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3・11被災者たちの財産争い

わが社に営業で出入りしているIさんの話である。

梅雨もあけて、急に暑くなり始めた。
汗を拭きながらソファーに座るなりIさんは、「いやあ、疲れた、疲れた」とおっしゃる。
この連休に故郷の宮城県石巻に行って来たが、帰りの高速道路で事故に巻き込まれて大変だったらしい。

実家は3・11の大震災で被災し、床上まで津波に襲われたという。
わざわざ里帰りしたと云うので「親ごさんはまだお元気なのですか」と聞いた。

Iさんは50歳も半ばを過ぎているだろうと思われる年齢である。
「いえ、両親は亡くなって兄が跡を継いでいます」とIさんは云った。
「ご両親が亡くなられたのに故郷を訪ねられるというのは、ずいぶん仲の良い兄弟ですね」とボクが云うと、Iさんは何とも言えぬ複雑な表情で苦笑いした。

実情はこうだった。

石巻の復興は遅々として進んでおらず、海辺に近いところは瓦礫の処理はされてはいるものの、更地のままで手が付けられない状況らしい。
Iさんの実家は農家だったが、田んぼは海水につかった。
その、被災した農地の多くは現在、宅地化されているらしい。

Iさんの兄弟は男ばかりの4人兄弟で、長男が農地を含めてすべての遺産を継いでいた。
Iさんは3男である。
当時は、農業を続けることを条件で、長男が親の跡を継ぐことは当然のことだと、兄弟たちも納得し、遺産放棄の書類に印鑑を押した。
しかし、大震災はその後の事情を一変させたのである。

震災前は二束三文だった農地は今では宅地に転用となり、その価値は跳ね上がる。
農協からは様々な形での多額の補償金も出た。
他にも災害の補償金などのお金が入った長男はトヨタの高級車レクサスを乗り回すような暮らしぶりとなった。

いわゆる俗に云われるところの震災太りである。
マスコミはこういったテーマには正面から触れることはない。
石原伸晃環境大臣が「最後は金目」の発言で問題になったが、実際には、あながち的が外れているとは言えない現状はある。

現地を良く知る人たちからは、ボクにもそんな事情が耳に入っても来る。
やっかみもあるので、そのまま鵜呑みにはできないし、それだからと、被災地の人たちのことを非難することなどもっての外だが、震災の補償を名目とした莫大な税金等々が被災者に充てられていることは事実である。

金銭に大きな価値を見出す人たちにとっては、そんな被災地の人々を震災太りと見る。
一方、それまでの暮らしを突然奪われた被災地の人たちにとってみれば、大切なものを失い金銭などではとても償えるものではないと考える。

事の表と裏で、そのいずれもが真実なのだが、被災した当事者と被災地から遠く離れた者との感じ方の温度差は大きい。
Iさんの長男の震災後の、その様子を見て、他の3人の兄弟たちは、「兄貴、ちょっと待て」ということになったらしい。

長男以外は全員が東京に出て来て暮らしている。
長男とは、実家の農業を継ぐとの約束があったから遺産も放棄した。
子供もいないIさんの長男が亡くなれば、遺産は全部長男の嫁のものとなる。
それは他の兄弟としては納得いかない。

Iさんは、そんな交渉のために長男の住む故郷を何回か訪ねているのだった。
「それぞれに嫁がいますからね」とIさんは顔をしかめた。
「嫁が黙ってないんですよ。もう大変」と扇子を慌ただしく動かした。

被災地では、こういう財産相続をめぐる骨肉の争いは数多くあるようだ。
「兄弟同士の遺産相続争いをまさか自分たちがやることになるとは考えもしませんでしたよ。嫁さえいなければねぇ。いやはや」とIさんは深いため息をついた。

対岸の火事は国際紛争だけとは限らないようである。いやはや。

      「恐ろしや あな恐ろしや 相続は」


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