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冬季オリンピックの戦士たち

冬季オリンピックが華やかに開催されている。
4年に一度行われる世界最高峰のスポーツの祭典に国を挙げての応援合戦が行われている。

NHKなども結構露骨に「これはオリンピックに参加している日本選手を応援する番組である」と堂々と位置付けて放送している。

別にとりたてて云うほどのことでもないが、ボクの記憶だと過去のNHKのオリンピック報道番組で、こういった日本選手応援の位置づけ番組は初めての試みではないかと思うのだが、どうだったか。
日頃、客観報道を重視しているNHKとしてはとても珍しいことであると妙な違和感を感じているのはボクだけだろうか。

大震災で被災した東北の人たちを応援する番組はあるが、オリンピックとなるといささか趣は異なる。
何となく、安っぽいナショナリズムの匂いがしないでもない。

しかし、そうは云っても、オリンピックは国家と国家の熾烈な戦いの場であることは否定できない。
勝利者は個人が表彰台に上がってその栄誉を受けるが、必ず国旗が掲揚され、国歌が演奏される。
どうみても、国家の栄誉を競い合う形を変えた戦争であり、選手たちは間違いなく、その国を代表する戦士である。

オリンピックに向けての諸費用も国家が負担する訳で、国家お抱えのスポーツ兵士である。
男子フィギュアスケートで見事優勝した羽生結弦選手に、安倍首相が直接電話をかけるところを、わざわざNHKにテレビ取材させ、放送させるなどは、まさにその象徴的現れである。

その意味では、参加選手たちに悲愴感が漂うのも致し方のないことである。
ワールドカップで今季10勝を挙げるなど圧倒的な強さを見せ、金メダル間違いなしと、期待されていた女子ジャンプの天才少女、高橋沙羅サンでさえ、その重圧に勝てなかった。

そんな中、15歳で史上最年少銀メダリストとなったスノーボードの平野歩夢クンなどはそういった戦士像からはほど遠い存在で面白い。
彼の本当の心の中は分からないけれど、恐らく彼の中には国家など存在しなくて、純粋にスポーツを楽しんでいる。

そうだからメダルがとれたのか、天才だからとれたのか、その因果関係は定かではないが、メダルがとれたからまずは良かった。

時折、メダルにも遠く届かなかったのに、「楽しみました」などとインタビューに答えている選手に出会うが、この人は戦士としての自覚が無かったから負けたのだな、とついつい思ってしまう。

どうしても、国家の影が選手たちの背景にちらつくので、ストレートに選手たちの言葉や心情を受け止めることができない。
平野歩夢クンも、もしメダルがとれていなかったら、やっぱりね、あれじゃあね、などと思われたに違いないのだ。

世界の一流選手たちの極上の技に触れ、迫力のある戦いを見ることができることはとても楽しいし、嬉しいことではある。

しかし一方で、自らが選んだ道とは云いながら、それぞれ参加選手の抱える重圧感は計り知れないだろう。
特に、日本国民の期待を一身に背負って競技に臨むフィギュアスケートの浅田真央選手たちのことを考えると、試合結果を待つまでも無く、今から心が痛んでしまう。
まったく、ボクも歳をとったものである。

      「吾もまた 企業戦士の 定め持ち」


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