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親しかった友との最後の別れの会

昨日、「故馬渕直城さんと語る会」が開かれ、70人ほどの人たちが集まった。

ボクは頼まれて、呼びかけ人代表ということになっていた。
何もお手伝い出来なかったが、馬渕直城の生前の仕事の一部を15分のビデオにまとめて、集まられた皆さんに視ていただいた。

馬渕のことはこのブロクでも何回か書かせていただいたが、彼は一ノ瀬泰造らといわゆるベトナム戦争をカンボジアで記録した戦場カメラマンだった。

ご存知のように一ノ瀬泰造は取材中消息が不明となったが、馬渕は1975年のポルポト軍によるプノンペン陥落の様子を撮影することに成功した唯一の日本人カメラマンとなった。
その後、ポルポト政権を追い続け、その崩壊から、世界で最後となるポルポト本人のインタビューや彼の荼毘の模様までを記録し続けたのだった。

1975年プノンペンが陥落し、ポルポト政権は鎖国政策で全外国人をカンボジアから追放したが、ボクが馬渕と初めて会ったのは、その年か、あるいは翌年だったと思う。

カンボジアから馬渕を含む多くの外国人がタイに追放されたのだが、国境でその様子を撮影していたのが星野敏子さんで、ボクはその星野さんから馬渕を紹介されたのだった。

当時、星野さんもボクも日本テレビの局員として働いていたが、結局それから12~3年後にボクたち3人が中心となりオルタスジャパンを設立することになった。

「故馬渕直城さんを語る会」で皆さんに視ていただいたビデオは星野さんにディレクターを依頼した。
ナレーションは、馬渕とも親交の深かった岡部政明さんにお願いした。
岡部さんはボクが現役時代にいつもお世話になっていたナレーターで、すでに80歳を越えておられるが、快く応じていただけた。

たった15分の短い馬渕紹介の記録だったが、それだけでも彼のひたむきな人生が伝わるに十分だったと思う。
大した男だったと改めて思う。
彼との思い出が次々に甦り、不覚にも涙を流した。

この会の呼びかけに応じられ、それこそ、多士済々な方々がお集まりになられたが、それぞれの馬渕をお持ちだったと思う。
久しぶりにお会いした軍事評論家の神浦元彰さんは「こんな楽しい会は初めてです」と率直に表現されていた。
馬渕直城の人柄の良さがそのまま表れた良い会だったと思う。

ちなみに馬渕の遺骨は故人の希望通り、カンボジア最大の湖トンレサップ湖に散骨された。

   「ポルポトも 馬渕も同じ 地に眠り」


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