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東京と異常気象

テレビでは連日、集中豪雨だ、ゲリラ豪雨だともっぱら雨の話に関心が集まっている。
雨がこれほどニュースの中心になったり、人々の注目を集めているのは、ボクの知る限りは初めてのことである。

これまでは、大雨と云えば、台風とセット、とのイメージがあったが、近頃では、雨が単独で大暴れしているようだ。

古い話になるが、子供の頃は本当に台風が恐かった。
大阪府の堺市で生まれ育ったが、そこは台風の通り道のひとつだった。

最近では、台風は何号と号数で呼ばれるが、以前は台風には名前がついていた。
ボクが最も記憶に残っているのはジェーン台風である。

小学1年生か2年生の頃で、日曜日だった。
たまたま、その日から絵画を習いに行くことになっていて、今の親であれば、大きな台風が来るから、絵画教室など行くのは中止にしよう、ということになるのだが、父親は風が強く吹き始めた中にボクを送り出した。

2時間ほどの授業を終えて帰路につく頃は、ますます風は強くなっていて、途中、色んな物が飛んできて恐ろしかったが、夢中で家に向かって歩いたことを覚えている。
屋根瓦なども舞っていた。

今考えてみても、よく無事で家に辿り着けたものだと、改めて汗が出る。
やっとの思いで家に着いたボクを父親も母親も「お帰り。大変だったね」とごく当たり前に迎え、平然としていたものだ。
絵画の先生にしても、両親にしても、昔の人たちはずいぶん度胸が据わっていた。

長い間、風で家は大きく揺れ続けた。
台風が去った後は、家の屋根瓦は全部吹き飛ばされ、黄土色の屋根板がむき出しになっていた。
その後も何度か大きな台風に見舞われ、風の恐ろしさは身体に刻み込まれている。

東京に出て来た当初の一番の感想は、台風が来ないことと、地震の多いことだった。
所帯を持って一軒家に住むようになってから、大型台風が東京に上陸する模様、との台風情報を聞く度に、窓ガラスが破れないようにテープを張るなど対策を講じたものだが、いつもたいした風も吹かず、その苦労が空振りに終わった。
それでも、台風の恐さが身に染みついているものだから、台風と聞くと思わず身構えてしまうのである。

台風の恐さは知っていたが、これまで、雨の恐さには鈍感だった。
伊勢湾台風の時などは、水害の被害は大きかったが、雨は台風のオマケ位の感覚だった。

しかし、この異常気象で雨の恐ろしさを改めて知ったのだった。
その被害も沖縄から北海道まで、全国規模にまたがり、毎回のニュースで、「観測史上初めて」との見出しが続く。

つい先日の東京都内、宮城県の石巻、それに北海道の札幌市などを襲った集中豪雨も、一時間で100ミリ以上という常識では考えられない量の雨だったようである。
浸水のため車に閉じ込められた人たちもいて「初めは凄い雨だと笑っていたが、次の瞬間には恐怖で凍りついた」と話していた。

それほど瞬く間に変化を来すほどのスピードでの被害のようである。
繁華街や近代的な駅などが水浸しになると、ニュースの声もより大きくなり、被害のリアリティーが増す。

時には自然は理不尽で横暴に見える。
災害の形で現れると、その狂暴さは尋常ではない。

大自然の前ではいかに人間がその存在を誇示しようと無力である。
自然をコントロールしようとの考えなどもともと無理な話である。

被害は困るけれども、時にはボクたちが、自然に畏敬の念を持つ機会は必要なのかもしれない。
ボクたちの生き方の根本の話である。

   「八百万 周りのすべてに 神宿り」


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