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歴史の真実とは

歴史の事実はどれほどの年月、有効に伝承されていくのだろうか。
10年か、それとも50年だろうか。
それとも、100年、1000年と可能だろうか。

遺跡の発掘などで、2000年以上も前の情報が今に伝えられるケースも確かにある。
しかし、たった数年前の事実も明らかでないこともある。

時の為政者たちは、自分たちに都合の悪い出来ごとは、隠そうとしたり、また都合よく書き換えたりするので、正確な事実として伝わらないことも多いからである。

常に問題になる南京虐殺やナチスのユダヤ人虐殺なども、あったとか、そんな事実は無かったとか、常に、その事実を取り上げる人のその立場によって変わるという厄介な現象が起きる。

そんな類の最近の例では、ポルポトの虐殺がある。
さすがに、ポルポトの虐殺が全く起きなかった、とまで主張する者はいない。
しかし、ベトナム共産党に反対の立場をとる、ポルポト心情派の中には、ポルポトの虐殺に懐疑的で、ポルポト政権のとった極端な政策の数々を認めることができず、歴史の事実を真正面から見ることができない立場をとる者もいる。

改めての説明になるが、ポルポト政権は、中国の毛沢東の農本主義を実践しようとした。
それが、あまりにも教条的で急激であったために、失敗に終わる。

極端な共産主義国に共通する密告制度を取り入れた恐怖政治は、身内同士の争いさえ引き起こし、虐殺を加速させた。

ポルポト政権が真っ先に行った事は、鎖国だった。
海外からの眼を一切封じ、自国のラジオ、テレビ局を閉鎖する。
つまり、国民の一切の言論を封じたのだった。
その意味するところは明白である。
情報を遮断した暗黒の密室政治の敢行である。

外国の音楽は勿論、歌舞音曲の類なども一切禁じた。
そのために、カンボジアの王朝文化である舞踊などの伝統も、一時絶える。
庶民の間での民謡や子守唄はあっても、商業としての歌舞は禁止された。

ポルポトが政権を担う以前のカンボジア共産党とベトナム共産党との確執の歴史は永い。
したがって、ポルポト勢力を追い出した後、カンボジアを制圧したベトナム共産党が、反ポルポトのプロパガンダを大々的に行ったことは当然のことである。
カンボジアを訪れた者が必ず目にする多数の頭蓋骨は、その一例かもしれないが、ポルポト政権の行った虐殺の象徴の図として受け止められる。

実際に虐殺された実数については、明らかではない。
中国の文化大革命同様に、下放処分を受けた多くの都会生活者たちで、病死した人たちも多くいた筈である。
しかし、ポルポト政権下で多数の虐殺が行われたことは、数々の証言で明らかで、否定しようもない事実である。

ボクの生涯の友であった馬渕直城も、ポルポト心情派として、その一生をカンボジアのために費やした男である。
その彼もポルポトの虐殺を否定したいと思いながら否定できなかった。

馬渕は晩年、ホロコーストは実は無かったのではないか、と真剣にボクに語ったものである。
個人的には、そんな思い入れをする馬渕という男がたまらなく好きだったし、彼がそのように思いたい理由は良く分かっていたが、この件については馬渕に分はなかった。
残念なことに、人は自らが信じたい物語を生み出してしまうのだ。

歴史に、もし、は無いとは云うが、しかし、もし、ポルポト政権が存続していれば、カンボジアからは虐殺の歴史は消されていたかもしれない。
ホロコーストも同様である。

そう考えると、ボクたちが正しい歴史的事実だと信じている事象も実はそうではないことがあるかもしれない。
ことほど左様に、歴史の事実とはややこしいものである。
それゆえに、透徹した歴史観が求められるのだろう。

歴史の正体の見極めと同時に、それを論じる人物の正体の見極めが大切である。

   「ほんとかな 歴史は夜に 作られる」


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