ホーム   »  2014年08月
Archive | 2014年08月

歴史伝承の限界

広島市北部で発生した大規模な土砂災害の報道が連日続いている。
日々、行方不明者が新たに確認され、死亡者の数がポツリポツリと増えていく。

テレビでは、その度に、その人たちの人生が語られ、とても切ない気持にさせられる。
そして、こういった自然災害に見舞われる度に、何とか、前もって防ぐことができなかったのかと思う一方で、結局は、残念なことに、この種の被害は防ぐことはできないのだなあ、との思いに達する。

それは、人の心の持ち方に、どうしようもない宿命的とも云える業があるからだ。

話によると、もともと、この地域は土砂災害の危険地区に指定されていたようである。
それに、過去に何度も同様の被害に見舞われている。
それにもかかわらず、またまた多くの死者を出した。

被害に遭った人が、20年もここに住んでいるけれど、こんなことは初めてだ、と嘆くのをニュースで見た。
酷な云い方になるが、自然の前で20年という年月の体験は意味を持たないかもしれない。

3年前の東日本大震災では1000年に一度の大津波だったといわれる。
1000年は論外だが、何十年か前の災害でも、教訓として次の世代に伝達することはなかなかに難しいことなのだ。

本来、悲しいことや苦しかったことや、また恥ずかしいこと、都合のわるいことなどは出来るだけ記憶から早く消し去りたいとの思いが働くのは当然のことである。
それに、どうしても、日常の暮らしが優先されていくので、大切にしなければならない記憶にも、風化が起きることは致し方のないことではある。

ことに、実際に被災した体験者がその村や町に存在しなくなると、歴史の伝達は途絶えてしまうのだろう。
戦争についても同じことが云える。

戦争体験者はほとんどいなくなった。
従軍体験のある人となるともっと少なくなる。
日本が戦争をしたことを、知識としても全く知らない若者たちが増えていることなども、特別驚くことでもなくなった。

いま日本には、戦争の痛みや恐ろしさを肉体で知っている世代が居なくなり、概念としての戦争だけが存在している。
自民党と公明党による連立政権が集団的自衛権を容認する閣議決定を行ったのは周知だが、マスコミでも、読売グループやサンケイグループはこれに積極的に賛同している。

「集団的自衛権に反対しているのはすでに時代遅れですよ」と自嘲的に語る者もいるが、政府がその方向で諸政策を推進しようとしているのだから、反対派はすでに少数派になっていることは間違いない。
この先に待ちかまえているであろう様々な事態を推測すると、実に恐ろしいことであるのだが、これが現在の日本の現実の姿である。

しかし、考えてみれば、壊滅的な大地震が必ず、近いうちに東京を襲うだろうと、多くの学者たちが予測し、警告しているにも関わらず、それでもボクたちが平気な顔をして、東京を離れようとしないのも、不思議といえば不思議だし、天を恐れぬ不遜な行為であるとも思える。

自分だけは大丈夫だと楽観している。
国もそんな危険地帯である東京にオリンピックを誘致した。
ボクたちは、いつも、実際に悲劇が起きなければ、考えようとしないし、行動しようとはしないのである。

こうして、悲惨な出来事の歴史が繰り返されていくのだろう。
人間の叡知をもってしても、この歴史の繰り返しばかりは、どうしても避けることのできない宿命に思えてくる。

しかし、一方で、とても愚かではあっても、そんな悲劇を繰り返しながら、なお立ち上がり、再生していくのが、人間の力強さであるのかもしれない。
これが業というものなのだろうか。

      「くりかえし くりかえしては 人の世が」


にほんブログ村 テレビブログ ドキュメンタリー番組へ にほんブログ村 テレビブログ プロデューサー・ディレクターへ 人気ブログランキングへ

ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。





いよいよ、最期が近づいたのか?

先週末に、ちょっと珍しい体験をした。
とは云っても、いつも通りの与太話の類である。

麻雀を打たない方には全く理解できない話で申し訳ないのだが、一晩で、3回も役満を和了した。
四暗刻(スーアンコウ)、大三元(ダイサンゲン)、九蓮宝燈(チューレンポウトウ)である。

一晩に3回も役満をあがることなどこれが初めてのことだったし、これまで他の人が実現したのを見たこともない。
それに、四暗刻や大三元はとてもポピュラーな役満だが、九蓮宝燈となると話は別である。

昔から、この役満をあがった者は死ぬとの言い伝えがある。
九蓮宝燈は究極の役満で、つまり、滅多な事では実現できないことから、すべての運を使い果たした結果に初めて実現可能な役満であると考えられているためである。
後は死しか残っていないという訳だ。

実際に、ボクの永い麻雀人生でも初めて体験する役であるし、周囲の人で九蓮宝燈をあがった人にこれまで会ったことはない。
あがったとの話も聞いたことがない。
ただ、かの有名な小島武夫はこれまでに三度あがっているという話は聞いたことがある。

なかには、この役満をあがったら、お祓いをしなければならないと真剣に云う人もいる位に実現が難しい役満なのである。
こう考えると、九蓮宝燈を和了したのは必ずしも縁起の良いこととも云えないようである。

一晩に三回も役満をあがるのも尋常な話ではない。
燃え尽きる直前の、最後に咲かせた華だったのだろうか。

そして、その夜、あがりには到らなかったが、国士無双という役満をテンパイしてリーチもかけた。
下家と対面がすでにリーチしており、ボクも西待ちで追いかけリーチをかけた。
この時はあがれなかったが、確かに役満に関しての運の巡りはあったようだ。

ボクは学生時代には麻雀はやらなかった。
日本テレビに入社してから覚えた。

配属先の上司が麻雀好きで、教えてやるからと誘われ、入社して一年ほどは、給料のほとんどを巻き上げられたものである。
負けると生活が苦しいことを実感して、強くなった。

いよいよ本格的に打ち始めたのは、オルタスジャパンを設立してからである。
2日や3日の徹夜はザラで、5日間打ち続けたこともある。
キャスターの鳥越俊太郎さんは、その様子を見て「まるで梁山泊のようだ」と評していた。

今では、その当時の仲間たちの多くがあの世に去ったり、病に倒れたり、引退するなどして寂しい限りだが、ボクは今でも、毎週一度は必ず徹夜で打つことに決めている。

70歳を越して、やや衰えて来たが、まだ、ソコソコ打てている。
しかし、今回の究極の九蓮宝燈の和了で、ついにボクの運も尽きたかもしれない。

果して、昔からの言い伝えが、真実かどうか、見極めてみようと楽しみにしている。

      「栄えれば 後は落ち目の 三度笠」


にほんブログ村 テレビブログ ドキュメンタリー番組へ にほんブログ村 テレビブログ プロデューサー・ディレクターへ 人気ブログランキングへ

ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。









思い込みの落とし穴

知り合いの夫婦のお話である。

亭主はすでに80歳を過ぎて久しいが、嫁さんの方は60歳にはしばらく間がありそうで、まだまだ元気に溢れている。
嫁さんは亭主のことを心から愛していて、あれこれ世話を焼くことが彼女の生きがいになっている。

そのつくす様子は実に健気で、亭主のわがままも上手にいなしてはなだめ、気配りなども細かく絶妙で、俗に云う”痒いところに手が届く”という表現がぴったりの、まるで亭主の分身のような存在である。

そのご亭主が、先日、うかない顔でお見えになった。
しばらくの雑談の後、彼は「実はアレがガンだと判ってね。いま、入院しているんだよ」と云う。

膵臓のガンらしいが「どう慰めて良いのか、言葉がみつからなくてね」と本当に弱っているのが手に取るように分かる。
嫁さんも突然の、しかも予期もしていなかった事態に、相当なショックを受けているらしかった。

「何も死ぬと決まった訳でもないのでね。ガンになったらなったで、また、これまでと違った人生がある訳だから、それはそれで別の人生を歩むという楽しみもできると考えれば、生きる道筋も自ずと開けるのだけれど。しかし、ガンの宣告を受けてすぐの今じゃ、そんなことを話しても、とても耳には入らないだろうしね」
なるほど、80歳も半ばを迎えると、深い知恵が身について来るようだ。

「亭主の世話を焼くことだけが生きがいの方だけに、こんな形で病に倒れるのは辛いのでしょうね。亭主の心配よりも、自分の心配が先になるなあ」とボクは云った。
「まったくそうだよ。ワシが死んだら、こうしようか、ああしようか、と、そんな心配ばかりしていたからね。どちらが先かは分からんな」

20歳も30歳も年齢差があれば、年齢の順にあの世に行くものだと考えるのが自然である。
それどころか、同じ年齢でも、女は男よりも長生きすると思い込んでいる。
世の多くの亭主たちは、ある年齢に達すると嫁から死ぬための準備を迫られることが多いと聞いている。

