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あるプロダクションの設立記念パーティー

あるプロダクションの設立25周年のパーティーに出席した。
都内の一流ホテルの宴会場を貸し切っての豪勢なパーティーだった。

社長のYさんは優秀なディレクターでありプロデューサーで、映画の監督なども手掛けている。
Yさんとの付き合いは古く、かれこれ30年近くなる。
彼が会社を興す前にわが社の番組のディレクターをお願いしたこともあった。

わが社が設立してから二年後、Yさんは仲間と共に自らの会社を立ち上げた。
当時は、お互いに若く、麻雀を打ったり、将棋を指したりして、良く遊んだものである。

中京テレビがプロデュースした全国ネットの30分の番組を3年間Yさんの会社と共に制作したこともあった。
彼の結婚式にも出た仲である。

九州男児の気風の良い男だが、10年ほど前になるだろうか、彼から相談を受けたことがある。
細かい事情については失念したが、どうやら会社の経営に行き詰ることがあったらしく、会社をたたもうかと思っている、との内容だった。
一晩酒を酌み交わして色々と話し、励ました記憶がある。

その後、彼はNHKで旅番組の話題作をヒットさせレギュラー番組化に成功した。
経営内容の詳細は分からないが、現在は順調に推移しているようである。

ところが、今年のYさんからの年賀状の家族写真の下に一行「終りが近づいて来ました」の文字があった。
Yさんは今年64歳になるが、まだまだ引退には若すぎる年齢である。
ずっと気がかりだったが、電話するのも何かためらわれた。

たまたま、今年の春に各プロダクションが集うパーティーがあり、そこで会った際に尋ねたところ、5年まえに手術した肺ガンが再び転移したことが分かったのだという。
様子をみて手術する予定だとYさん言った。

今やガンは恐れるに足りない病気とは云いながらも再発症は相当なショックであったようである。

そうこうしているうちに、Yさんからの設立25周年のパーティーの知らせが届いたのだった。
25周年という数字は四半世紀にあたるので区切りが良いと云えば良いが、少し中途半端な年数である。
30周年まで待つのが普通である。
ボクたちの会社でも、現在27周年の進行中で、30周年には少しは改まったパーティーを開こうと考えている。

パーティーの招待状を見ながら、Yさんの肺ガンのことが頭をよぎった。
もしかすると、体力的に30周年まで待つ自信がなく、前倒しで開くパーティーなのではないかと。
めでたいお祝いではあるが、その裏にYさんの悲壮な思いが隠されているように思えた。

案の定、パーティーの冒頭のあいさつで、Yさんは、病気については全く触れなかったが、30周年まで体力が続くかどうか分からないので、と冗談っぽくサラリと語った。
冗談だと受け止めた会場からは笑いが返ってきたが、事情を知っているボクはとうてい笑うことなど出来なかった。

パーティーの合間に会場の入り口に並べられた椅子でタバコをふかしているYさんの姿があった。
「良い挨拶だったよ」とボクは云った。
「そうですか。そう云ってもらえて良かった。こういう挨拶は難しいですね」とタバコをふかした。

肺ガンなのにタバコを吸っても良いの?と言おうとしたが止めた。
このおめでたい日に病気の話は止そう。
彼の健康にとって良いか悪いかは別として、タバコを吸うことが出来ているのは間違いなく良い知らせなのだ。

2時間余のパーティーのお終いに10数余名のスタッフの紹介があり、出席者全員で記念撮影をした。
Yさんらしい演出の行き届いたパーティーだった。

別れ際にYさんと握手しながら「身体を大事にしてよ」とボクは云った。
ありがとうございます、とYさんは応えたが、握手する手が弱々しく感じられたのは果してボクの気の所為だったのだろうか。

ボクも次の世代への引き継ぎに心を砕いている最中だが、Yさんにとってはとても切実な急務であるのに違いなかった。

      「若き日も 老いてなお良き 仲間かな」


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