FC2ブログ
ホーム   »  テレビ  »  いま思い出す大島渚監督の言葉

いま思い出す大島渚監督の言葉

かつて日本が経済大国などともてはやされた時代があった。
「ジャパンアズナンバーワン」などの言葉も生まれ、日本人の多くがその気になった時代があった。
それほど昔の話ではない。

しかし、栄枯盛衰は世の習い。
ボクたちの奢り高ぶりも長くは続かず、日本は、あっという間にその座から転落してしまったのだった。

これからの日本の行く方を予想する力量はボクには無いが、当たり前に考えても、少子化は防ぎようもなく、ボク自身を含めて、老人の増加率だけを見ても、その前途は相当に厳しい。

特別に難しい分析など必要とせずとも、国力は衰え、少なくとも経済的側面からだけでも、貧しい世の中になりそうなこと位の予想は簡単につく。

解決しなければならない社会問題なども増えそうである。
それに、政治的にも、憲法の解釈問題に始まり、憲法改正などで、国民の自由がひとつひとつ奪われて行く道筋を歩もうとしている。

とてもキナ臭い世の中になりそうである。
あれ、おかしいぞ、と気がついた時にはもう身動きがとれなくなっているに違いないとの不安もある。
社会不安は一層大きなものになって行くだろう。

こうしてあれこれ並べてみると、良い事はなにひとつ無さそうに思える。
しかし、実は、貧困や、社会不安や、社会問題が多ければ多いほど、ボクたちジャーナリズムの世界に生きる表現者の仕事は間違いなく増える。
ドキュメンタリーばかりでなく、ドラマや映画や、あるいはお笑いのタネは増える。

亡くなられた映画監督の大島渚さんとは、ボクがまだ若い頃に、ほんの数ヶ月という短い期間だったけれども、一緒に仕事をさせていただいたことがある。
その大島渚さんが語られた言葉を思い出す。

「物質的に豊かな時代には、優れた映画もドキュメンタリーも生まれない。日本が再び貧しくなった時に、優れた作品が登場する」
この大島さんの言葉はボクの身体の奥深くに住み着いている。

飽食の名ボクサーなど絶対に存在し得ない。
強いボクサーの全員が貧しく、飢えているのと同様、ボクたち表現者はハングリーでなければならない。
そうでなければ、優れたドキュメンタリーを作ることは叶わない。
だからボクたちドキュメンタリーの制作者は貧しくなければならないのだと、ボクはスタッフに言い続けて来た。

「安い給料で働かせるために言っているのだろう」と誤解されるかもしれない。
しかしボクたち制作プロダクションの人間が、テレビ局に働く制作者と同様の仕事をしながら、彼らの半分以下の賃金でも楽しく働けているのは、自分たちが貧しいことに誇りを持ち、貧しいからこそこの仕事ができるのだ、との自負があるからなのである。
少なくとも、ボクはそう考えている。

これからは貧富の差が大きく広がり、一部富裕層と多くの貧しい人たちの層に分かれる。
ボクたちは、その圧倒的多数の貧しい層の一員として堂々と番組を制作することになる。

そして、何とも有り難い事に、社会がいよいよ貧しくなり、社会問題が増大すればするほどに、ボクたちが取り上げなければならない番組の素材は、これまで以上に圧倒的にその数も量も増える。

何とも皮肉だが、ジャーナリズムの世界に生きるボクたちにとっては、とても都合の良い、働きがいのある社会が訪れようとしている。
がんばれる。

   「大歓迎 世の中うまく できている」


にほんブログ村 テレビブログ ドキュメンタリー番組へ にほんブログ村 テレビブログ プロデューサー・ディレクターへ 人気ブログランキングへ

ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。





関連記事
Comment
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

馬鹿社長

Author:馬鹿社長
【小田昭太郎】
株式会社オルタスジャパン代表取締役

★ホームページ★

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR