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老後無き老人たち

久しぶりにMさんから連絡があり食事をした。
Mさんは東京キー局から関連会社に役員として出向し、志半ばで地方のテレビ局の監査役として転勤を命じられて丸一年になる。

さぞかし落ち込んでいるのだろう、と心配していたのだが、なんのなんの、そんな心配は全くの杞憂で、元気いっぱいの姿を見せた。

もともと、とても前向きで積極的な人物だが、それにしても、この明るさの正体は一体何なんだろうとボクは訝しんだ。
酒が進んでいくにつれて、その謎が解け始める。

Mさんは脚本家の道を歩もうとしていた。
思い立ったのが10年前で、ここ2年間東京にある脚本家養成塾に通って本格的に勉強を始めたという。
毎週土曜日に転勤先の地方から新幹線を利用して休講することなく塾に通い続けている。

既に60歳を幾つか過ぎたMさんだが、将来はプロの脚本家として身を立てようと本気で取り組んでいることが、熱く語る言葉の端々から溢れるように伝わって来る。
すでに何本かの脚本を書き上げ、コンテストの募集にも応募していると眼をキラキラさせて語った。

会社組織のMさんへの処遇はずいぶん非情なものだったとボクなどは感じるのだが、彼の口からは愚痴のようなものは出ることはなかった。
「会社とはそういうものですよ」とサバサバしている。

内心では忸怩たるものはある筈だが、そんな後ろ向きの気持ちを押し殺すだけの知恵と将来への脚本家への大きな夢があるようだった。

そう云えば、短編小説集「東京哀歌」で作家デビューした西村眞さんも70歳を過ぎてからのスタートだった。
西村眞さんと云えば、数々の雑誌をベストセラーズ誌に変身させた、知る人ぞ知る天才的な名編集長でそれなりの財を築いた方だが、お会いする度に新作に取り組んでおられる。

「色んな賞の募集に応募しているけれど、なかなか難しい。考えてみれば、後期高齢者である私のような作家に賞を出しても、出版社としても後の楽しみはありませんからね」と笑いながら、それでもめげることなく著作活動に励まれている。

ボクたちの会社の最高齢者であるKさんは80歳になるが、毎週の企画会議に次々と企画を提案している。
その企画立案への意欲は衰えることはない。
年齢の限界があるのは当然のことだが、年齢を物ともしない超年齢の活躍ぶりは驚くべきである。

その意味では、何と言っても作家で脚本家の早坂暁さんは、その代表格だ。
ボクの最も尊敬する作り手で、泉から湧き出るような企画で、いつもボクを刺激し励まして下さっている。
間違いなく、才能は年齢を超える。
「働けなくなったらおしまい」が早坂暁さんの矜持だ。

サラリーマン人生の途上、脚本の勉強に励み、単なる趣味ではなく、将来、プロの脚本家として生きて行こうと努力している初老のMさんに、酒を注ぎながらボクは言った。
「Mさんには老後はありませんね。一生働き続けることになりそうですね」

かく云うボクも、次の世代に道を譲らなければならない年齢を迎えているが、思ったようには運べていない。
老害を及ぼす以前に何とか形を作らなければと肝に銘じてはいるが、ボクの老後はどういったことになるのか、定かではない。
   
      「働ける 幸せ不幸 何処くんぞ」




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熊本大地震と老婦人

熊本大地震の取材で現地に飛んでいたディレクターたちが、帰ってきた。

当初は宿泊する宿もなく、車で寝泊まりするなどそれなりの苦労を重ねたようである。
過酷で悲惨な現場を取材したディレクターの話は生々しく、臨場感に満ちていた。

取材班は最も被害の大きかったという宮園地区で被災者の一人の老婦人と出会った。
彼女は、二度目の震度7の揺れで、倒壊した家屋の下敷きになり、意識を失っている所を救助されて一命を取りとめた。

老女が救助されたのは夜中の3時半だったと云う。
彼女と一緒に埋もれていた時計の針は9時30分を指して止まっていたというから、6時間ほど屋根の下敷きになっていたことになる。

肋骨を骨折するという大怪我を負っていたにも関わらず、助け出されると、70歳の、その老婦人は、すぐに隣近所の人たちを助けるために働き始めた。
数時間前の自分と同じような状況下で、救助を待っている人たちのことを考えると、じっとしていられなかった。

「地震で倒壊した家の中を見ると、崩れるというのではなくて、強い力ですり潰したというのか、石臼で挽いたように、粉々になっていて、もの凄い力が働いていたことが分かります。大地震というのは尋常ではないですね。そんな中で、あのお婆さんはよく命が助かったと不思議なくらいです」とディレクターのKは語った。
「そして、そのあと我々は興味ある光景に出会ったのですよ」

その老婦人の家の前には、こんこんと湧水があふれ出す小さな水たまりがあった。
地震が起きる前は、近所の人たちがそこで野菜を洗ったり、洗濯したりしていた。
周囲の家々はほとんど倒壊してしまったが、その湧水はその大地震の後も枯れることもなく、清らかな水を湧き出していた。

ボランティアの人たちが、その水を利用して、シャワーの設備を作った。

その噂を聞きつけた近隣の被災者たちは大喜びし、何十人もの人たちが押し掛けて長い列を作った。
まさに命を蘇生させる宝の水となった。

肋骨を骨折した、くだんの老婦人は、生まれたばかりの子ヤギを抱きかかえて取材班に見せて語った。
「こんな中でも、命が誕生した。何もかも無くなった。でも負けんばい」

火山列島に生きるボクたちにとっては、大地震による災害は他人事ではない。
今日の熊本の人たちの苦しみは、明日のボクたちの姿である。

政府は施しではなく、被災者たちの立場になっての施策に労を惜しむことなく真剣に取り組むべきである。

      「血の通う 復興支援 待ち望む」


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【小田昭太郎】
株式会社オルタスジャパン代表取締役

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