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一宿一飯の義理

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「絶滅危惧種だからなあ」

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親と息子の人生相談

ある知人から、ひとりの若者に会って話を聞いてやってくれないか、と頼まれて「ああ、いいですよ」と軽い気持ちで引き受けた。
就職活動の話だと思ったからである。

その若者は某私立大学の3年生で、演劇の勉強をしているとのことだった。
これまでのボクの体験から、演劇に関わっている就職希望者には余り期待しない方が良い、との考えがあった。
これまで、ちょっとどうかね、と思えるケースが多かったからである。

これはあくまでもボクの偏見に過ぎないが、その傾向はあると思っている。
だからと言って、初めから拒絶するつもりは毛頭ない。
中には面白い人材がいるかもしれないからである。

知人立ち会いの下でその若者と会った。
まず、彼がどの程度、真剣に演劇の世界に取り組んでいるのかを聞いた。
そして、大学の授業とは別に、シナリオを書いて短編の映像を作ったりしており、それなりに活動していることが分かった。
演劇志望のまだ20歳位の若者には、よく見られるパターンのひとつだった。

しかし、話しているうちに、次第に若者が就職活動で会いに来たのではないことが明らかになってきた。
就職する気は全く無いが、そうかと言って好きな演劇で身を立てて行く自信も覚悟も勿論無い。
まあ、しばらくの間、のらりくらりと親のスネをかじってやり過ごそうと考えているらしいことが分かってきた。

ではボクはなぜこの若者と会って話をしているの?
「それで?」とボクは若者に問うた。
「え?」と青年もキョトンとしている。
どうやらその若者の方も、何のためにボクに会いに来たのか分かっていなかった様子だった。
立ち会っていた知人は少し慌てて「いや、実は………」と事情を説明し始めた。

その青年の父親は、ある実業の分野では名の通った人物で、父親にとっては演劇などという将来それでメシを食っていけるかどうか怪しいことに熱中している息子に不安を持ち、父親が納得のいく、いわば普通の安定した道を進んで欲しいと願い、その知人に息子を説得して欲しいと頼んだ。
そして、この難題を持て余した知人がボクにその解決を託した、というのである。。

ああ、そういうことだったのかと、その若者もボクもようやく状況を理解したのだった。
「普段、お父さんとは余り会話が無いんだね?」とボクは青年に言った。
「はい、お父さんと話すことはありません。お母さんとは少し話しますけど……」と若者は応えた。

自分の親のことを人前では父、母と使い分けることを知らない、幼いが別の見方をすればまだ純粋で世間知らずのお坊ちゃんと見受けた。

しかし、もともと親子の会話などというものは現実にほとんど存在し得ないのだろう。
親子が仲睦まじいのは、せいぜい小学生位までで、中学、高校生ともなれば、特に父親と話し合ったりする子供などほとんどいないに違いない。

成人して独立すればともかくとして、親の庇護の下に在っては、親子間での会話など所詮成り立つ筈はない。
ほとんどの場合、親は子供を自分の所有物と思っているから、子供からの話はすぐに「そうじゃない」と潰してしまうし、命令か説教か、あるいは親の考えの押し付けになるから、会話が成立しないのだ。

不肖、ボクの場合も、両親からの溢れるばかりの愛情は充分感じながらも、それも含めて何ともうっとうしくて、子供の頃から、出来るだけ早く親元から独立したいと願っていたものである。
今から思い起こせば、どうしようもない親不孝者だが、親と子供の思いがすれ違うのは宿命のようなものだ。

そして、また、父親としても、働き盛りで元気も良い頃は、仕事や遊びに夢中で、子供のことは母親まかせにしていたのに、やがて自分が歳をとり人生も終盤に差しかかり、その先が見え始めると、急に子供のことに目が行き、それまで子供のことを考えていなかった自分に慌てることになる。

「お父さんからは、自分の職業と同じ道を進んで欲しい、と言われたことは無かったの?」
「はい、お父さんからは何も言われたことはありません」
やっぱりね。

「ところで、将来本気で演劇をやっていく気持ちはあるの?」
「まあ……そうですね。お芝居と映像を組み合わせた演劇をやりたいと思っているのですけど……」
「それなら、お父さんに、あなたの意思を一度話してみたらどう?
お父さんはあなたが何を考えているのか分からないのが不安じゃないのかなあ。
でも、ズルズルとお父さんに寄生して生きるのは良くないと思うよ。
アルバイトしてでも自分でお金を稼いで演劇の道を目指すとか、またお父さんに借金して自分の道を進むとかの覚悟が必要だと思うよ」

ボクもかつて今の会社を立ち上げてしばらくは、親を初めとして沢山の人たちから借金してスタッフの給料を払い続けていたことを思い出していた。

「でも、たとえ親からと言えども、借金は必ず返さなければいけないよ。
その覚悟がなければ借金はしてはいけないし、返せなければ仕事は成功しないからね。
半端な気持ちじゃ絶対に借金だけはしてはいけないよ」
若者の顔つきがそれまでと少しづつ変わって真剣になっていた。

「いずれにしろ、演劇を本当にやりたいのかどうかとのあなたの気持ちが一番大切で、それがはっきりしないと何も始まらない。
やりたいなら、気が済むまで、とことんやれば良いのさ。
若いうちは何度でも失敗できる。
大負けにおまけして、たとえば、お父さんに、3年間の時間を下さい、その間は面倒を見て下さい、その代わり、自分は演劇で身を立てられるように必死でがんばります、それで駄目なら演劇を諦めて正業に就きますから、というようなことでも良いと思うよ。
とにかく、自分の心の中をもう一度見つめ直して、一旦決心したら、お父さんに相談なり、お願いなりをしてみたらどうですか」

後日、くだんの知り合いからメールが入った。
父親から「お蔭さまで、やっと息子と話をすることができました。ありがとうございました」とのお礼の連絡があったとのことである。
どうやら若者が意を決して父親に話しかけたらしかった。

若者がどのような決意をしてどのような話をしたのかは分からない。
しかし、それまで困難だった親子の会話が行われたことだけは確かである。

いい加減で自堕落なわが身を顧みもせずに、説教じみたことなど話してお恥ずかしい限りだが、それが、この親子のお役に少しでも立てたとすれば嬉しいことである。

      「誰よりも 分からないのさ わが心」


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【小田昭太郎】
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