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大先輩からの大いなる“喝”

早坂暁さんから、大いなる“喝”をいただき覚醒した。
早坂暁さんは、あらためて説明するまでもないが、「夢千代日記」などの作品で有名な脚本家であり作家である。

「昨日、退院したよ」とフラリと会社にお見えになった。
早坂さんは今年86歳になられるが、これまで病気という病気と闘って来られた。

胃は半分無いし、胆嚢も切った。
70歳の頃に心臓の大手術をして生き延びられた。
癌も患っておられる。

満身創痍だがお元気で、その創作意欲は衰えを見せることはない。
今回は、二週間ほど順天堂病院に検査入院されて出て来られたのだった。

「あと3年間は大丈夫だと言われたよ」と、とてもお元気そうである。
「あと3年間あるけれども、3年間しかない。そこでね、テレビでひとつ大きなドキュメンタリーをやりたいと思ってね。一緒にやりましょう」とおっしゃる。

実は、先日、ボクがこのブログで書いた「これからテレビはどうなる?」を読んで下さっていた。
その中でボクは、現在のテレビの嘆かわしい状態に対して苦言を呈し、ボクたちがどうあらねばならないか、について書いたのだったが、早坂さんはそれに共感されて「拍手する」とおっしゃって下さった。

「ところで、あなたは何歳になるの?」と聞かれた。
「72歳になりましたよ」と答えると
「まだ若いから、長生きしてがんばってね」と云われた。

「いやあ、とても、とても。ボクは長生きなど出来ませんわ」
といつもの調子でいい加減に応えると、早坂さんは真剣な顔つきになられて
「駄目だよ。そんなことでどうするの。あなたはブログでテレビ界に喝を入れたでしょう。そのあなたが、そんな弱気でどうするの。86歳の僕がこんなに元気なのに、あなたがそれじゃいけません」とおっしゃる。

言葉は優しかったが、その内容は厳しい“喝”だった。
ボクは背筋が自然に伸びていくのを感じていた。

そして、早坂さんは、実はこういうことをやりたいと考えている、と企画の構想を語り始めた。
それは壮大でとても魅力に溢れる企画だった。

事細かく書きたい衝動に駆られるのだが、何しろ企画のことなので、申し訳ないけれども詳細については割愛させていただく。
ただ、簡単な全体像は話せる。

以前に早坂さんから「ニッポン人の面目」という企画原案を提案頂いたことがある。
夏目漱石の小説「門」の主人公の宗助が魂の救いを求め、鎌倉の禅寺・円覚寺に逃げ込むが、そこで宗助は「父母未生以前における本来の面目を問う」との公案を出される。

公案とは禅宗で出される悟りを開くための問題のことだが、この公案の意味は、あなたの父や母が生まれる前のあなたは何者だったのか、との問いである。
つまり私とは何か、という問いである。

これは、フランス人画家のポール・ゴーギャンが最晩年にタヒチで「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」というタイトルの有名な画を描いているが、それと同じテーマである。
つまり早坂さんは、「父母未生以前における本来の面目を問う」をドキュメンタリーとして映像化出来ないかとおっしゃったのだった。

ボクはそれを受けて、スタッフとこの難題に取り組み、半年ほど掛けてひとつの企画書に仕上げ、NHKに提案した。
残念ながら、その苦心の企画案は採択されなかった。

企画案を作ったボクたちも、必ずしもその企画案が万全のものであるとの確信を持てなかったのも事実だった。
「父母未生以前における本来の面目」の本質に迫り切れていないとの思いがあったのである。
そういう事情で、その企画は挫折したままになっていた。

今回、早坂さんから提示された企画構想では、同様のテーマの新たな切り口が発見されていたのだった。
ボクは大いに納得した。
そして、早坂さんからの“喝”でエネルギーをいただき、新たな気持ちで、もう一度ゼロからそのテーマと取り組む決心をして、早坂さんと実現に向けて全力を傾けるとの約束をした。

ボクのやるべき仕事は多いが、当然のことながら経営的な側面から会社を眺め、およそ半年のお金の流れを重点的に、常に一年間ほどの見通しを立て、その計画を実行に移していくことが、一番大きな仕事である。
そして、全体の番組制作がその予定に向かって円滑に動いているかを常にチェックし、新たな企画が必要かどうか、そのための人員の配置をどうするのかなどを決め、軌道修正したり、補完したりする。

そして、毎月の支払に問題はないか、銀行からの借り入れの必要はないかなどを見直すような細かい作業もある。
こういう日常にあっては、各プロデューサーやディレクターから提案される多くの企画の全体の流れは把握しても、自分で企画内容そのものに噛み込むことは滅多にない。

しかし、早坂さんの“喝”で、今回は、以前の場合と同様に、いやそれ以上に、ボク自身がこの企画に能動的に動かなければならないことになった。

これは大変だが、とても有難いことである。
テレビ屋としての当然の仕事だ。
本来のボク自身を改めて取り戻すひとつのチャンスでもあるのだ。

これから、この壮大な企画に共感するスタッフを募り、早坂さんとも何度もミーティングを重ね、実現に向けての動きを加速させようと真剣に考えている。

      「ボクは誰 キミは誰かを 考える」




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「先生の”喝”に期待」
人生がわからなくなって、永平寺を訪ねると、小坊主が「汝、足元をみよ」と一喝します。「照顧脚下」です。

華厳の滝で投身自殺した藤村操の遺書「巌頭之感」の中心には、「萬有の眞相は唯だ一言にして悉す、曰く『不可解』」とあります。

聖書は、天地万物の創造主の禁令の言葉を、「信頼」ではなく「邪推」で受け取ったところに、人間世界の不毛がはじまった、としています。

「主体性」とは、何かが現代の問いでしょう。
一見、泰平ムードにかくされた今日の危機は、人間不在、主体性喪失の危機といえます。

保身によって主体がすりかえられ、バスに乗りおくれまいとする焦りがきわだつなかで、何ら背景によらず、閥によらず、並はずれた確信をもって、深く一途にテレビ世界の鉱脈を掘り下げる小田社長の姿には感動させられます。

先生の”喝”を、僕が生きているうちに活かしてください。
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【小田昭太郎】
株式会社オルタスジャパン代表取締役

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