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時間の魔力

ボクたちは子供の頃、いや、大人になってからも、どうして日本が戦争に向けて突っ走るのを、止めることができなかったのか、と父親やその世代の人たちに強い非難の眼を向け続けたものである。

そして、戦後日本は平和憲法のもと、戦争を放棄する国家として生まれ変わり、曲がりなりにも、憲法第九条を守り、70年間近く、戦争を経験することなく、国家を存続させ続けてきた。

親たちを責めていたボクたちもすでに70歳代になり、かつての父親たちの年齢を遥かに過ぎた。
そして、いま、時代は間違いなく、日本に限りなく戦争のできる国家としての道を歩ませようとしている。

あれほど、自分たちの親の世代に戦争の責任を問うてきたボクたちが、どうして、現在のような、キナ臭い政権を生み出し、その存在を認めることになっているのだろうか。

ボクはそこに、時間の魔力を感じないではいられない。

人が歳をとっていくのに似ていて、一日では何の変化も感じることができないのに、それが積み重なると少しづつ成長し、やがて老いて行く。
成長とは老化の別の呼び方でもある。
3年あるいは5年の単位でないと、自らの老化に気付くことができないのだ。

世の中の劣化も、全くそれと同じで、余程の天変地異や突然の大事件でも無い限り、ボクたちの意識しない形でどんどん変化し、気付いた時には、老人になっているのと同様に、世の中は易きに流れ、平気で戦争をも受け入れてしまう国家を生み出してしまうのである。

一方、平和な国家と国民の自由を守るためには、言論機関が健全に機能することが必須である。
果して、現在の日本に言論の自由は保たれているのだろうか。
何にもまして、まず、このことの検証が必要ではないかと思われる。

新聞、テレビを含めて、言論陣は自由に発言出来ているのか、弾圧はされていないのか、委縮してはいないのか。
あるいは、もっと最悪なのはマスコミが、時の権力に擦り寄り、おもねり、迎合することである。
マスコミが権力の代弁者になった時は、その国は暗黒の世界に踏み込むことは、これまでの歴史が幾度も証明している。

ボク自身は、テレビジャーナリズムの現場で50年生きてきた。
そして、ドキュメンタリーの世界からテレビの変遷を見続けて来た。
そして、ここでも強く感じるのは、時間の持つ魔力である。

一日、一日毎に、ほんの少しづつ言論はその自由を失っている。
時には、やらせ問題にすり替えられ、時には客観報道という名目で、また個人情報の保護のため、そしてコンプライアンスという横文字に置き換えられて、言論に対する権力のチェックが日毎に厳しさを増して行った。

それらは、それぞれに、いかにも、もっともらしく大切な事項として順守され、その度に、言論の巾は抑制されてきた。
その動きは、マスコミ陣の度を過ぎた自主規制という形で完成されていく。

ホクたちは、それぞれの立場、持ち場で、もう一度自分の足下を見直さなければならないのではないか。
社会の劣化は政治家だけではなく、ボクたち自身の責任に負うところが大きい。

   「壊れたか 時の流れの 羅針盤」


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