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北朝鮮との合作劇映画を製作した日本人~その①~

久し振りに小林正夫さんが会社にお見えになった。
小林正夫さんは、映画会社の大映でプロデューサーとして活躍された方である。

大映は、かつては長谷川一夫、市川雷蔵、勝新太郎など数々の往年の大スターを売りだした老舗の映画会社だったが、経営不振で倒産、徳間書店の傘下に入ったが、2003年、約60年の長い歴史に幕を下ろすことになる。

小林さんは、徳間時代に取締役を務められた後に大映を退職された。
その後、北朝鮮で日朝合作の朝鮮時代劇映画を日本人としては初めて製作される。
1995年の製作だから20年ほど前の話しである。

その時期は、金日成が亡くなって間もなくの頃で、北朝鮮では大洪水が起き、未曾有の経済的苦難の時代を迎えていた。

大映の倒産を体験し、その苦しみを知りぬいていた小林さんは、その苦難の中で北朝鮮の映画人たちがとのように生きているのかが気になり、連絡をとって訪ねたのが、その映画製作のきっかけだった。

とにかく一緒に映画を作ろうと、小林さんは、映画製作のための資金を独力で工面し、北朝鮮の映画スタッフと共に、日朝合作映画の完成まで漕ぎつけられたのだった。

こうして、小林さんは北朝鮮との間に信頼関係を築き、さらに、その絆を深めて行く。
国交が無く、政治の世界では断絶した日朝関係だが、文化の交流を通じて、両国間の融和を図りたいというのが小林さんの純粋な願いである。

特に、北朝鮮の文化省との太いパイプを持つ小林さんは、北朝鮮の映画、テレビ、ビデオ等の制作および放映のすべての権利について北朝鮮からの委託を受けることになる。

ボクたちも、小林正夫さんのその力を借りて、2000年に行われた北朝鮮国際映画祭を取材することができた。
その頃、北朝鮮に入り、テレビ取材の許可を得ることはなかなか困難で、特別のことだった。

ボクたちは、映画祭に招待された映画監督の山田洋次さんに同行し、BS朝日の開局記念番組「寅さんが国境を越えた~監督山田洋次と北朝鮮~」という2時間スペシャル番組を制作、放送した。

当時は、かつてのテレビ朝日の名物取締役小田久衛門さんがBS朝日の社長をされており、意気軒昂な時代で、今から思うと破格の制作費を出していただいたものである。

これらも、小林正夫さんの力のお陰だった。
そして、再び、今年に行われる予定の北朝鮮国際映画祭の取材を実現させるべく、小林さんと共に計画中である。

しかし、こんな小林さんの活動の裏には知られざる苦闘の10年があった。

   「南でも 北でも西でも 東でも」


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