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老後を豊かに過ごすために

さる長老から貴重な忠告を受けた。

「老後を退屈しないで過ごすためには、酒を飲んだり、カラオケで歌ったり、麻雀をしたり、女遊びをしているだけではなくて、あなたも今から、それなりの準備をしておいた方がよいですよ」との厳しいお言葉である。

ボクが尊敬しているその長老によれば、美術館に行って名画や美術品を鑑賞し、オペラやクラシックをはじめとする様々なジャンルの演奏会や音楽会などに足を運び、歌舞伎や能・狂言などの日本の伝統芸能に触れ、またお映画や芝居を観るようにすることが大切だというのだ。

幸いなことに、東京には、音楽から絵画、芸能に至るまで世界中から一流の多様な文化が集まって来る。
こんなにも恵まれた環境の中に居て、それら貴重な文化に触れず、無駄に見過ごしているのは誠にもったいないことである、というのである。

云われてみれば、確かにそうかもしれない。
ボクはまだまだ、勝つだの負けるだの、得だ、損だと、うたかたの世事に溺れて生きているが、もう少し枯れて、人生の奥深さに思いを致すような境地になれば、恐らく普遍的な真実や美に魅力を見出せるのだろう。
そして、次第に目や耳が肥えて、鑑賞能力が高まり、理解が深まれば深まるほどに、その喜びも大きくなるのに違いない。

しかし、年老いてからでは、そういう世界に取りつこうとしてもすでに遅いのだ、と長老はおっしゃる。
こういう種類の文化には、慣れが必要だから、付け焼刃のいきなり、は効かないらしい。
まだまだ元気のある若いうちから、慣れ親しむ訓練をしなさい、ということらしい。

長老は「老後のために」と言われたが、老後とは実にあいまいな表現である。

一般的には、会社などの定年からが老後だとの考え方が通常のようである。
一般企業の定年は60歳だが、定年後も、年金の全額支給の65歳まで嘱託などの形で雇用する企業も増えたので、老後年齢も高くなってきた。

男性と女性では、老後の感覚が異なり、男性の多くは65歳から、一方、女性は70歳からを老後だと考えている人たちが多いようである。

ところで、長老の云われる老後とは、何歳からのことかを聞き忘れた。
70歳のボクに老後のために準備しなさい、と言われたということは、まだボクのことを老後だとは考えていない、ということらしい。
勿論、長老も、ご自身のことを老後だとは思っておられない。

実に、ありがたい事ではあるが、いつになればボクに安らかな老後が訪れるのかを考えると、恐ろしくもなる。

      「老人が 老後の夢を 語り合い」


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遊び言葉とは云うけれど

ひとつ褒められ
ふたつそしられ
みっつ惚れられ
よっつ風邪ひき

これは云うまでも無く、くしゃみの回数を評した遊び言葉である。

誰が言い始めて、いつ頃から云い伝えられるようになったかは知らないが、ボクは幼い頃、母親から教えられた記憶がある。

勿論、その内容に根拠がある筈のないことは分かっているのに、くしゃみをする時は必ずこの回数のことが、頭をよぎる。

くしゃみは、大抵の場合は一度ということは無い。
一度だと誉められているので、それで止まれば良いのだが、二度三度と続く。
それで、三度の「惚れられ」で何とか我慢しようとするが、結局は「風邪ひき」という結果で終わり、なぜか残念な思いをする。

くしゃみひとつを意のままに出来ないのだから、人の気持ちをコントロールすることなど、所詮無理なことである、と悟った。

   「迷信と 云いつつくしゃみ 止める馬鹿」


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細川元首相の知事選出馬で思うこと

東京都知事の選挙戦が静かに進行しているようである。
実際には、自民党と公明党が推す舛添要一氏と民主党や生活の党などが支援する細川護煕氏との一騎打ちのようである。

ボクなどは昔から純粋の無党派層なので、特定の支持政党は無い。
ただ、いかなる選挙でも、自民党に投票したことだけは、これまでに一度も無い。
そういう種類の無党派層のひとりである。

