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不思議な約束事~その③

ボクなどは生きて行く上での特別な約束事も無いし、宗教上のタブーなども無い。

生家は浄土真宗だが、会社の神棚と称して祀っているのは天台宗である。
だから正確に云えば「神棚」でなくて仏壇である。
その天台宗の「神棚」には近くの日枝神社のお札が供えられている。
神社は神道だから、神仏混淆もここまでやると、いよいよ本格的である。

毎朝、「神棚」の榊とトイレの神様の水を換えて手を合わせるのが習慣となっているが、だからといってボクに特別な信仰の心がある訳ではない。
はっきり云えば、宗教的な意味での神さまを信じてなどいない。

そんな無信仰のボクには「ハラール」など宗教上の掟に従う気持ちはなかなか理解できないが、信仰している人たちの考えは尊重する。
それは各人の信仰の自由である。

そしてそれぞれの宗教の掟により、食べたい物も食べられず、飲みたいお酒も飲めないことをさぞかし不自由だろうなあと思ったりする。

そんなことを云っているボクたちだが、明治維新の頃、西欧列国から野蛮人のレッテルを張られることを恐れた明治政府が、文明開化のスローガンのもとに西欧化の道を目指すまでは、日本人も「ハラール」同様、食のタブーを持っていた。

神仏混淆とは云いながら、仏教信仰であったために、殺生を禁じられ、鳥や魚介類は許されていたが四足動物は食べてはいけないとされていた。
ただ、ウサギなどは食べていたらしく、ウサギを数えるのに、未だに一羽、二羽と呼ぶのは、ウサギは鵜と鷺で四足ではなくて鳥だといかにも苦しい云い訳をして食べていたからだ、と言われているようだが、本当かどうか。
例外はともかく、肉食に対する宗教的タブーを多くの日本人が守っていたことは確かである。

その意味では、宗教上の食のタブーは、日本人にとってもそれほど縁遠い話ではないのだが、現在ではほとんど存在しないので、タブーを持つ外国人の姿が奇異に感じられる。

そうは云いながらも、宗教とは別に、食へのタブーはある。
今の日本人にとっての犬などがそうだ。
現在でも犬を食べる国はあるが、実際日本でも戦後まで犬はずいぶん食べていたようである。

余談だが、東京上野駅の近くに、中国東北地方の朝鮮料理を食べさせる店がある。
勧められて食べると中々の美味で、何の肉かと聞いたところ、犬肉だと云われ驚いた。
つい最近の話である。

しかし、イスラムの「ハラール」とは別に、日本のどの一流ホテルでも守っているユダヤ教徒やイスラム教徒のための食の約束事があるという。
それはいったいどういうものか。

   「不思議なり 食のタブーは なぜあるの」


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