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歴史伝承の限界

広島市北部で発生した大規模な土砂災害の報道が連日続いている。
日々、行方不明者が新たに確認され、死亡者の数がポツリポツリと増えていく。

テレビでは、その度に、その人たちの人生が語られ、とても切ない気持にさせられる。
そして、こういった自然災害に見舞われる度に、何とか、前もって防ぐことができなかったのかと思う一方で、結局は、残念なことに、この種の被害は防ぐことはできないのだなあ、との思いに達する。

それは、人の心の持ち方に、どうしようもない宿命的とも云える業があるからだ。

話によると、もともと、この地域は土砂災害の危険地区に指定されていたようである。
それに、過去に何度も同様の被害に見舞われている。
それにもかかわらず、またまた多くの死者を出した。

被害に遭った人が、20年もここに住んでいるけれど、こんなことは初めてだ、と嘆くのをニュースで見た。
酷な云い方になるが、自然の前で20年という年月の体験は意味を持たないかもしれない。

3年前の東日本大震災では1000年に一度の大津波だったといわれる。
1000年は論外だが、何十年か前の災害でも、教訓として次の世代に伝達することはなかなかに難しいことなのだ。

本来、悲しいことや苦しかったことや、また恥ずかしいこと、都合のわるいことなどは出来るだけ記憶から早く消し去りたいとの思いが働くのは当然のことである。
それに、どうしても、日常の暮らしが優先されていくので、大切にしなければならない記憶にも、風化が起きることは致し方のないことではある。

ことに、実際に被災した体験者がその村や町に存在しなくなると、歴史の伝達は途絶えてしまうのだろう。
戦争についても同じことが云える。

戦争体験者はほとんどいなくなった。
従軍体験のある人となるともっと少なくなる。
日本が戦争をしたことを、知識としても全く知らない若者たちが増えていることなども、特別驚くことでもなくなった。

いま日本には、戦争の痛みや恐ろしさを肉体で知っている世代が居なくなり、概念としての戦争だけが存在している。
自民党と公明党による連立政権が集団的自衛権を容認する閣議決定を行ったのは周知だが、マスコミでも、読売グループやサンケイグループはこれに積極的に賛同している。

「集団的自衛権に反対しているのはすでに時代遅れですよ」と自嘲的に語る者もいるが、政府がその方向で諸政策を推進しようとしているのだから、反対派はすでに少数派になっていることは間違いない。
この先に待ちかまえているであろう様々な事態を推測すると、実に恐ろしいことであるのだが、これが現在の日本の現実の姿である。

しかし、考えてみれば、壊滅的な大地震が必ず、近いうちに東京を襲うだろうと、多くの学者たちが予測し、警告しているにも関わらず、それでもボクたちが平気な顔をして、東京を離れようとしないのも、不思議といえば不思議だし、天を恐れぬ不遜な行為であるとも思える。

自分だけは大丈夫だと楽観している。
国もそんな危険地帯である東京にオリンピックを誘致した。
ボクたちは、いつも、実際に悲劇が起きなければ、考えようとしないし、行動しようとはしないのである。

こうして、悲惨な出来事の歴史が繰り返されていくのだろう。
人間の叡知をもってしても、この歴史の繰り返しばかりは、どうしても避けることのできない宿命に思えてくる。

しかし、一方で、とても愚かではあっても、そんな悲劇を繰り返しながら、なお立ち上がり、再生していくのが、人間の力強さであるのかもしれない。
これが業というものなのだろうか。

      「くりかえし くりかえしては 人の世が」


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