやしてシワなどもほとんど見えない。

「相変わらず綺麗やな」というと「ああ、そうか。おおきに。歳とったからあかんわ。ところで、あんた、幾つになったんや」と云う。
「74歳になるよ。来年は75歳や。後期高齢者やで」と応えると、横から弟が「お母さんは96歳やからね。兄貴もええ歳になっとるんよ」と助け舟を出す。
「96歳か。もう自分の歳も分からんようになってな」と云い、指を折って何やら数えていたが「そうか。そうなるな。あんたも74歳か。えらい歳とったな」とつくづくボクの顔を眺めた。

「お母さん100歳までもうすぐですよ。がんばってくださいね」と傍らから妻が声を掛けた。
「後4年あるな。それは無理や。4年は永すぎるわ」
認知症ステージ4とは思えない母の対応にボクたちは驚いていた。

実は、母は今年の春に倒れて施設から救急で病院に運ばれていた。
幸いに一命は取りとめたが、その際に母は弟に自分がみた不思議な夢の話をしたという。

「母の夢枕にすでに故人となった親しくしていた人たちが現れて、ついて来い、と言われるまま後に従うと、ある門の前にたどり着いた。門の前には何足かの靴が置かれており、その靴を履いて門をくぐるように言われた。しかし、どの靴を試してみても自分に合う靴が見つからず、履く靴が無い、と云うと、それではこの門を入ることは出来ないから帰れ、と云われて帰ってきた」
これが母の見た夢のあらましである。
弟はその話をボクの前で改めて母に聞かせると「まだ死ねんということやな」と他人事のように云う。

「何か欲しいものはありませんか」と妻が聞く。
「欲しいものは何もないねん。あかんなあ。人間欲しいものが無くなったらもう終わりやで」

別れ際に「また来るよ」と云うと「とこかで元気にしてたら、それだけでええねん」と母はいつもの口癖通り、淡々と応えた。
母は本当にそう思っていることが分かった。

小一時間の面会での母の会話は実にしっかりとしていて、認知症のステージ4との診断は、もしかすると医者の見立て違いではないか、との考えが一瞬頭をよぎった。
しかし、その考えはボクの勘違いであることにすぐに気付かされたのである。

母と顔を見合わせ、別れの言葉を交わした後、弟が器用に車椅子をくるりと方向転換し母が背中を見せて押されていく後ろ姿をボクたちは追ったが、母は二度と振り返りボクたちを見ることはなかった。

そして、廊下越しにホールに横顔を見せる格好で母の乗った車椅子を弟が固定させた後、母は何を見つめているのか微動だにせず、前方の何かにじっと視線を送り続けていた。
それは、周囲のすべてをまるで拒絶するかのような冷ややかな姿に映った。

母の頭に何が去来しているのかはボクには計り知れなかったが、少なくとも、たった今の今までボクたちと交わした会話はおろか、ボクたちに会ったことさえも、その記憶の一片の残像もすでにすっかり消え去ってしまっていることは明白だった。

ボクはしばらく母の横顔を見続けたが、母がボクを再び見る気配はなかった。
たとえ見たとしても、すでにボクが誰であるかは分からなくなっているのに違いなかった。
ボクは母に静かに一礼して施設を後にした。

東京への帰りの新幹線の車中で「ああ、お母さんとの記念写真を撮り忘れたわ」と突然妻は叫んだ。
ボクは窓の外の暗がりに、時々流れて見える灯りをぼんやりと眺めながら、そう云えば、子供の頃から今に至るまで母に叱られたことが一度もなかったなあ、とフト思った。

   「親不孝 海より深し 母の恩」




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