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忘れられない風景 ~カオイダン難民収容所の母と子③~

戦火を避けて避難する難民と言えば、大きな荷車に家財道具を乗せて移動する光景を連想するかもしれないが、カンボジアから逃れて来た人たちは、それこそ着の身着のままの貧しい人たちで、鍋や釜を持っているのがやっと、という状況だった。
それも命からがら、タイの国境に無事に辿り着けたのが幸運とも云えた。
ポルポト政権下の人々の暮らしぶりが、いかに貧しく酷いものであったかが想像できる。

ポルポト政権下における恐怖政治の実態の詳細については避けるが、ロン・ノル政権時代の政敵に始まり、反ポルポト派に対する粛清は厳しく、多くのカンボジア人が命を落とした。飢餓や病気で亡くなった人が圧倒的に多く、1975年から1979年までのポルポト政権時代の死者数はアメリカ国務省は120万人、ポルポト自身は80万人と、推計している。
ホロコーストや南京虐殺などと同様、多数の虐殺があったのは疑う余地はないが、その実数については定かではないようだ。

なんとも無茶な政治を行ったものである。

ポルポトをはじめとする国家のリーダーの責任は大きいが、ベトナム戦争中、アメリカが空爆でカンボジアの国土を荒廃させたのも、飢饉の大きな原因のひとつであることも事実だ。
いつもの事ながらアメリカの罪は大きく重い。

カオイダン難民収容所に逃れて来た人々は、そんな過酷な状況下をかろうじて生き延びて来た人たちとも言えた。


   「大国は 人権説きつつ 人殺し」


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