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今年の年賀状で思った事

松の内も過ぎ、すっかり正月気分も抜けた。

いただいた年賀状の整理もすっかり終えた。

ところで、年賀状は年の初めの楽しみのひとつである。
しばらく会っていない方々の近況を知ることができるのは楽しい。
ビジネスライクな素っ気ない年賀状もあれば、中には、恐らくボクが何者かが分からなくなっているが、とにかく出しておこうと思って届いたであろうものもある。

しかし、送り手の気持ちに触れることができるような年賀状に出会うと、旧交を温めることができたような気がして本当に嬉しくなる。

昨年、なぜか便りが無くて心配していた中で、実は大病を患っていたからだと、年賀状を通じて知った人たちも多い。
その人たちは全員が一様に、身体には十分気をつけるようにとの忠告を添えてくれていた。

しかし一方では、今年は、3人の方々が亡くなられたという知らせがあった。

おひとりは、新潟テレビ21の社長を務められた飯田至誠さんで、昨年肺気腫で亡くなられたとの奥さんからの寒中見舞いがあった。
もう20数年前、飯田さんの社長時代に局の開局記念番組を作らせていただいた際に何度かお目に掛り、それ以来、年賀状だけのやりとりが続いていた。

あとひとりは日本テレビ時代にNNNドキュメントシリーズを共に制作していた宮城テレビの高橋壮一郎さんで、一昨年に亡くなられ、淋しくなりました、との奥さんからの年賀状だった。
高橋さんはボクと同年輩で、退職されてから晩年は病と闘っておられた。

あとひとりは、ボクが日本テレビで11PMというワイド番組のディレクターをしていた頃のアシスタントをしていた関根章吉クンで、昨年永眠したとの喪中の挨拶が母親から届いた。
長男だった。
死因については分からないが、彼もそろそろ60歳近くになっていただろうか。
彼ともなぜか年賀状だけでつながっていた。

11PMの当時の若きアシスタントたちは不思議なことに若くして他界している者が多く、数人いたうち、ボクが知っているだけで4人が亡くなっている。

他にも、長年ずっと年賀状のやりとりだけしていたが、ここ2~3年パッタリと途絶えた年配の人たちが十数名いる。
恐らく何かの異変があったに違いなく心配である。
ボクの知り合いにはボクよりも年長の方々が本当に多いのだ。

高齢のため、来年から年賀状を失礼します、との知らせも3通あった。

1年に一度、たった1枚の年賀状だが、年齢を重ねるにつれてその重みは1年ごとに増していくようである。

   「人生を 載せて賀状は 年を越し」


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