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世代感覚と宇宙人

時代感覚についての与太話を一席。

30歳代の若いスタッフたちは、今の若い人たちが何を考えているのか分からない、と言う。
そして、入社してまだ4~5年しか経たない20歳代のスタッフの中にも、新しく入社して来る若者たちを評して、若い連中の考えていることが分からない、と言ったりもする。

30歳代の若い人たちが10歳以上も歳の差のある歳下のスタッフの考え方や行動に、ある種の違和感を持つのは、まあ分かるにしても、歳もさほど差の無い20歳代同士で世代の違いを意識するのに対しては、どういうことなんだろう、と思ってしまう。
こういう感覚は昔からあったものなのか、それとも情報過多で目まぐるしく変化する「今」だから起きていることなのだろうか。

ところで、50数年前にボクがテレビ局に新入社員として入社した当時、上司たちと接して「おじさん」や「おばさん」たちだと感じたものである。
だが、今から振り返ると、その「おじさん」や「おばさん」はせいぜい6~7歳の年長者に過ぎず、20歳代後半か、30歳そこそこの若者だったことに気付く。
14~5歳も離れていたら、爺さん、婆さんに見えた。
その時代は定年が55歳だったから、もともと、会社には年寄は居なかった訳である。

しかし、それは新入社員から見た先輩像であって、その先輩たちが、ボクたち新入社員をどう思っていたのかはよくは分からない。
当時、ボクたちの世代が会社にとって久々の新入社員採用者だったので、大切に扱われ、可愛がってもらったことだけは覚えている。
先輩たちはみんな大人で、呆れられることはあっても、威張ったり、感情的になるような人たちは居なかった。

そして、不思議なことだが、ボクが30歳の頃に後輩たちをどのように見ていたかの記憶がまったく無いのだ。
うーん、ちょっと待てよ、考えてみるとそれもその筈だ。
ボクたちの後、しばらくは新規採用者がほとんど無かったのだった。
だから、40歳少しでテレビ局を辞めるまで、ボクには直接一緒に仕事をした後輩社員は居なかったことに、今これを書きながら気付いた。

ドキュメンタリーのセクションではいつもボクが最年少だったし、その後もいつも一匹だった。
ああ、そうだったんだ。
社外のブレーンの人たちとの付き合いの方が多かったし、そのほとんどが年長者だった。
だからボクはいつも会社の内外にかかわらず、年上の人たちに囲まれ、年上の人たちと付き合って来たのだったのか。
今更ながらの新発見である。

思わず横道にそれてしまったが、ボクが若い人たちとしっかりと接するようになったのは、会社を立ち上げてからであることにも気付く。
そして、これまで「今の若い者は……」と言うのは、老人たちの口癖だと思い込んでいたが、実は、昔から3~40歳位のまだまだ若い人たちも、そんな言葉を吐いていたのかもしれないとも思う。

確かに、時代の流れに応じて、時代感覚はどんどん変化していくので、世代による感覚のズレが生まれるのは当たり前のことである。
かつて新感覚の若者を称して「新人類」と呼んでからすでに40年近くになる。
当時の新人類も60歳をすでに過ぎ、現在の若者たちの新感覚について行けなくなっているに違いない。
年齢と時代感覚とは、そんな相関関係にある。

だから、「今の若い人たちは叱るとすぐに会社を辞めてしまう」とか「何かあるとすぐにパワハラだ、セクハラだと訴えられるので、恐くてモノが言えない」と本気で悩まなければならなくなる。
「根性不足だ」とか「弱音を吐くな」などのボクたちの世代では日常的に使われていた常識語が今では典型的なパワハラ用語となっているとも聞いた。

時の流れはまさに生き物と同様で、その時々に応じて常識も変化する。
その常識はその時代の社会が生む。
そしてその社会は政治や経済がその形を作る。
これらを総合的に分析すれば、世の中の流れと形が分かり、その時々の常識も、その常識に従って生きている世代による感覚の違いなども手に取るように分かる筈だが、そんな分析を待つまでも無く、これまでの常識が常識でなくなり、結果として社会には異なる様々な時代特有の常識を抱えた人びとが混在することになるので、特に世代間でのトラブルが顕著となるのだろう。

「今の若い者は………」とのお馴染みの表現は古今東西を通じて昔も今も変わることなく存在することを考えると、そういった状況には変わりは無いにしても、ただ現在の方が時代の変化が激しいので、常識の変化も多く、それに伴う混乱も多いのかもしれない。

かの夏目漱石先生も小説「草枕」に記している。
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角にこの世は住みにくい」

そんな住みにくい浮世でどのように生きるのか、それは個々の自由だ。
時の流れに沿うも良し、また逆らうのも良し、である。
ただ、時代の常識に逆らうにはそれなりの説得力と覚悟が必要だ。
トラブルにしないための知恵が要る。