しかし、世の中、何が起きるかは分からない。
順序通りにいけば全員が幸せだが、とんだ番狂わせという落とし穴に気をつけなければならない。

穴に落ち込んだが最後、不幸は間違いないないからである。

   「あの世へは 順番通り 行儀よく」


にほんブログ村 テレビブログ ドキュメンタリー番組へ にほんブログ村 テレビブログ プロデューサー・ディレクターへ 人気ブログランキングへ

ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。






インターンシップの学生たち

お盆が明けた昨日から、インターンシップの学生たちが5名、わが社を訪れている。
これから2週間、午前10時から夕方6時まで、毎日、会社に学びに来る。

沖縄の高専から男子4名、東京の大学から女子1名である。
全員が大学で云えば、2年生に相当する年次の学生である。

ボクたちの会社では、ここ十年近く、この時期にインターンシップの学生たちを受け入れて来た。
わが社のリクルートに役立つ訳でもないし、それなりに手間もかかるのだが、ささやかながら、若い人たちの役に立てればと思っている次第である。

毎回、初日には必ず、彼等と昼食を共にすることと決めている。
わが社の若いスタッフたちもそれに適宜参加する。

昨年のインターンシップの学生も5人だったが、その全員がテレビ局に行きたい、とその就職希望を語っていた。
しかし、今年の学生たちは、そうは考えてはいないようだった。

沖縄の高専の4人のうち3人は、理工科系の大学に進学するつもりらしい。
高専卒の資格だけだと就職先が限られていると彼等は考えているようだった。

わが社には何を学びに来たのか、と問うと、テレビ番組がどのようにして作られるかを知るため、と答えたが、そのことと、就職とは全く関係が無いようだった。

あとひとりの東京の大学生の女性は、まだ進路は決めていないとのことだった。
それぞれの学生たちの進路に対する考え方は多様である。
昨年のように、全員の就職希望がマスコミだと、ボクたちの対応も、し易いのだが、今年のように全くバラバラだと、ボクたちの情報の提供の仕方も難しくなる。

「キミたち、どんな会社かと思って訪ねてきたら、あまり汚いので驚いただろう?」とボクは学生たちに聞いてみた。
「ハイ、びっくりしました」とひとりが大声で答えた。
それは、本当に心から出た感想で、ずっと思っていたことだったことがみんなに伝わり、全員がドッと大笑いした。

そばで笑っている、去年入社したわがスタッフに、「面接のときにも、そう思っただろう?」と改めて尋ねると「そう思いました」と彼も正直に答えて笑った。
「これが、テレビ番組を制作するプロダクションの平均的な姿ですよ」とボクは平然として云った。

とは言いながら、特にわが社は、雑然とし過ぎており、汚いとは自覚している。
しかし、一方で、テレビドキュメンタリーはこういう猥雑な環境でなければ作れないのだとも本気で考えている。
地べたにへばりつき、地べたから世の中を視ることを忘れたらボクたちの仕事は成り立たない。

孔子ではないが、清水には魚棲まず、である。
ボクたちは猥雑の中に身を置き、番組を作り続けなければならないのだ。

   「猥雑は ボクらの理想の 棲み家なり」


にほんブログ村 テレビブログ ドキュメンタリー番組へ にほんブログ村 テレビブログ プロデューサー・ディレクターへ 人気ブログランキングへ

ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。


モチベーションは何ですか

スタッフとの飲み会の席で、若いスタッフから「社長のモチベーションは何ですか」と聞かれた。
ボクに対して、「社長」と呼びかけるのは、ここ1~2年にわが社に新たに加わったスタッフである。

これまで、スタッフには、徹底して「社長」とは呼ばれないようにしてきた。
役割は異なるが、同じスタッフなのだから名前で呼ぶようにと、かなりこだわって、この20数年、その習慣を徹底励行してきたのだが、最近になって、次第に面倒くさくなり、そんなことはどうだって良いや、と思うようになった。

「モチベーション?そんな難しい事を考えたことなど、これまで一度もないよ」とボクは云った。
若いスタッフは、眼を丸くして驚いている。

ボクは、とりわけ若いスタッフには優しいし、丁寧に対応しているので、珍しく突き放すような言い方に接して驚いたのかもしれなかった。
それには理由があった。

ボクには偏見があって、これまでの体験から、モチベーションなどという単語を使う人間で碌に仕事が出来る者に過去に出会ったことがないのである。

モチベーションの哲学的な深い意味は分からないが、動機づけとか意欲、やる気の横文字のようである。

ボクたちは少なくとも、テレビのドキュメンタリーを主とした番組制作に興味を持ち、その世界で生きて行くことを希求する番組制作者の集団である。
勿論、その仕事を通じて、ギャランティーを得て生活しているのだが、番組の制作が何にも増して好きで、そのためにオルタスジャパンという組織に集まっている訳である。