今さら口にしても仕方のないことだが、古今東西、世の中に信頼できる政党などあろうはずも無く、悲しくも消去法で選挙に臨むしかないのが、世の定めだと諦めている。

都知事選は地方選挙とは云いながら、規模と云い、また影響力と云い大きいので、国政選挙にも劣らぬ重要な選挙であることは誰もが承知している。
殊に、今回は、国民を愚弄するかのような現政権の政治姿勢に対して、大きな疑問を感じている側がしっかりと、意思表示ができるかどうかが掛っている大事な選挙だ。

振り返って考えてみると、これまでの選挙でボクが有効票を投じることができたことはほとんどない。
ボクが投票した候補者は決まって落選する。
今度の都知事選ではどうだろう。

細川護煕氏に投票するのか、それとも共産党や社民党が支援する宇都宮健児氏に入れるのか、の選択となる。

両者共に原発には反対の立場とは云うものの、本来ならば、宇都宮健児さん位に旗色鮮明な人が都知事になる方が健全で面白いが、こちらは間違いなく死票となる。
それでも承知で投票するか。

一方の細川護煕氏は小泉純一郎元自民党首相や小沢一郎氏が後押ししている。
自民党の対抗馬としてはこちらの方が有力そうだし、僅かだろうが、有効票になる可能性もある。

しかし、小泉純一郎元首相が今さらなぜ反原発を唱えるかは全く不思議で、ボクには理解出来ていない。
何か大きな裏がありそうだとは思う。
根拠は全くないが、やたらとうさん臭い。
いずれにしても怪しい面々だが、殿様に投票するか。
背景は分からないが、原発反対だけは評価できる。

ところで、佐川急便事件で首相を退いた後に政界から引退し、確か愛知県の母方だったかの窯で陶芸の世界に身を投じて、銀座の一流店に、自分の作品が高値で並べられるほどの腕前になった細川家の殿様が、また何故、生臭い政治の世界に亡霊のように姿を現したのかを不思議に思う。

一国の首相を務めた人物が都知事選挙というのも異なものである。

ボクたち一般庶民と同じように、今の世の中の在り様を憂えての決断だ、などと考えるのは余りにも単純にすぎるだろう。
そうかと云って、これが、権力というものの持つ魔力によるものであるとすれば、これもまた、おぞましい限りではある。

いずれにしても政界での出来ごと。
妖怪変化の見極めは実に困難である。

   「妖怪の 世界に似たり 都知事選」


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スタッフが会社を辞める理由

会社を始めてからこれまでの25年間にどれだけの数の人たちが入社し、辞めて行っただろう。

辞めた人たちには、正社員も契約者もいる。
契約者の中には期間契約の人もいれば、番組契約の人も、また務めていた期間もそれこそ長短いろいろ。
そして、その辞めていった理由も人それぞれ、さまざまである。

先週、今年の4月で入社して、丸3年になる若者が、「お話があるのですが………」と言ってきた。
話を聞くと、会社を辞めたいと云う。
彼は大学を卒業し、正社員として入社した。

会社の立場からみれば、2~3年ほどの期間はアシスタントディレクターとして勉強してもらい、徐々にディレクターの真似ごとをさせ、入社5年~6年で一応ディレクターを名乗らせる。

一本になり、一人前になるには最低でも10年、やっぱり15年の体験は必要だ。
個人々々の才能によっても異なるし、早咲きもあれば大器晩成型もあってまちまちだが、それでも、それ位の年数が相場である。

その意味では、入社してすでに3年経ったスタッフは一応のアシスタント期間を終え、これからディレクターとしてスタートする人材で、まだまだ修行中とは云え、会社とすれば、これから楽しみだ、という時期である。
その人材が辞めるということは、はっきり云うと、これまでの彼への投資が無駄になる、という意味である。

「会社を辞めて何をするのか」と問うと「ピンク映画の世界に入りたい」と答えた。

彼の大学生の頃からの希望だったが、それがかなわずに、オルタスに入社した、これまでずっと、ずいぶん悩み考えてきたが、その夢を諦めきれず、どうしてもピンク映画の世界でやってみたい、ということだった。

昨年事故で他界されたピンク映画の巨匠若松孝二監督に憧れていると云う。
二年ほど前に、故若松孝二監督の一時間のドキュメンタリーをわが社で制作し、WOWOWで放送したことがある。

