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頼もしきかなテレビ人たち

つい先日、フジテレビの中堅のプロデューサーの方々と親しく飲む機会に恵まれた。

Mさんをリーダーとする、デイリーの2時間のワイドショー番組を担当するスタッフの面々である。
熾烈な視聴率競争のど真ん中、テレビ現場の第一線で日夜を問わず闘い続けている若きテレビマンやウーマンの熱気に久々に接して、とても幸せだった。

Mさんが、一緒に仕事をしないかと、わが社を訪ねて来られたのは、昨年の晩夏のことだった。
その時は、所用があり、残念ながら、ボクは直接お会いすることができなかったのだったが、スタッフから、Mさんの番組にかける熱い思いを聞き、ボクは、久々にこの人に賭けてみよう、との気持ちになった。

未だお会いしたことの無い、見ず知らずの方ではあったが、ボクの勘に強く響くものがあった。
手始めに、早速、まだ未熟ではあるけれども、意欲のある2人の若い女性スタッフをMさんに託すことにした。

ボクたちの会社は、ドキュメンタリー番組の制作を志向するスタッフの集合体である。
そんなスタッフの間からは、ワイドショー番組に参加させることに対する懸念などの慎重論も出たが、ボクは敢えて断行した。

その理由は二つあった。
ひとつは、彼女たちに、生々しいテレビの現場を体験させておきたいと思ったことである。

ボクたちの主たる仕事であるドキュメンタリーというジャンルは、どちらかと云うと孤独な個人作業である。
たいていは、30分あるいは1時間、2時間の番組を、一人のプロデューサーの下で、一人のディレクターが番組を制作するケースが多い。

それらの番組の制作に費やす時間は、1ヶ月半から3ヶ月、長いものだと半年、1年以上を要するケースもある。
ある意味では、じっくりと取り組む長期間の仕事が多くなる。

勿論、視聴率を意識するとはいうものの、バラエティーやドラマ、ワイドショーと比べると、厳しい視聴率競争の網の目の外にある。

これまでの長いテレビの歴史の中で、ドキュメンタリーがテレビの主流であったことはない。
過去の民放時代には、「ドキュメンタリー」という言葉を使うと営業に差し障りがあるからと、企画提案の際に企画書上から「ドキュメンタリー」の文字が消された時代もあった。

視聴率が取れない代表的ジャンルであることは、昔も今も変わらない。
このジャンルはいつの時代もテレビ界の日蔭者の身であるのだ。

そんな背景もあり、常に厳しい視聴率競争からは免れてきたとの経緯がある。
こういう環境の中に在ると、どうしても、のんびり、ゆっくり、じっくり型のタイプが増える。

ボクなども、そんな環境で育ってきたのだが、それでもテレビ局員だったので、料理番組をはじめ、占ないの番組やワイドショーなどもひと通り体験してきて、幾分はテレビの他のジャンルの番組も知っている。
そして、その経験がその後、役に立つことも知っている。

Mさんに託した2人の若いスタッフにも、そんな生き馬の目を抜くような厳しいテレビの世界を体験させたいと思ったのだった。

二つ目の理由は、Mさんに取り憑いてみようと考えたことである。
取り憑くなどとの表現は、いささかオカルトめくが、そう思った。
担当されている番組の内容とは別にMさんというひとりのプロデューサーに託してみたいと願ったのだった。

その後、昨年の暮近くに、初めてMさんと、そのスタッフにお会いしたが、Mさんは、期待通りの素敵な人物だった。
馬鹿になりきることができる本当に利口な方であると見受けた。
ボクの勘に狂いがなかったことが嬉しかった。

そして、先日再びお会いすることになったのだった。
この間、2人の若いスタッフが、これまでと全く異なった不慣れな空間と仕事に戸惑い、失敗を重ねているなどの情報が、刻々とボクの耳に入っていた。
多くの仕事仲間に迷惑を掛けている様子が、手に取るように分かった。

余りにも役に立たず、迷惑を掛けているようならば、考え直さなければとも思っていた。
焼鳥屋の一隅で、その懸念を話すボクにMさんは「そんな心配はしないで下さい。私が責任を持って一人前にさせていただきますから」とおっしゃって下さった。

同席された腹心の部下であるOさんとIさんも、2人の未熟なボクのスタッフを盛んにかばってくれる。
本当にありがたい、とただボクは恐縮するばかりだった。

世知辛くなったこの時代のテレビ局の中に、まだこのような人間関係のあることが、不思議でもあり、また嬉しくもあった。
とにかく、どこまでも人間的で、熱いMさんたちの言動に感動した。

苦労の多い、制作環境の中で、どのように番組を作り上げて行くかについての彼等の議論は、どこまでも熱っぽく、いつまでも終わることはなかった。

その後のMさんからのメールで「会社対会社ではなく、できるだけ個人の向き合いとして信頼関係を築いてまいりたいと考えております。私もOもIも、3人とも、揃いも揃って転ぶときは前に転べ、というような性向で、ご心配をおかけしますが何かあればいつでもご連絡ください」とあった。

いつまでも、Mさんたちに甘えている訳にもいかないが、ボクたち、ドキュメンタリーを志向するスタッフたちも、Mさんたちに負けない熱さだけは持っている。

今後、この恩をしっかりとした形でお返ししなければならないと、あらためてこの夜の会食を心に刻んだ。

       「捨てる神あれば 拾う神あり テレビかな」


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