あらためて、動機づけや意欲とかやる気の存在を口にすること自体が不思議な話である。
まさに目の前にある、この仕事が好きだから、その仕事に意欲を燃やし、やりたいと思い続けてきた。
あらためて、今さらモチベーションなどという幼稚な言葉を出されても意味はない。

イギリスの登山家ジョージ・マロリーが、あなたはなぜエベレストに登るのか、と問われて「そこにエベレストがあるからだ」と答えたが、全くその通りで、それ以外の答えはないだろう。
もしそれ以外に語ったとしてもそれは単なる説明や解説であって、問いに対する答えではないはずである。

ボクたちが、なぜこの仕事をしているのか、意欲を燃やしているのか、それはそこにテレビドキュメンタリーがあるからである。
ボクたちはそれが好きで多くの仕事の中から選択した。

「モチベーションなどという意味の無い言葉を使うなよ。ボクやキミが、ここに居ることがその答えなんだからね。分かった?」とボクは若いスタッフに云った。
「はい。余計な事は考えないでがんばります」と彼は答えた。
果して彼はどう理解したのだろうか。

ボクの知る限り、これまでモチベーションという言葉を使った多くのスタッフがわが社を去ることとなった。
つまり、モチベーションとは、やる気や意欲をすでに失って彷徨い始めた者たちが、その言い訳に口にしないではいられない、最後のあがきの言葉にすぎないのである。

モチベーションなどという言葉は当たり前過ぎて、したり顔で、わざわざ口にすべき言葉ではないのだ。

      「横文字も ありがた迷惑 したり顔」


にほんブログ村 テレビブログ ドキュメンタリー番組へ にほんブログ村 テレビブログ プロデューサー・ディレクターへ 人気ブログランキングへ

ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。




初心に戻ってがんばります

和田萌というディレクターがいる。
入社して7年目、新進気鋭の若手である。

わが社では、月に一度スタッフ全員が集まっての全体会議を行っており、スタッフに社長賞や企画賞を出している。
企画賞はとくに際立った企画を提案したり、また採択されるなどした功労者に出す。
社長賞はボクの独断と偏見に基づいて、与えたいと思ったスタッフに出す。

社長賞も企画賞も該当者のいない月もあるが、出来るだけ出すようにしている。
企画賞は3万円、社長賞は5万円。
ちなみに源泉はしないので、手取りの金額となる。

今月は、和田萌ディレクターともうひとりに社長賞を出した。
彼女への社長賞の理由がボクにとっては本当に嬉しいものだった。

彼女は、会社に入社したその年に提案した企画がテレビ局に採択され、いきなりディレクターを務めたという才能に恵まれた人材である。
その作品が、各プロダクション120社ほどが加盟している組合、全日本テレビ番組製作社連盟(ATP)の新人賞を受賞した。

生まれて初めて作った番組が、その人にとって人生で最高の傑作だった、というようなケースも珍しいことではない。
これはテレビ番組に限らず、絵画や文学の世界でも同様である。

彼女はその後も、BS朝日の「アジア神秘紀行」やNHKの「旅のチカラ」、それにWOWOWの「ノンフィクションW」をはじめとして、数多くの特別番組などを手掛け、着実にディレクターとしての道を歩んでいる。

彼女は企画の発想力が豊かで、しかも適確なので、彼女の企画がテレビ局に採択される確率がとても高い。
彼女の豊かな才能や作家性は、持って生まれたものではあるが、日常の努力は人一倍であることも確かである。

凡庸なディレクターならば、半ば馬鹿にして素通りしてしまうような比較的軽いタイプの番組にも、しっかりと向き合い、例えばある都市を取り上げる場合でも、その国の歴史などを含めて遡り、深く調査する。
それは必ずしも直接的に番組に反映されることはなくても、この調査の深さが、その番組に奥行きをもたらす効果を発揮する、といった具合である。

彼女の演出する番組が魅力的なのは、氷山と同じようにその隠された部分の豊かさにある。
ボクはいつも、その見えない彼女の努力と才能を感じることを楽しみに番組を視ることにしている。

つい最近NHKで放送した「世界で一番美しい瞬間~ロマンチック街道の”宝石”輝くとき~」という彼女がディレクターをした番組についての感想を話し終え「次は『アジアインサイト』をやってくれるらしいね」とボクが云うと「初心に戻ってがんばります」との返事が帰って来た。

