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世界で一番の意味

いつだったか、民主党が行った事業仕訳の際に蓮舫議員が「世界一になる理由はどこにあるんでしょうか?2位じゃだめなんでしょうか?」と発言し、ひんしゅくを買う出来事があった。

しかし、今あらためて考えると、その言葉の意味は深いかもしれない。
なぜなら、本当は世界一を目指すことは、国を滅ぼすことになるのではないかと思えるからである。

栄えた国は必ず滅びる。
ギリシャ、ローマ帝国、エジプト王国、ペルシャ帝国、サラセン帝国、インカ帝国、スペイン、ポルトガル、オランダ、カンボジア王国、中国の各王朝、モンゴル帝国など、思いつくままに名前を挙げても、その時代、時代に栄えた国々は、必ず滅びるか、衰退していった。
そのことはこれまでの歴史が証明している。

近年では、アメリカが世界を牛耳ってきたが、すでにかげりが見えている。
これとて永く続く訳は無い。
お釈迦様も無常を説いておられる。
世界で一番になどなると、碌な事にならないだろうと云うこと位は、直感的に分かる。

そこまで大きな話でなくても同じような例えがある。
かつて、オリンピックのゴールドメダリストたちのその後を描く番組企画をしたが、挫折したことがある。
その理由は、多くのゴールドメダリストたちの、その後の人生が悲惨過ぎて、番組に出来なかったからである。
それが、人生の一番の栄光を手にした者が辿る運命なのかもしれないのである。

弱肉強食の競争社会にボクたちは生きているので、ついつい一番を目指すクセがついている。
子供のころから、そういう教育方針の下で過ごしてきている。

しかし、本当は、その考えに従っての生き方は、不幸しか導き出さないこともこれまで実証されてきたし、多くの人たちもそのことを良く知っている。

ビリになる者も、たとえ競争に勝ち残って一番になった者も、結局は同じように不幸になるのだということは、すでに明らかなのである。
しかし、それでも人は一番を目指してしまう。
まさに愚かとしか言いようが無いのだが、これが業と云うものである。

しかし、この業は本来は、国家の政策で削ぎ落すことが出来ると思うのだ。
一番を目指さない、国家や国民の在り様は存在すると思っている。

現実に、一番のグループは常にごく少数であり、ビリもまた少数なのである。
圧倒的多数者は、中庸グループである。

懐かしむ訳ではないが、中間層といわれる、豊かでもなく、また貧しくも無い人たちが中心となって国家を形成していた、すぐ前までの日本の形はひとつの理想である。

かつてのアメリカンドリームなどという愚かな宣伝文句の幻想に踊らされることはない。
そんなものには価値はないことをボクたちはすでに知ったはずである。

便利良さを抑制し、物質的豊かさを抑制する。
一番高価なものや、一番おいしいものは求めない。
もともと、一番高価なものを手にすることが出来るのは、一部の富裕層の人々だけなのだ。

初めから、幻想を求めることをしない生活があるはずである。
これまでの、物質的価値一辺倒の価値観から、精神的価値観への転換を図れば良いだけの話である。

そういう生き方をするとの覚悟をボクたち国民がすれば、すべての国民が飢えることのない普通の生活が保障されるのではないか。

餓死しては困るが、贅沢をしないごくごく普通の暮らしで満足する気持ちをボクたちが持てば、あるいは、少しの貧乏や不便を我慢する覚悟ができれば、ボクたちはもっと幸せになれるのではないか。
原発の問題も、靖国参拝も、憲法改正などの諸問題も即座に解決するのではないか。

貧しくなることを恐れる気持ちが、ボクたちの国をより不幸な方向に進めているのだと思えてならないのである。

   「情けなや 貧乏人の ひがみかな」


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