いずれにしても、その基となるのが相互理解のためのコミュニケーションである。
世代を超え、時代を超え、そして社会や国を超え、さらには共通の言語を超えてのコミュニケーションを実現するにはどうすれば良いのか。

そのためには、お互いに自分が向き合う相手を宇宙人だと考えるのも一法だ。
「未知との遭遇」である。

まだ宇宙人と会ったことが無いので分からないが、お互いにコミュニケーションを図る材料を持ち合わせていないのでどうしたら良いのか分からない。
好意的なのか、敵対的なのか、何ひとつとして分からない。
でも、無視して相手にしない訳にはいかない。
さてどうすれば良いのか。

その時の基本は、お互いにまず相手が何を考えているのかを知る事から始める筈だ。
そして、意志の疎通を図るための共通のツールを探りそれを作る努力をするに違いない。
恐らく、仕草から始まり、意志の疎通を図るために共通の言葉を作る作業が行われるだろう。
そこは、それぞれの持つ常識には頼れない、また通用しない世界だから白紙で向き合うことになる。
そして、やがて、相互理解が深められて、お互いの間に信頼関係が生み出されるに違いない。

念のために断わっておくが、人びとを宇宙人と考えろ、と勧めて要る訳では無い。
お互いを知るためのひとつの方法論である。

自分の考え方や論理は大切だか、それに執着し過ぎ、相手に力で押しつけると、異なった考えの者と摩擦が起き、トラブルになるのは当たり前のことだ。
特に上司や権力を行使できる立場の者は常に自らを戒める必要があるのだろう。
パワハラやセクハラのほとんどはそんな構図から生じている。
「若い者は……」と言う前に自らを見つめ直さなければならないとは思う。

しかし、こんな柄にもなく、偉そうなことを言っているボクだが、一方で、これは一体どういうことなのだろう、と世代間の常識に対する疑問を抱くことは多い。
ただ、ボクは、その常識に生きている若者たちではなく、その若者を生んでいる社会に問題があると感じている。

例えば、グローバルな社会で生き残るための選択であることは理解しても、行き過ぎた競争の原理や生産性、効率化の追求、アルバイトや転職を推し進める社会の在り方には疑問を持つ。
これらの考えは、極端に個人の利益追求に走り、共同体意識を持ち難くさせ、やがて共同体の崩壊につながるのではないかと恐れる。
学校や団体や会社を初め、やがては国家そのものを大切に考えることを否定していくことになるのではないか。
共存共栄の否定に向かうのではないかとの危惧を持つ。
個を大切にすると共に他と共に生きる道筋を目指す社会に向かうことは不可能なのだろうか。

人類をここまで発展させた本質は闘争本能だと思うし、力が世界を支配することも痛いほど知っている。
そして、エゴの暴走に対する歯止めの無いことも分かる。
生まれてくるのも、生きて行くのも、また死んで行くのもひとりである。
他に頼ることなど所詮無理であることも知っている。

しかしそれでも、人がひとつの共同体で運命を共にするのなら、少なくとも仲間同士の意識や信頼関係は築きたいと願う。
その土台となるのが共存共栄の思想だと思うのだが、余りにも幼稚に過ぎるのだろうか。

     「臭いぜ 匂うぜ 青臭い」



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一宿一飯の義理

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「絶滅危惧種だからなあ」

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親と息子の人生相談

ある知人から、ひとりの若者に会って話を聞いてやってくれないか、と頼まれて「ああ、いいですよ」と軽い気持ちで引き受けた。
就職活動の話だと思ったからである。

その若者は某私立大学の3年生で、演劇の勉強をしているとのことだった。
これまでのボクの体験から、演劇に関わっている就職希望者には余り期待しない方が良い、との考えがあった。
これまで、ちょっとどうかね、と思えるケースが多かったからである。

これはあくまでもボクの偏見に過ぎないが、その傾向はあると思っている。
だからと言って、初めから拒絶するつもりは毛頭ない。
中には面白い人材がいるかもしれないからである。

知人立ち会いの下でその若者と会った。
まず、彼がどの程度、真剣に演劇の世界に取り組んでいるのかを聞いた。
そして、大学の授業とは別に、シナリオを書いて短編の映像を作ったりしており、それなりに活動していることが分かった。
演劇志望のまだ20歳位の若者には、よく見られるパターンのひとつだった。

しかし、話しているうちに、次第に若者が就職活動で会いに来たのではないことが明らかになってきた。
就職する気は全く無いが、そうかと言って好きな演劇で身を立てて行く自信も覚悟も勿論無い。
まあ、しばらくの間、のらりくらりと親のスネをかじってやり過ごそうと考えているらしいことが分かってきた。

