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憲法はなぜ必要なのかの解釈

普段は憲法などという難しそうなモノの存在を意識することも無いし、日常生活に登場することもない。
恥ずかしながら、憲法をしっかりと読んだこともない。

乱暴に云えば、日用品ではない憲法は、ボクの意識の中には存在しない。
何の知識も無いし、何も考えている訳でもないので、憲法について語る資格はないかも知れないが、ただ漠然と、憲法はボクたちが生活していく上で、とても重要な役割を果たしているのだ、ということだけは充分知っている。

ところで、自民党が現行の憲法を改正しようと強く考えている政党であることは周知のことである。
安部首相は機会がある毎に憲法改正を訴えているが、これは安部首相に限らず、自民党としての基本的考えだから、自民党を支持するということは憲法改正を主張している政党を支持しているという意味である。

民主党を筆頭とする余りにも気力を喪失してふがいない反対野党勢力と、牙を抜かれた国民をしり目に、この機会を逃してなるものかとの勢いで、安部首相は憲法改正を全面に押し出している。
そして、現実は、政権側の観測と思惑の通りに、事態は推移しているように見える。

2月3日の衆院予算委員会の答弁の中で、安部首相は「憲法は国家権力を縛るものだとの考え方があるが、それはかつて王権が絶対権力を持っていた時代の主流的考え方である」と語った。

憲法が誕生した歴史背景には確かに王権があったが、この安部首相の考え方は、広く国民の権利を保障する立憲主義に基づく憲法解釈とは逆行するものである。

本来、憲法とは、基本的人権を保障し、国家権力の行使を拘束、制限し、国民の権利、自由の保障を図るためのもの、でなければならない。

しかし、そういった安部首相の発言が国会で発せられたにも関わらず、野党からは、それに対する反論も、訂正を求める声も上がる気配はない。

この首相の発言ひとつとってみても、特定秘密保護法案も、原発の推進も、靖国参拝も、そして憲法改正も全ての根がひとつであることが分かる。
そして、その目指している先が良く見える。

しかし、恐ろしいのは、行き先を含めて、そのことを大多数の国民が知っているということである。
そして、国民はそれを承知の上で、なおかつ安部政権を支え続けようとしていることである。
まさに民意となりつつある。
そして、かつては当たり前であったボクなどの考えが、少数派になろうとしていることが本当に恐ろしい。

明後日に迫った都知事選で、少しでもその動きに待ったをかけることはできないのだろうか。

      「待ったなし 乱暴狼藉 あしたまで」


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