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50年ぶりの再会

親友の0に誘われて大学時代の同窓会に出席した。

20年数年前に小学校の同窓会に出て以来、同窓会と名の付く会に顔を出したのは2度目のことである。
昔を振り返り、懐かしむことは、何か後ろ向きのような気がして、抵抗感があり、これまで同窓会には出席しないで来た。

今回出席した同窓会は、土曜日の正午から浅草のフグ料理店で行われた。
同級生たちだから当然全員が72~3歳の老人の集まりとなる。
宴会は夜に行うものだとのこれまでの慣習は年寄りの間では通用しない。

ボクは前夜からの徹夜麻雀を打ったその足でフラフラしながら駆けつけたのだった。
毎週金曜日は徹夜で麻雀を打つことになっているのだ。
この習慣は何十年来続いている生活習慣病だ。

この日集まったのは総勢7名、親友の0以外とは50年ぶりの再会となる。
ボク以外の連中はたまに集まっているらしく、ボクだけが新参者だった。

道ですれ違っても分からない。
しかし、改めて座して向き合うと昔日のことが昨日のことのように甦り、名前と顔が一致した。
それほどみんな歳をとり変わっていた。

ただひとり、Yのことはいくら考えても記憶になかった。
YはNHKに入りずっと報道記者として活躍してきたらしい。
ボクも仕事柄NHKとは縁が深いが、Yとの縁は薄かったようだ。
これまでお互いの存在を知らないできた。
「もっと早く知り合っていれば良かったね」とYは云った。

親友のOは銀行マン、Sはゼネコンの営業、Iは証券会社、Uは営団地下鉄のトップまで上り詰めた。
それぞれが、それぞれの業界で活躍し、すでに仕事人生を全うしていた。

Mは毎日新聞社を退職後、現在は理学療養士の専門学校の理事長をしている。
これまで福祉関係の本を10冊出版し、政府の仕事にも係っていた。

Mとボクだけがまだ働いていて、他の者は退職し、年金と貯えで自適の暮らしをしている。
生活にゆとりが無ければ、こういう同窓会には出られない筈だった。

年配者の集まりの通例との噂通り、初めのうちは病気の話で盛り上がる。
SとIの二人は病で倒れ半身に麻痺があると語った。
親友のOは二日前に血圧が200を越えて倒れて救急車で運ばれたという。
Oはかつて胃潰瘍で胃を切っていた。
Yは肝臓に難病を抱えていて普段は酒を禁じられていると言いながら、ひれ酒を旨そうに、この時とばかりにしこたま飲んでいる。

この歳になって病気を持っていない者はいない。
ボクが糖尿病の薬を飲むのを見て、あっ、俺と同じ薬だ、との声が聞こえてくる。

そのうち、経済と政治の話になる。
銀行、ゼネコン、証券会社、営団、マスコミと役者が揃っており、それも現場の責任者として長年苦労し、実績に基づいているので、その話は現実に則した深い内容になる。

それらの話から、それぞれの業界の実情もさることながら、みんなのこれまでの働きや人生など来し方が垣間見えて興味は尽きない。
同窓会も満更でもないな、と思い始めていた。

ボクたちの学生時代は否応なく早稲田闘争に巻き込まれ、日夜議論を繰り返したものである。
政経学部の校舎はロックアウトされ、授業の行われない日々が続いた。
学生の誰もが闘争の当事者だった。

そういう体験の所為か、50年後にこうしてその時代の仲間たちに会っても妙に話が分かり合えた。
いずれもが反骨精神を共有していた。

「お前もこういう会に来るようになったというのは歳をとったということだな」と常連のIはボクに云った。
そうかもしれぬ。
「今日は夕方から雪の予報だ。そろそろ行くか」とMはみんなを促した。

3時間ほどの時間が瞬く間に過ぎ去り、ボクたちは料理店を後に駅に向かって、まだ明るい昼間の浅草の裏町をみんなでゾロゾロと連れ立って歩いた。
浅草寺から仲見世通りを雷門に向かう。

どこから見てもボクたちは老人の団体さんの一行だった。
足をひきずるようにして歩いている。
時の流れは残酷だ。
かつて早稲田闘争で激論し駆け回っていた同じ人間だと誰が想像することが出来ようか。

家族に土産を買う者もいた。
それは、とても平和でのどかな光景には違いなかった。
そしてボク自身、昔の仲間たちと一緒に歩いていることに満足してもいた。

しかし同時に怒りに近い感情が湧き上がってくるのを感じていた。
怒りの正体は老いへの虚しさであったのかもしれない。

それは過剰な欲望であることは分かっていた。
これが人生というものであり、限りある生の宿命であることも分かっていた。

「あっという間だったな」と並んで歩いていたIが確かめるように言った。
本当に人生は短い、とボクは心の中でつぶやいた。
みんなも同じことを感じているのだろうか。

ボクたちの年齢では老いに従い、老いと共に生きるにはまだ中途半端な季節であるのかも知れなかった。
そしてボクは今ある幸せに身を委ねられない生々しい自分を恥じた。

しかし、一方で待てよ、との声がする。
お前にはやらねばならぬことが山ほど残されているだろう、まだまだお前を頼りにしている若い連中もいるだろう、分かったような事を言っているヒマはない、残された時間を懸命に生きろ、との声が聞こえた。

ボクはそれまで引きずっていた足に力を入れた。

   「不条理は 不条理として 明日を見る」


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