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生と死の境界線

とにかく物騒な世の中である。
毎日、毎日、人が殺されたり、命を失ったりしている。
次から次に、大きな事件や事故が起きている。

もっとも、こんなことは、別に今始まった事ではなくて、昔から延々と繰り返されてきたことではある。
しかし、それにしても、その物騒の度合いが、増しているように感じるのはボクの歳のせいだろうか。

同じ死に出会うのにも、自分の責任による死とそうでない死がある。
その原因が、自分の所為であれば、それはそれで仕方がないとも思える。
しかし、不可抗力による死もある。

乗っていた飛行機が墜落するとか、バスや車で事故に出会うとか、また、近頃流行りの無差別殺傷目的の通り魔事件現場に出くわすなどの例もある。
青信号の交差点や安全な筈の歩道を歩いていても、車にはねられるような事件もまま起きている。
いくら、健康に気をつけても、安全に留意しても、自分に非は無くても、防ぎきれない危険に、常に晒されている。

これらの不慮の事件や事故やあるいは突然の病魔は、どう避ければ良いのだろうか。
この不条理はどう始末すればよいのか。
運命なのだと受け入れるしかないのだろうか。
そして、この生と死の境界線はどのように存在しているのだろう。

これまで、生きていることは当たり前のことだと思っていた。
自分が生きていることに疑問など感じたことは無かった。

朝、目覚めれば、一日が待っていて、夜になれば眠りに就く。
そして、その眠りは、必ず目覚めの約束された眠りだと信じてきた。

しかし、最近になって、自分がこれまで無事に生きて来られたことが、奇跡に近い不思議な事に思えてならない。
ボクたちは、死の上に張られた、生という細い一本のロープの上を歩いている、危なげな存在なのだということに、初めて気がついた。

そう考えて、思い返してみると、これまでに死にかけたことが何度となくある。
そして、実際には何も起こらなかったけれど、あの時、もし、というような状況にも数多く思い当たる。
でも、生き延びてこられた。
なぜなのだろう。

知り合いで、ボクよりも若い人たちも、多くが世を去っている。
また、すでに過去に亡くなられた先輩方の年齢を大きく越えてもいる。
これを称して寿命と云うのだろうか、運命と云うのだろうか。

しかし、そのいずれにしても、生や命は、自分の力でコントロールしているものでは無いことだけは、実感できる。
自分の命は、自分のものであると同時に、自分のものではなく、生かされているのだと実感する。
そして、その、命を生かしている存在が、種のエネルギーというものなのかもしれない、などと夢想する。

難しいことは分からない。
しかし、生を許される限り、その生を生き切るしか、所詮、他に方法はないのである。

   「一瞬の 光のごとく 命在り」


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