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遺された者の悲しみ

先週金曜日に、土屋達彦さんのお別れの会があった。

土屋達彦さんについては二度ほど、このブログにも書いたので、彼についての詳細な紹介は省かせていただくが、元産経新聞社の記者で、昨年、「叛乱の時代」という彼の半生の集大成とも云える書籍を出版された。
肝臓にガンを患い、今年の1月に亡くなられた。

期間はそれほど長くはなかったが付き合いは深く、ボクは彼のことを兄貴のように慕っていた。
本当に心を許せる人だった。
ボクよりもひとつ年長の72歳だった。

産経新聞社を辞されてから、危機管理を行うコンサルタント会社を経営されていた。
土屋さんの跡を継がれた社長の大森みつえさんは、会の冒頭の挨拶で、この日がちょうど会社設立から満30年に当たるのだと話された。

気丈に、今後に向けての決意を語られたが、その言葉の端々に、主を失っての心細さや戸惑いが伝わって来て身につまされるものがあった。

会場に、土屋さんの奥さんのはるみさんの姿が目にとまった。
憔悴されていることが、遠くから見てとれた。
それが気になり、思わず「お元気ですか」と挨拶ぬきで声を掛けた。

はるみさんは、実は、この後すぐに入院することになっているのだと、話された。
脳の血管に異常があったのだが、土屋達彦さんの看病等々のことがあり、今日になってしまった、しかし、もう放っておけない状況になったので、いよいよ今度は、自分の身体の治療に取り掛かることにしたのだ、ということだった。

会場には、わが社の監査役で、聖書研究家の道川勇雄さんも来られていた。
もともと、土屋達彦さんを紹介いただいたのは、道川さんからだった。

「幾千万の妻あれども、わが妻に優る妻はなし、の言葉通りの奥さまでいらっしゃいますね。土屋達彦さんもお幸せでしたね」と道川さんは、ねぎらいの言葉を掛けられた。
はるみさんは、感激したように深々と頭を下げられた。

土屋さん夫婦は共に、二度目の結婚で、入籍されてからまだ間がなかった。
これから、やっとゆっくりと人生を楽しもうと云う、まさにそんな矢先の土屋さんの死だった。

土屋夫妻とは、家族ぐるみの付き合いをさせていただいていたが、ボクの妻は、土屋さんの奥さんが急に老けこまれたように見えたと心配した。

一夜あけての休日の昼間、のんびりとテレビの演歌を聞いていると妻の京香が突然「あなたは、思い残すことはない?」とボクに尋ねた。
「思い残すこと?ホントに何も無いなあ」とボクは即座に答えた。
「ただ、京香とこうやっていつまでも過ごしていたいとは願うけれど……。それも思い残すことの内なのかな……」
島倉千代子が亡くなる3日前にレコーディングしたという「からたちの小径」が流れるテレビの画面を見たまま、ボクは云った。

妻のエーンエーンと泣く、子供のような泣き声が聞こえた。
「人生ってどうしてこんなに悲しいのか」と妻はつぶやいた。

年齢差を口に出すと妻は怒るが、ボクたち夫婦には21歳の年齢差がある。
「長生きしてね」が妻の口癖になっているほど、妻にとってみれば、この年齢の差がもっとも大きな不安となっている。

時間は、喜びや悲しみ、そして憎しみは勿論、この世の存在のすべてを奪って過ぎ去る。
すべての命も、やがては、この地球も宇宙も間違いなく消滅させる。
そんな計り知れない宿命を前にしてもなお、ボクたちは素直にその宿命を受け入れることができないでいる。
なお諦めきれない気持ちを抱きつつ、限りある命を切なく、悲しく生きて行くしかない。

ボクも涙を止めることが出来なくなった。
お互いに覚悟の上のこととは云え、それほど遠くは無い将来の妻との別れを思い泣いた。

妻を愛しく思った。
そして、いよいよ大切にしようと思った。
子供たちや孫やそれにスタッフたちひとりひとりの事が次々に瞼に去来した。

ボクたちはしばらくの間、泣き続けていた。

      「愚かだな 時よ止まれと 祈ってる」


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