普通、ピンク映画は予算300万円、3日の撮影で1時間の映画を作るらしい。
山本晋也、崔洋一、黒沢清、周防正行たちもピンク映画出身者である。

ピンク映画の何にそんなに魅かれたのかは聞かなかったが、その映画作りの現場の独特な空気はおぼろげながら分かるような気がする。
ボクは、彼の話を聞き、「分かった。思い切りやってみろ」と云った。
彼の本気度から判断して、がんばるしかないだろう。

彼がわが社にこのままいれば、間違いなくディレクターの道を歩むことができる。
しかし、ピンク映画の世界に入り、果たして念願の監督になることが出来るかの保証はない。

「お父さんやお母さんの了解はとってあるのか?」とボクは尋ねた。
つい最近、彼はNHKの総合テレビの番組を担当したが、番組の最後に流されるスタッフクレジットにある彼の名前を両親がDVDで、繰り返し、繰り返し見ては喜んでいる、との話を担当プロデューサーから聞いていたのだった。

「はい」と彼はあやふやに返事を返した。

ピンク映画の仕事が悪い訳ではないが、それを知った時、両親はどう思うのだろうか。
恐らく、夢に燃える若者の頭の中には両親の存在など無いに違いない。

そして、実は、4月以降の彼の担当する番組配置をボクは期待を込めつつ、密かに決めていたのだった。
しかし、予定が狂い、もう一度、一からスタッフ繰りを考え直さなければならない。
頭が痛い。

      「損得は 抜きでピンクに 染まる奴」


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安部内閣の焦りなのか

ボクたち一般大衆というのは、とかく口さがないものである。
床屋談義というか、床屋政談というのか、いずれにしても落語の世界に登場する熊さん同様、世間話の類が好きである。

別に根拠がある訳ではないが、ああでもない、こうでもない、そうなんじゃないだろうかなあ、という話しに終始して怒ったり、嘆いたり、また笑ったりして終わる。
所詮ボクたちの談義はその程度のものではある。

わが社の監査役である道川勇雄さんは、知る人ぞ知る聖書研究の第一人者である。
聖書で説かれている価値基準が実際に世界各国を動かしているのではないか、と云っても過言ではない程に、聖書には力があると最近、ボクは感じるようになった。

これは、明らかに道川さんの影響によるものだが、当の道川さんは何かにつけて造詣が深い。
殊に聖書を通じての世界観を持っておられるので、世界に於ける社会の仕組みを詳しくご存知で、冷静な眼で世の中の動きを見ておられる。

先日、わが社のスタッフと道川さんを交えての雑談で、現在の安部首相の行動が話題になった。
道川さん曰く「現在の日本は、政治的にも経済的にも、世界各国からまるで相手にされていない。アメリカはもとより、お隣の韓国や中国にも知らんぷりをされている。無視されるほどつらいことは無い。昨年暮れの安部首相の靖国参拝に対しても、中国等から、一応、形通りのコメントはあったが、実際は大した取り上げ方もしてもらえず、ほとんど無視に近い状態だった。どんなことでも良いから、世界の眼を日本に向けさせたいと安部政権は焦っているのではないか」

そう言われて、世界における日本の立場を考えると、経済的にはすでに劣等国並みになったし、原発事故を起こした迷惑な国、位のイメージでしかないのかも知れない。

予定の予算を増額してまで、安部首相が各国を歴訪しているのも、なるほどとうなづける。

安部政権発足当時、安部首相は、中国、韓国に対して盛んに秋波を送り続けたが、完璧に黙殺されたことは周知である。
ボクの知人であり中国通である荻原猛さんからも、昨年その実例を聞き、このブログにも書いたことがある。

世界中から無視され、安部政権が焦っているのではないか、との道川さんの観察は、恐らく、聖書の世界観とは関係ないだろうが、それなりに説得力がある。

それを裏返せば「少々無茶なことをしても世界からの関心は無いし、日本の国民は大人しく従順だし、マスコミも抑え込んである、この際、やりたい放題にやってしまえ」ということになる恐れもある。
勿論、これも床屋政談の類ではある。

しかし、もしそうだとすれば、ますます危険な状況となる。

昨日の、NHKの日曜討論で石破幹事長が集団的自衛権について改めて言及し、公明党と維新の会以外の野党が反論していた。

集団的自衛権を認めると云うことは、日本が外国で武力を行使できるということである。
こんな憲法に関わる重要なことを、一内閣の条文の解釈の仕方だけで行使しようという乱暴な考えは言語道断である。

