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お千恵さんが逝く

4月1日の朝早く、「姉が今朝亡くなりました」との悲痛な声が電話越しに飛び込んできた。
余りにも突然の、急な死の知らせにボクは声を失った。

数日前に、このブログの「小指の思い出」に少しだけ書いた、お千恵さんこと榊千恵さんが急死したとの知らせだった。

昨日、10時から渋谷区幡ヶ谷の代々幡斎場で家族と友人合わせて10余名の少人数での、密葬が行われた。
享年78歳。

妹の玲子さんと、その娘のリサさんによると、昨年の8月に大腸ガンの手術をしたが、すでに肝臓などにも転移していたとのことだった。
家族は、医者から余命半年の宣告をうけていたらしい。

お千恵さんは、鹿児島出身のいわゆる薩摩おごじょで、20歳代に高級クラブのママを務めて、やがて四谷の荒木町に自分のお店「千恵」を持つ。
気風の良い女人だった。
そこは、日本テレビ報道部やフジテレビなどの社員たちの溜まり場のようなスナックバーで繁盛していた。

上司に連れられて行って以来30数年、彼女が今から6年ほど前に廃業するまでの長きに渡り、お千恵さんのお店が、ボクの活動拠点となった。
何事も、ボクのすべてがこのお店で始まることになったのだった。

この間のお千恵さんとの付き合いの歴史は、ボクの青春の歴史そのものだった。
お千恵さんはボクの青春の一番の目撃者だった。

そのお千恵さんも歳を重ね、お店の階段の上り下りがきつくなって、お店を閉じてからは、時々、その安否を確かめる程度の付き合いとなる。

お千恵さんとの最後のやりとりは、彼女が亡くなる5日前にかかって来た電話だった。
「お花見には行けそうにないよ」と彼女は云った。
会社恒例のお花見と忘年会には必ず来てくれていた。
ろれつが回っていないようなしゃべり方だった。
「身体の調子が悪いの?」と確かめると「そんなことはないけれども、お花見の日には、ちょうど、妹の玲子やリサが来るのでね。それに歯の調子も悪いので歯医者にも行くしね」と云う。
「皆で一緒においでよ。迎えに行くよ。鹿児島のホスピスに行く前に会っておこうよ」とボクは云った。
「また今度、美味しいものでも食べさせてね」と彼女は電話を切った。

それから間もなくの玲子さんからの訃報の知らせだった。

ボクに電話した時は、すでに入院していて、玲子さん親子は医者からあと数日の命だと知らされていたという。
そして、ボクに電話した日は、意識はしっかりしていたが、すでにひとりでは歩くことが出来ない状態だったのだ、と言った。
病と分かってから、8ヶ月という比較的短い闘病生活だった。

お千恵さんの死顔は綺麗だった。
ふっくらとした顔は生前のままで、穏やかに眠っているようだった。
ボクはそっとお千恵さんの額に手のひらを当てた。
驚くほどの冷たさだった。
あらためて死を実感せざるを得ない冷たさだった。
いま、その時のことを思い出しても、涙が溢れる。

姪っ子のリサさんが「これ、重いけれどもカンパリです。おばさんが、お花見用にと用意していたものです」とカンパリが二本入った袋をボク渡してくれた。
「姉は、本当にお花見に行きたかったようでした」と玲子さんは云った。

親しかった大切な人たちが次から次に去っていく。
定めとは知りつつ、なお悲しい。

会社に戻ると、妻が机に向かって仕事をしていた。
ボクは、後ろから、そっとその額に手のひらを当てた。
とても温かい額がそこにあった。

   「迷惑は 掛けぬと急ぎ 旅立ちぬ」


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