ではボクはなぜこの若者と会って話をしているの?
「それで?」とボクは若者に問うた。
「え?」と青年もキョトンとしている。
どうやらその若者の方も、何のためにボクに会いに来たのか分かっていなかった様子だった。
立ち会っていた知人は少し慌てて「いや、実は………」と事情を説明し始めた。

その青年の父親は、ある実業の分野では名の通った人物で、父親にとっては演劇などという将来それでメシを食っていけるかどうか怪しいことに熱中している息子に不安を持ち、父親が納得のいく、いわば普通の安定した道を進んで欲しいと願い、その知人に息子を説得して欲しいと頼んだ。
そして、この難題を持て余した知人がボクにその解決を託した、というのである。。

ああ、そういうことだったのかと、その若者もボクもようやく状況を理解したのだった。
「普段、お父さんとは余り会話が無いんだね?」とボクは青年に言った。
「はい、お父さんと話すことはありません。お母さんとは少し話しますけど……」と若者は応えた。

自分の親のことを人前では父、母と使い分けることを知らない、幼いが別の見方をすればまだ純粋で世間知らずのお坊ちゃんと見受けた。

しかし、もともと親子の会話などというものは現実にほとんど存在し得ないのだろう。
親子が仲睦まじいのは、せいぜい小学生位までで、中学、高校生ともなれば、特に父親と話し合ったりする子供などほとんどいないに違いない。

成人して独立すればともかくとして、親の庇護の下に在っては、親子間での会話など所詮成り立つ筈はない。
ほとんどの場合、親は子供を自分の所有物と思っているから、子供からの話はすぐに「そうじゃない」と潰してしまうし、命令か説教か、あるいは親の考えの押し付けになるから、会話が成立しないのだ。

不肖、ボクの場合も、両親からの溢れるばかりの愛情は充分感じながらも、それも含めて何ともうっとうしくて、子供の頃から、出来るだけ早く親元から独立したいと願っていたものである。
今から思い起こせば、どうしようもない親不孝者だが、親と子供の思いがすれ違うのは宿命のようなものだ。

そして、また、父親としても、働き盛りで元気も良い頃は、仕事や遊びに夢中で、子供のことは母親まかせにしていたのに、やがて自分が歳をとり人生も終盤に差しかかり、その先が見え始めると、急に子供のことに目が行き、それまで子供のことを考えていなかった自分に慌てることになる。

「お父さんからは、自分の職業と同じ道を進んで欲しい、と言われたことは無かったの?」
「はい、お父さんからは何も言われたことはありません」
やっぱりね。

「ところで、将来本気で演劇をやっていく気持ちはあるの?」
「まあ……そうですね。お芝居と映像を組み合わせた演劇をやりたいと思っているのですけど……」
「それなら、お父さんに、あなたの意思を一度話してみたらどう?
お父さんはあなたが何を考えているのか分からないのが不安じゃないのかなあ。
でも、ズルズルとお父さんに寄生して生きるのは良くないと思うよ。
アルバイトしてでも自分でお金を稼いで演劇の道を目指すとか、またお父さんに借金して自分の道を進むとかの覚悟が必要だと思うよ」

ボクもかつて今の会社を立ち上げてしばらくは、親を初めとして沢山の人たちから借金してスタッフの給料を払い続けていたことを思い出していた。

「でも、たとえ親からと言えども、借金は必ず返さなければいけないよ。
その覚悟がなければ借金はしてはいけないし、返せなければ仕事は成功しないからね。
半端な気持ちじゃ絶対に借金だけはしてはいけないよ」
若者の顔つきがそれまでと少しづつ変わって真剣になっていた。

「いずれにしろ、演劇を本当にやりたいのかどうかとのあなたの気持ちが一番大切で、それがはっきりしないと何も始まらない。
やりたいなら、気が済むまで、とことんやれば良いのさ。
若いうちは何度でも失敗できる。
大負けにおまけして、たとえば、お父さんに、3年間の時間を下さい、その間は面倒を見て下さい、その代わり、自分は演劇で身を立てられるように必死でがんばります、それで駄目なら演劇を諦めて正業に就きますから、というようなことでも良いと思うよ。
とにかく、自分の心の中をもう一度見つめ直して、一旦決心したら、お父さんに相談なり、お願いなりをしてみたらどうですか」

後日、くだんの知り合いからメールが入った。
父親から「お蔭さまで、やっと息子と話をすることができました。ありがとうございました」とのお礼の連絡があったとのことである。
どうやら若者が意を決して父親に話しかけたらしかった。

若者がどのような決意をしてどのような話をしたのかは分からない。
しかし、それまで困難だった親子の会話が行われたことだけは確かである。

いい加減で自堕落なわが身を顧みもせずに、説教じみたことなど話してお恥ずかしい限りだが、それが、この親子のお役に少しでも立てたとすれば嬉しいことである。

      「誰よりも 分からないのさ わが心」


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【小田昭太郎】
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