世界の注目を集めるためには、より反動的な行動を起こすのだとすれば、まるで北朝鮮と同じようにも見える。
床屋政談も時には馬鹿にできない。

ボクたち国民の見極めと冷静な判断が今こそ求められている。

      「いい加減 やんちゃ坊やじゃ 済まないよ」


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北朝鮮との合作劇映画を製作した日本人~その②~

北朝鮮と日朝合作の時代劇映画を製作した小林正夫さんは、日本と北朝鮮との文化交流を図ろうと奮闘されている。

しかし、そんな小林さんの願いとは裏腹に、ボクたちの北朝鮮へのイメージは著しく悪い。
特に日本は拉致被害者の問題を抱えているので一層のものがある。

その政治体制も、世襲制という、前近代的な制度をとっているので、まるで中世の時代劇を見ているようである。
この時代に、民主主義とはほど遠い、こういう形態の国家が、堂々と存在できていること自体が不思議と云えば不思議ではある。

得体の知れない、何をしでかすか分からない、怖い国との強いイメージが一般的だろう。
個人的には、正直、ここの国民にはなりたくない国のひとつである。

しかし、一方では、民主主義のお手本だと自認している代表的なアメリカが、大量破壊兵器を有しているとの、ありもしない理由をでっち上げてイラクを一方的に攻撃、フセイン大統領をはじめ多数の国民の命を奪うなどの国家犯罪を犯し、同盟国だとの理由で、日本がそれに臆面も無く同調している図とくらべれば、北朝鮮のことをあまり偉そうに言えない自分たちに気付くはずである。

アメリカや日本と北朝鮮のどちらが危険で怖い国家であるかの判断は難しい。
ボクたちは、国家を離れて生きることは出来ないが、国家とはもともと、信用できない、そういう怖い本質を持つ存在なのだ。
北朝鮮ばかりでなく、どの国家も怖いのだ。

ことに、日朝関係で見れば、北朝鮮には情報を隠ぺいする体質があり、極端な情報操作をしている上に、日本とは国交が断絶しているので、なおさらボクたちには正確な情報が伝わり難い。
憶測が疑心暗鬼を生むという悪循環が渦巻いている。

小林正夫さんは、そんな日朝両国の間で苦闘している。
実は小林さんは、北朝鮮の映像使用を巡り、日本テレビとフジテレビを相手に裁判で争ってきた。

北朝鮮の映画、テレビ、ビデオ等の一切の使用権について北朝鮮から委任されている小林さんは、日本のテレビ局が、北朝鮮の許可を得ることなく、自由勝手にあらゆる北朝鮮の映像著作物を使用していることに対し、著作権侵害として訴えたのだった。

裁判は最高裁判所まで争われたが、結局、小林さんの敗訴に終わった。
この間10年。
小林さんの経済的な負担も大きかった。

各国のあらゆる著作物の著作権についてはベルヌ条約で守られている。
北朝鮮も日本もこの条約を批准した加盟国である。
しかし、日本の裁判所の判断は、要約して言えば、国交の無い国の著作権は守る必要は無い、という乱暴なものだった。

素人のボクにも納得のいかないそんな法律上の判断もさることながら、少なくとも日頃、著作権の尊重を口にしているテレビ局ならば、いかに国交がなくとも、他人さまのものを無断で勝手に使用し、しかも、悪意のある報道をすることは、余りにも節操に欠けると思える。

ボクは小林正夫さんの味方でも、ましてや北朝鮮が好きな国でも決っしてないが、法律はともかく道義に反する行為は慎むべきではないかと思う。
著作物にはボクたち同様、制作者が必ず居り、その人たちは制作者仲間である筈だ。
少なくとも、道義の面でも、国民に範を垂れるべき報道機関は恥を知る必要があるのではないか。

小林正夫さんは、ごく穏やかな紳士で、世間で言うところの運動家でも活動家でもない。
根っからの映画人なのである。
お若く見えるが昭和11年の生まれ、すでに喜寿を迎えられている。

さて、今年の秋にピョンヤンで開催予定の北朝鮮映画祭の撮影取材を含め、番組完成までの小林正夫さんとの珍道中が楽しみである。

      「韓流の 時代ドラマを さながらに」


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北朝鮮との合作劇映画を製作した日本人~その①~

久し振りに小林正夫さんが会社にお見えになった。
小林正夫さんは、映画会社の大映でプロデューサーとして活躍された方である。

大映は、かつては長谷川一夫、市川雷蔵、勝新太郎など数々の往年の大スターを売りだした老舗の映画会社だったが、経営不振で倒産、徳間書店の傘下に入ったが、2003年、約60年の長い歴史に幕を下ろすことになる。

小林さんは、徳間時代に取締役を務められた後に大映を退職された。
その後、北朝鮮で日朝合作の朝鮮時代劇映画を日本人としては初めて製作される。
1995年の製作だから20年ほど前の話しである。

その時期は、金日成が亡くなって間もなくの頃で、北朝鮮では大洪水が起き、未曾有の経済的苦難の時代を迎えていた。

大映の倒産を体験し、その苦しみを知りぬいていた小林さんは、その苦難の中で北朝鮮の映画人たちがとのように生きているのかが気になり、連絡をとって訪ねたのが、その映画製作のきっかけだった。

とにかく一緒に映画を作ろうと、小林さんは、映画製作のための資金を独力で工面し、北朝鮮の映画スタッフと共に、日朝合作映画の完成まで漕ぎつけられたのだった。

こうして、小林さんは北朝鮮との間に信頼関係を築き、さらに、その絆を深めて行く。
国交が無く、政治の世界では断絶した日朝関係だが、文化の交流を通じて、両国間の融和を図りたいというのが小林さんの純粋な願いである。

特に、北朝鮮の文化省との太いパイプを持つ小林さんは、北朝鮮の映画、テレビ、ビデオ等の制作および放映のすべての権利について北朝鮮からの委託を受けることになる。

ボクたちも、小林正夫さんのその力を借りて、2000年に行われた北朝鮮国際映画祭を取材することができた。
その頃、北朝鮮に入り、テレビ取材の許可を得ることはなかなか困難で、特別のことだった。

ボクたちは、映画祭に招待された映画監督の山田洋次さんに同行し、BS朝日の開局記念番組「寅さんが国境を越えた~監督山田洋次と北朝鮮~」という2時間スペシャル番組を制作、放送した。

当時は、かつてのテレビ朝日の名物取締役小田久衛門さんがBS朝日の社長をされており、意気軒昂な時代で、今から思うと破格の制作費を出していただいたものである。

これらも、小林正夫さんの力のお陰だった。
そして、再び、今年に行われる予定の北朝鮮国際映画祭の取材を実現させるべく、小林さんと共に計画中である。

しかし、こんな小林さんの活動の裏には知られざる苦闘の10年があった。

   「南でも 北でも西でも 東でも」


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大石芳野さんからの寒中見舞い

報道写真家に大石芳野さんという方がいらっしゃる。
特別に親しいという訳ではないが、お会いすれば挨拶を交わす位の付き合いである。

確か、1979年だったと思うが、タイ・カンボジア国境のアランヤプラテートという田舎町で取材中に初めてお会いした覚えがある。
ベトナム軍のカンボジア侵攻により、多くのカンボジア難民がタイに流れ込んで来た時期だったと記憶している。

ボクはテレビ取材なので何人かのスタッフとチームを組んで動いていたが、殺伐とした国境の街で、大石さんはカメラ片手に独りで取材をされていた。
毅然とした美しさを漂わせた、勇気ある女性だなと思っていた。

彼女は各国の戦争や内乱などで混乱する国々の現場に積極的に身を置き、そこに生きる人々の取材活動を精力的に続けて来られた。
何冊もの写真集や著作も出され、カメラマンの栄誉である土門拳賞を受賞されている。

NHKの「課外授業 ようこそ先輩」というわが社で担当した番組に出演いただいたことがある。
この番組は、自分が卒業した小学校を訪ね、6年生に授業をするというものだが、写真を撮るという行為には、撮る者と撮られる側とのコミュニケーションが大切であることを説かれていた。
それは、ボクたち取材者にとっての大切な基本であり、ややもすると忘れがちな約束事である。

