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久々のジャズに酔う

ボクは芸術オンチで、絵心もなければ音楽の世界にもとんと疎い。
音楽と云えば演歌しか知らない。

そんなボクにジャズの楽しさを教えてくれたのが、横山プリンさんと岩味潔さんだった。

横山プリンさんは、かつては上方の漫才師で、横山やすしとコンビを組み関西では人気を博していた。
その後、横山やすしは西川きよしと組むことになるのだが、それよりも前の話である。
共に大阪府知事を務めた横山ノックの弟子たちである。

プリンさんはインテリで、哲学者でもある。
世の中のさまざまな事象を捉えるその透徹した視線は一流で、いつも感心させられた。

番組でリポーターをお願いしたのがキッカケで何となく気が合い、付き合いが始まったのだが、その後ブレーンのひとりとして番組作りで、その多彩な才能に色々と助けてもらった。
まだ東西ドイツが統一される前の東ベルリンなどにも一緒に旅をしたこともある。

プリンさんはジャズに造詣が深く、ジャズのレコードの蒐集家でもあった。
暇な時にはジャズ喫茶に連れて行ってくれて、ジヤズに関する薀蓄やその魅力について余すところなく聞かせてもらったものである。
ジャズの恩師である。

もうひとりの恩師が岩味潔さんである。
岩味さんは日本テレビの優秀な音楽効果マンだった。

入社して間もない駆け出しのディレクターであるボクなどにも親切で丁寧に接してくれた。
とても優しくて物静かな紳士だが、どこか一本筋の通った人だった。
岩味さんは時間があると何故かボクをお茶に誘ってくれておしゃべりを楽しんだ。

音楽効果を仕事にしているので、その仕事柄からもあらゆるジャンルの音楽にも精通していたが、特にジャズについては半端ではなかった。

昭和10年の早生まれで、集団疎開派である。
終戦直後、小学4年生の時に焼野原の東京に戻り、鉱石ラジオでジャズを聴き始め、進駐軍のアメリカ兵と付き合っていたというのだからかなりの早熟だ。

やがてオーディオの世界に興味を持ち、大学時代には、手製のテープレコーダーで「モカンボセッション」や「日比谷INジャズセッセョン」などを録音した。

「モカンボセッション」は横浜の伊勢佐木町にあったナイトクラブ「モカンボ」で1954年に日本で初めて行われたジャム・セッションである。
秋吉敏子、守安祥太郎(ピアノ)、渡辺貞夫(アルトサックス)、 清水閏(ドラム)等他多数の面々が深夜から朝まで一堂に会して行われた。
これを仕掛けたのがハナ肇と植木等で後に一世を風靡したクレイジーキャッツを結成する。

岩味青年は日本のジャズの歴史の星の輝く時間に立ち会い、そのセッションを録音したのだった。
大学時代にジャズ評論家の油井正一さんとロックウェル・レコードを立ち上げ、モカンボセッションを世に出している。
そして日本テレビに乞われて大学卒業後、同社に入社する。

彼は並ではない音の職人で広尾の自宅に本格的な録音スタジオを作っている。
彼の場合は職人を越えてすでに芸術の域にあると見る。

何十年も前になるが、そのスタジオで「これが重低音だよ」と聞かせてもらったことがある。
それは音というよりも振動のような感じだった。
重低音とはボクたちが耳にする低音よりも低い音のことを云うようだ。

ある時岩味さんから「ジャズの番組を作ってみない?」と声を掛けられた。
「ジャズのジャの字も知らないんですけど」と云うボクに「ジャズって良いよ。ジャズのことなら少しは役に立てると思いますよ」
その時はまだ、岩味さんの正体をよく知らなかったのだったが、「それじゃあ」ということになった。

彼は当時六本木にあった「バードランド」やあちこちのお店にボクを連れて行き、サックスの尾田悟さんやドラムの清水閏さんを初め色んなプレイヤーにボクを引き合わせてくれた。
こうして一時間余のジャズ番組を放送したのだったが、彼は終始控えめで表に出ることは無かった。

それからしばらくの間ボクはどっぷりとジャズの世界にはまり込んだものである。
一度アンテナを掲げると向こうから情報が飛び込んで来るので、ジャズに関係する多くの人たちと知り合いになった。
書き出すとキリはないのだが、そんな一人にトランペッターの杉村彰さんがいる。

ボクが日本テレビを辞める時に「麻薬王クンサー」を出版したのだったが、全日空ホテルでのその出版パーティーで杉村彰さんのバンドにお願いして花を添えていただいた。

先日、杉村さんの70歳の記念コンサートがあった。
100人足らずの小スタジオで、普段お酒を飲みながらお店で楽しむジャズとは少し違って、最初は少し改まった感じだったが、しばらくするとバンドと会場はひとつになった。

バンドリーダーの杉村さんは勿論だが、大高實さんのトロンボーンが良かった。
東京キューバンボーイズのコンサートマスターを長年務められた大高さんは今年73歳になるが元気で、楽しんで音と戯れているのがボクたちに伝わり幸せにしてくれる。
デキシーランドからスイングまで楽しませていただいた。

とは言っても、ボクはただ楽しんでいるばかりで、ジャズの何であるかは全く分かっていないのだ。

かつて、ボクの知り合いのある女優さんがいて、彼女はクラブでジャズをよく歌っていた。
誘われて何度か聞きに行った。
ボクに向けて歌ってくれていると錯覚しながら聞いているとなお更心地良かったりしたものだ。

全日空ホテルのパーティーでも杉村彰バンドをバックに二曲を披露してくれた。
後で、横山プリンさんはボクに「小田さんは彼女の歌が気に入っているようだけど、あれはジャズと違うねん」と云った。

また、少しは知られた女性ロック歌手がいて、ジャズをやりたいと云うので、バードランドのママに試に歌わせてやってくれないかと頼み込んだことがある。

その時も、やはり横山プリンさんは「あれはジャズと違うんや」と同じセリフを吐いた。
そして歌ったその女性ロック歌手も「やっぱり私にはジャズは無理ね」とボクに告白した。

ボクにはその意味する所が未だに分かっていないのも芸術オンチのオンチたる所以である。
岩味潔さんも恐らく同じことを言われるに違いない。

知らぬが仏と云うが、専門筋の道とは深く恐ろしいものである。
改めて、横山プリンさんと岩味潔さんに教えを乞いに会いに行こうと思っている。

       「楽しめば 良いじゃないかは 通らない」




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