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沖縄のタクシー

沖縄に初めて行ったのは、沖縄の本土復帰3年後に行われた、沖縄国際海洋博覧会の直後だった。
もう40年近く前の大昔の話になる。

那覇空港のタクシー乗り場から乗車し「那覇市内の琉球新報までお願いします」と言った。
当時、日本テレビの支局は琉球新報のビルにあった。

タクシーの運転手は、いかにも不愉快そうな態度を露わにし、返事もせず乱暴に車をスタートさせた。
そしてブツブツと文句を言い始めた。

どうやらボクが告げた行き先に不満があるらしかった。
乗車距離の短いことがその原因だった。

当時は、東京でもタクシーの乗車拒否が問題になっていた。

これが東京での出来ごとであればボクはすぐに運転手とケンカしていた筈である。
しかし、ここは沖縄だった。

当時、ボクは沖縄に負い目を感じていた。

沖縄は第二次世界大戦中、日本国土で唯一地上戦を体験した地である。
沖縄戦では12万人を越す沖縄の人々が戦死した。
戦後アメリカに占領され、本土復帰まで永くの年月を要し、アメリカ軍の基地に占拠され様々な犠牲を強いられて来ていた。

それまでの日本の経済繁栄は沖縄の犠牲の上に築かれたと云っても過言ではなかった。

しかし、とボクは思った。
その問題と乗車拒否とは全く別の問題だ。

ボクが運転手に怒りの声をぶつけるまでおよそ2~3分の時間がかかった。

運転手はすぐに謝った。
長い時間、客待ちをしていたもので、と言い訳をした。
ボクも大きな声を出したことを詫びた。

沖縄の基地の問題は、その時から今も何も変わっていない。

沖縄がアメリカ軍基地の恩恵に浴しているとの声も聞く。
しかし、それは論外である。
軍隊があるから不良少年が更生したと云うのと同じ論である。

確かに、政府から多額の助成金が落ち、その使い道に苦労しているとの贅沢な側面もある。
しかし、お金は大切だが、すべてがお金で解決する訳でもない。

沖縄を切り捨てているボクたちの責任は重く大きい。


   「沖縄の 痛み感じぬ ヤマトンチュー」

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