「アジアインサイト」はボクが大切に考えている番組のひとつである。
ボクは、その瞬間、この「初心に戻る」の一言に社長賞を出そう、と決めた。

そう云えば、彼女は、つい最近、WOWOWの「ノンフィクションW」というドキュメンタリー番組で放送した「八十歳の漂流俳優ヨシ笈田 三島が託した日本」が衛星放送協会オリジナル番組アワード ドキュメンタリー番組部門最優秀作品賞を受賞した。

「初心に戻ってがんばります」のひと言が言えるのは本当に素晴らしいことである。
この人の力の源がここにある。

全体会議で社長賞を手渡すと「世界で一番美しい瞬間が反省する点が沢山あったので、初心に戻って、と云ったのですが、モノは云ってみるものですね」と笑った。

一作ごとに新たな力を発揮している彼女だが、今後がますます楽しみである。
ボクたちの大切な宝である。

      「立ち戻る 初な心で モノ作り」


にほんブログ村 テレビブログ ドキュメンタリー番組へ にほんブログ村 テレビブログ プロデューサー・ディレクターへ 人気ブログランキングへ

ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。





75歳までの道のり

近ごろ、とみに身体が重く感じられる。
確かに、太り過ぎで、少しは努力しているつもりだが、85キロから体重がどうしても落ちない。

会社の玄関のエレベーターの前にある二段の階段が、何となく高く感じられるのが、いかにも情けない。
まだ70歳そこそこの鼻たれ小僧なのにと、自らを叱咤激励、馬鹿にしてみても、余り効き目がない。

先週、脚本家で作家の早坂暁先生が会社にお見えになられた。
「今日は企画をもってきました」とお元気である。
いっとき、体調を崩されて心配したのだが、すっかり持ち直された様子である。

ボクたちに息もつかせずに、企画の説明をされた後、「一年に7本づつ、10年間は続けて行きたいと考えています」とおっしゃる。
その企画の内容が実に面白いのである。
「もう少し練りますから、待っていて下さい」と、とにかく前向きで意欲に満ちておられる。

そう云えば、一年ほど前に早坂先生とお話しした際に、「老後は故郷に帰るつもりだ」とおっしゃっていた。
その時、すでに83歳になられていたので、先生の老後とはいつのことなのかと思っていたら、「東京オリンビックは騒々しいから、その時は故郷に帰るよ」とおっしゃっていた。

なるほど、早坂先生の老後は、90歳からなのだな、と思ったものである。
ところが、この日の企画のお話の経緯からすると、10年がかりの企画案だから、先生は少なくとも、あと10年、95歳まで現役でこの仕事をしようと考えておられるのだと分かった。

何と云うエネルギーであることか。
やはり、一流の才能とはこういうものだと思う。
創作の意欲が企画を産み出して止まないのだろう。

そして、これこそが本来の才能の実態だと、ボクは脳裏に刻みつけた。
とは言っても、真似をしようとして簡単にできるものではない。
ボクは目の前におられる天才に改めて見入ったのだった。

先生を交えて、若いスタッフたち十数人と食事をした。
ボクは、できるだけ若いスタッフにこういう早坂先生の才能に触れさせたいと常々願っているのだが、みんなはどのように受け止めてくれているのだろうか。

ボクの若い頃には先輩諸氏のそういった配慮に、その時は気がつかず、後になって、ああそうだったのだと分かったことも多い。

食事が終わった後、先生は「久し振りに遊びましょうか」とおっしゃった。
先生を囲んで徹夜の麻雀を打った。
そのタフさには驚かないではいられない。
先生とは一年振りの麻雀だった。

ボクはオルタスジャパンの設立30周年までは現役でやれればと考えている。
その時はすでに75歳になるので、それまでボクの生命力とひ弱な脳ミソが耐えられるかが課題である。
その道のりは遥か遠そうである。

しかし、早坂先生にお会いしていると、そんな甘っちょろいことを云っているのが恥ずかしくなってくる。
早坂先生の元気はボクの元気の源なのかもしれない。

      「長老と 寿命くらべ 生きくらべ」


にほんブログ村 テレビブログ ドキュメンタリー番組へ にほんブログ村 テレビブログ プロデューサー・ディレクターへ 人気ブログランキングへ

ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。





プロフィール

馬鹿社長

Author:馬鹿社長
【小田昭太郎】
株式会社オルタスジャパン代表取締役

★ホームページ★

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR