FC2ブログ
ホーム   »  ドキュメンタリー  »  簡素な暮らし

簡素な暮らし

ボクたち夫婦の住んでいるマンションの部屋は驚くほど簡素である。

二人とも裸同然で家を出て暮らし始めたこともあり、お互いの子供たちも既に独立しての二人暮らしということもある。
そして何よりボクが貧乏ということがある。

元来ボクは物を蒐集するなどの一切の趣味を持っていなかったし、装飾品などにも興味が無かった。
腕時計などの類の品も一切持たない。

何年前になるのだろうか。
今の妻と一緒になる前に、身の回りの品々を整理したことがあった。
書籍もすべて整理し、それまでの仕事関係の資料を処分した。

手元に残ったのは、衣類などは別として、小さな菓子箱ひとつに納まった。

それも子供の頃に祖父からもらった、どうという価値がある物でもないが、捨てるに捨てられない形見のようなものである。
無ければ無いで困らない物である。

いつから宿ったのか、浮草根性というか貧乏性というか、どこかにどっしりと根を生やそうとの考えが無く、根なし草で生きて来た。
だから、住居などにも全く関心がなかった。

身の回りに物が無ければ無いほど気持ちが良く、それを味気ないと感じたことは無い。
美術品は美術館に行けばあるし、立派な庭園も至る所にある。

貧しくても幸せでいられることが嬉しい。
適当に貧しくあることが気楽で幸せな人生を送るための秘訣であると確信している。
無理がなくて自然に生きられる。

しかし、これは単にボクのすでに身についた考えであるに過ぎない。

ボクの相方の考え方は微妙である。
それなりにブランド品などや豪華なマンションにも興味がありそうである。

今はボクの考えに沿った暮らしに甘んじているが、もしかすると少々我慢させているかなとも思う。

確かに、出来るだけ立派な家に住み、豊かな家具や調度品が揃い、価値ある美術品や絵画に囲まれた生活も素敵かもしれない。
そういう生活を目指すことで、磨かれて行く教養も当然あるだろうし、得る特別の喜びもあろうし、人間性も豊かに育まれるだろうと思う。
これはこれで、ひとつの生き方の選択である。

はてさて、人間の生き方の選択というものは本当に難しいものである。

      「生き方は どこでどうして 決まるのか」


にほんブログ村 テレビブログ ドキュメンタリー番組へ にほんブログ村 テレビブログ プロデューサー・ディレクターへ 人気ブログランキングへ

ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。



関連記事
Comment
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

馬鹿社長

Author:馬鹿社長
【小田昭太郎】
株式会社オルタスジャパン代表取締役

★ホームページ★

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR