FC2ブログ
ホーム   »  テレビ  »  贈られてきた演歌の歌謡詞集

贈られてきた演歌の歌謡詞集

先日、小包郵便が届いた。

開いてみると、中からは、背表紙に「恋うた」と書かれたベージュの洒落た箱が現れた。
さらに、その箱には、緑色の立派な装丁の本が納められていた。

表紙には、金色の文字で「歌謡詩集 恋うた 寺本ひろみ」と書かれている。
寺本ひろみはペンネームで本名は寺本宏身さんである。

寺本さんから「趣味で演歌の作詞を始めた」とお聞きしたのは、十何年前になるのだろうか、寺本さんからの年賀状に記されてあるのを読んで知ったのだった。

寺本さんは広島テレビの報道部長をされていた。
ニュースキャスターも務められていたようである。
原爆取材のドキュメンタリー「ある夏の記録」で民放祭の金賞を受賞され、さらにイタリア賞も受賞されている。

ボクが、寺本さんとお会いしたのは、いつのことだったか、それこそ何十年も前の遠い昔のことである。
それに、何度もお会いしたという訳でもないのだが、以来何十年間、年賀状のやりとりだけは続いていた。

そして不思議なことに、ボクは寺本さんのお顔はしっかりと記憶している。
今度、お贈りいただいた歌謡詩集のプロフィールに寺本さんのお写真が掲載されていたが、余りにも記憶通りのお顔だったので、びっくりしたほどである。

なぜ寺本さんのお顔がこれほど鮮明に記憶に刻まれているのか、その理由はボクにも分からない。
とにかく、懐かしい方なのである。
プロフィールを読んで、寺本さんが昭和15年1月の生まれで、京都大学の出身であることを知った。

広島テレビを退職後、作詞家の三宅立美さんの門下生として作詞活動を始められたらしい。
寺本さんの作詞による「母の恋文」が第三十五回日本作詞大賞優秀新人賞に選ばれている。
寺本さんのお許しを得たので、まず、その受賞作を紹介する。
 
  母の恋文

くすり袋の その裏に
途切れ途切れの 母の文字
貴方に出逢えて 幸せでした
御身くれぐれ お大事に
たった二行の その文字は
母の最後の 恋手紙

三月足入れ したあとで
親の許しが もらえない
身重のからだで 十九の母は
雪の峠を 里戻り
そっと一輪 白い菊
母はこの世に もういない

たとえ添えずに 終わるとも
悔いを残さぬ 愛がある
愛したお人は 峠の向こう
ろくろ回して いるという
母の形見の 帯締めて
母の恋文 届けます

寺本さんは千葉県佐原生まれの銚子育ちだそうだ。
広島の千葉県人会のホームページへの彼の投稿文によると、ひと月に一作品のペースで書いているが、そのほとんどが女歌だという。

「女歌を書くということは『わたしはあなたを愛しています』という言葉を演歌っぽい別の言葉に置き換える作業なのかもしれません。例えば『赤い絆で体を縛り、堕ちて行きたいどこまでも』とか『一夜の契りがあればいい、身も世も忘れて溺れてみたい』とか『罪なら罪でいいのです、も一度この肌温めてほしい』とか」

「演歌の場合は、まず作詞家が詞を書いて、その詞に作曲家が曲を付けます。作曲は詞を見ながら行いますが、作詞はゼロからのスタートです。何もないところから一つの世界を作り上げなければなりません。作詞は「無」から「有」を生み出す「創造」の作業なのです。「創造」には「苦しみ」が付きものですが、その「苦しみ」があればこそ、作詞の「愉しみ」はそれだけ大きなものがあるのです。」と記されている。
いかにも、ドキュメンタリー作家らしい文章で面白く拝読した。

109頁からなる歌謡詩集には、ページ数と同じ109の作品が収められている。
寺本さんのご自身の言葉通りに、そのほとんどが切ない女うたである。
本当はそのひとつひとつを紹介したいのだが、そうもいかないのは残念である。

機会があれば、実際に曲のついた寺本さんの作詞による演歌を聞きたいと切望して止まない。

   「下手な句も 嬉し恥ずかし 演歌です」


にほんブログ村 テレビブログ ドキュメンタリー番組へ にほんブログ村 テレビブログ プロデューサー・ディレクターへ 人気ブログランキングへ

ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。






関連記事
Comment
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

馬鹿社長

Author:馬鹿社長
【小田昭太郎】
株式会社オルタスジャパン代表取締役

★ホームページ★

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR