ホーム   »  未分類  »  富と自由の関係

富と自由の関係

人々はどんな人生を送りたいと望んでいるのだろうか。
これに対する答えは恐らく100人いれば100様であろうと思う。

国が違えば気候風土も違う。
風土の違いは生活や文化の違いを生み、言語の形によって論理の組み立てや思考の形も変わってくる。
宗教によっても生き方は変わる。

それらに基づく世界の人々の暮らしは想像を絶するほどに多様であろうし、人生観や価値観も多様である。
しかし、どの人々にも共通しているのは、少なくとも健康で、金銭的に裕福で、自由な暮らしをしたいと望んでいることは間違いないだろう。

だが、この健康、裕福、自由の三つを同時に手にすることが出来る人はほとんどいない。
それどころか、そのうちの一つだって得ることの出来る人はごく限られているに違いない。

しかし人々は欲望に駆られ、それらを限りなく追求し続けている。
これは、正しいとか間違っているとか、善とか悪を超えて存在する、ごく普通の平凡なボクたち人間の日常の姿である。

健康、富、自由の中で、健康についてはどう努力しても何ともならない生まれつきの運命的な要素が大きいので、例え健康を損ねてもどこかで諦めがつく。

しかし、お金と自由の二つは、なかなかそうはいかない。
経済的に貧しい者は豊かになりたいと願うし、豊かな者はさらなる豊かさを求める。
その欲望には限りはない。
自由もまたしかり、である。

恐らく人間はギリギリの貧困と自由の束縛に見舞われた時に反乱の心を芽生えさせる。
そして、貧しい者と一部の富める者、あるいは自由を奪われた者と自由を奪っている者との二極化が頂点に達した時に革命が起きるのに違いない。

そしてこのことは、単に文字面だけのことではなくて、世界で起きている現実そのものである。
暴動や反乱は日常的な現実である。

全員がおしなべて貧しい社会や、全員が豊かな社会では反乱が起きることはない。
富や自由の格差が極に達した時に暴動を引き起こす。

今、世界中を恐怖と不安に陥れているテロなども、結局は格差の産物である。
いくら軍事力を高め、警察の取り締まりを強化しても恐らくテロの撲滅は出来ない。
富める国と貧しさに喘ぐ国家が存在する限り、テロの脅威を無くすことは不可能だ。

本当は富のグローバル化こそが必要なのだが、現実の世界は益々それとは逆方向の格差社会に向かっている。
テロの原因は単に宗教の対立ではなくて、富と自由の格差の問題である。

もとより、暴動やテロを是認するものではないが、これが現状の姿である。
しかし、世界が保護主義や国家主義に向かって歩みを進めている今、富と自由の両面での格差はますます大きくなってきており、とても不安定で危険な様相を示している。

それぞれの国の格差が大きくなれば、そこに暮らす人々の不満がつのり、やがてその不満は飽和状態になる。
こういう時に、第二、第三のヒトラーが現れる恐れは充分ある。

第一次世界大戦の敗戦による多額の賠償金で経済が崩壊し、続く世界恐慌で壊滅的な打撃を受けたドイツ。
そんな経済的混乱の中で不満を持つ労働者や農民、それに中産階級の気持ちを掴んで誕生したのがヒトラーの率いるナチスだった。

ヒトラーは失業問題を解決し、ドイツに奇跡的な復興をもたらし、圧倒的多数の人々から熱狂的な支持を得たのだった。
その後のドイツの辿った歴史については周知の通りである。
経済的繁栄と引き換えに人々は多くの生命と自由を失うことになる。

また、一説に、700万人を大粛清で殺害したとも言われているソ連のスターリンだが、農業国から工業国に導きソ連を世界第二位の経済大国へと変身させるなど経済面では手腕を発揮している。
しかし、そのために人々は余りにも大量の血を流し、自由を奪われた。

経済的な自立がないと自由を得られないとの側面も大いにあるが、こうしてみると経済と自由は実は裏腹の関係にあるとも考えられる。

そして、現在の経済優先の格差の広がりを見せる世の中を眺めると、そういった危険なリーダーの登場を許容する条件が整いつつあるのではないかと思えてならない。

「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対に腐敗する」と云ったのはイギリスの歴史家であり政治家だったアクトンの言葉である。
真理であろうと思える。

ヒトラーも国民の支持を得て一党独裁の絶対的権力者だったし、スターリンも一党独裁の絶対権力者であった。
これらの歴史を踏まえれば、権力の集中は是が非でも避けなければならない命題である。

しかし、実は現在でも、中南米、中東、アフリカの発展途上国の多くに一党独裁の国は多い。
シンガポールや中国も一党独裁の国家だし、北朝鮮は世襲制の古代朝鮮の王朝さながらの独裁の国である。
この国の独裁者は異母兄弟とは言え血のつながった実の兄を権力維持のため暗殺した。
権力の持つ魔性をボクたちは目の当りにしている。
ロシアもプーチン大統領の統一ロシアが政界を牛耳っている。

そして、自由を標榜する世界の大国アメリカで強権を発動し続ける大統領が誕生した。

一方、日本に目を向ける時、そこにもまるで一党独裁の体をなす自民党の政権が存在する。
野党が弱体化している日本の場合、中央政治だけではなく、東京都でも事実上自民党の独裁政治になりつつある。
注目を浴びている小池知事はまぎれもない自民党員である。

世の中が少しづつ、しかし明らかにひとつの方向に向って進んでいるように思えでならない。

経済的豊かさを求め過ぎる結果に生まれる格差、そして格差社会の次に待ち構えているのは、絶対権力の独裁であり、それは、ボクたちが経済的豊かさと引き換えに自由を失う社会を招くことになる、という図式である。
そして、最後に行き着く先は、これまでの歴史が示す結果となることを覚悟しておかなければならない。

ところで、人には二本の手があるが、同時に二つのモノは持てないのかもしれぬ。
富と自由。
富への欲望から解放されない限り、人は真の自由を手にすることはできないのかもしれない。

   「権力を 手放す仕組み 民主主義」


にほんブログ村 テレビブログ ドキュメンタリー番組へ にほんブログ村 テレビブログ プロデューサー・ディレクターへ 人気ブログランキングへ

ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。





Comment
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

馬鹿社長

Author:馬鹿社長
【小田昭太郎】
株式会社オルタスジャパン代表取締役

★ホームページ★

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR