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新年早々の与太話

新たな年を迎えると、なぜか気持ちも改まる。

しかし、本来ならば、今年一年の抱負などを述べたいところだが、なぜか気恥ずかしく、その勇気が出ない。
過去のことも、現在の自分の言葉もいかにも浅薄で、すべてが恥ずかしく気おくれするのも気力の衰えの所為なのだろうか。

ところで、今年いただいた年賀状の整理をやっと終えた。
すでに80歳を過ぎた方々からの賀状も多い。
ボクは自分よりも年長の知り合いが多く、寿命が延びたとは云え、これまでに見送ってきたずいぶん沢山の方々もいる。

賀状から、定年で第二の人生を送ることになったとの人たちの多さを知り、改めて驚く。
夫が急逝したとの知らせも2通あったし、病で倒れて挨拶が遅れたとの奥さんからの寒中見舞いもあった。

年賀状からは、それぞれの方々のその向こうに存在する様子が手に取るようにうかがい知ることが出来る。
それぞれの現在の人生の形が恐ろしいほどに透けて見えてくる。

若い頃には、ただ素通りして気にも留めなかった人生のヒダに気付き、生きていくということは、とても辛く哀しいものなのだと実感する。

今朝、とても恐ろしい体験をした。
急な打ち合わせが入り、タクシーで会社に向かう途上の出来事である。

交差点で信号待ちしていたボクたちの乗ったタクシーが、青信号になり、やおら右折しようとして発進した直後、タクシーの運転手は、あっ、と声を発し急ブレーキをかけた。
そのすぐ目の前を右方から直進してきた猛スピードの乗用車が通り過ぎるのが見えた。
まさに0.1秒の差で衝突を免れた。

もしぶつかっていたら間違いなく命はなかった。
「危ないことをしやがる。ベンツだったな」と運転手はつぶやいた。

信号無視したその乗用車はすでに遥かに遠ざかっていた。
ボクは妻と顔を見合わせたが、すぐには声は出なかった。

死の陥穽はどこで待ち受けているか予測不能だ。
「まだボクたちは寿命があるということだな。生きていろということだ」とボクは妻に言った。
そう言いながらボクの中で覚醒するものがあった。

生かされている、と直感した。
しかし、それは科学的ではないのかもしれない。
ただ、タクシー運転手の運動神経が優れ、危険察知能力が鋭かったに過ぎないのかもしれなかった。
ただ、そういう事実だけがあっただけのことかもしれなかった。

家の階段で転んで死ぬ者もいれば、餅をのどに詰まらせて亡くなる者もいる。
そこに、人生の因果関係を持ち込むことに無理があるかもしれない。
しかし、ボクは、それも含めて運命だと考えることにした。

俯瞰で見れば、今後ボクが人生でやらなければならないことは特別にある訳ではない。
しかし、俗っぽく考えれば、ボクがやらなければならないことは沢山残されているとも考えることができる。

もし、生かされているのであれば、その時間を懸命に生きよう。
今朝の事故未遂の出来事はボクにそのことを教えようとしたものだ、と考えることに決めた。

   「死の淵が 正月ボケの 目を覚ます」


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