大石さんとは、滅多にお会いすることはないが、季節の挨拶だけは続けさせていただいている。
今年の寒中見舞いの文面には、「井の頭公園の池にはたっぷり太った鯉が悠然と泳いでいます。一見のどかな新春ですが、私の気分は晴れ渡りません。日本社会の歪みが深刻だからです。」とあった。

続く文章には、原発事故、沖縄の米軍基地、特定秘密保護法、総理の靖国参拝、と政府の全体主義的な強硬なやり方を憂え、民主主義の危機を訴えておられる。

全く同感である。
今の時代のありように危惧を抱くジャーナリストの存在は心強い限りである。

しかし、本来ならば、のどかな新春の風景に心安らぐ筈が、晴れ渡らないのは本当に不幸なことだ。
晴れ晴れとした時候の挨拶が出来る世の中にしなければならない。

      「用意ドン もうひと走り ラストラン」 


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大島渚さんのドキュメンタリー「忘れられた皇軍」

この日曜日、日本テレビのBSチャンネルで、「NNNドキュメント14」の再放送「反骨のドキュメンタリスト大島渚『忘れられた皇軍』の衝撃」を視た。
この中で、大島さんがかつて作られた「忘れられた皇軍」がそのままの形で放送された。

「忘れられた皇軍」は今から50年前に作られた30分弱のドキュメンタリーである。
戦前日本兵として徴兵され、太平洋戦争に従軍し、負傷した在日韓国朝鮮人たちが、戦争からすでに18年後、日本政府から何の補償も受けることが出来ず、悶々と苦しむ姿を描いた作品である。

彼等は、傷痍軍人と呼ばれ、白い衣服に身をまとい、町の一角で、簡単な楽器を演奏し、あるいは歌って、道行く人々からお金をもらうという、物乞い同然の暮らしを余儀なくされていた。
かつて、天皇の戦士、つまり皇軍として戦いながら、韓国人だという理由で、日本政府から相手にされず、補償はおろか、軍人恩給も受け取ることが出来ない。
また韓国政府からも、それは日本政府の責任だと切り捨てられて苦しんでいた。

大島渚さんがまだ、30歳頃の作品である。
彼等の怒りを彼等に代わってストレートに作品にぶつけている。
その怒りは、日本政府と同時に、自分を含めた日本人に向けられたものだった。

「忘れられた皇軍」をボクは、44~5年振りに視た。
この作品は、日本のテレビドュメンタリーの生みの親と云っても良い、日本テレビの牛山純一さんのもとに配属された時、牛山さんから視るようにと命じられたドキュメンタリーの中の一本だった。

「忘れられた皇軍」が作られた頃はまだ、同時録音など出来ず、フィルモという名のカメラも手巻きのゼンマイ式で長いカットは撮影出来なかった時代である。
その意味では番組は現在の感覚では荒削りではあるが、その分、かえって迫力に満ちている。

現在の日本では、表向きは、いかにも言論の自由がありそうに見える。
しかし、実際には、今のテレビにも新聞にも言論の自由は無い。
完全に封殺されている。
そして、自分たちが封殺されていることに、ジャーナリズムに携わる人間たちが気付いていないというお粗末さである。

大島さんの「忘れられた皇軍」は、眼隠しされ、猿ぐつわをはめらながら、現在のテレビや新聞でメシにありついているボクたちへの鋭いメーセージとして受け止めた。
その意味では、この番組を企画した日本テレビのスタッフ諸氏に拍手を送りたい。

しかし、社会の矛盾をえぐり、疑問を解き明かしていくような告発ドキュメンタリーが客観報道という規制のもとで姿を消して久しい。
過去の作品の力を借りるのもひとつの方法だが、テレビ局員であれば自らの力で、現在の問題を告発する番組を発表するべきだし、また、告発ドキュメンタリーの番組枠を作る努力をするべきである。

すでに危険な状況にある今だからこそ、言論の自由を勝ち取るエネルギーが本当に必要である。

      「大口を 叩いて今日も 酒を飲み」


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高級フランス料理店

お恥ずかしい話だが、先週の木曜日、生まれて初めて、高級フランスレストランと呼ばれているお店に行った。

ボクはもともと、どちらかと云うと、上等な懐石料理よりも焼きとり屋が良いし、何か気取ったフランス料理店よりも、その辺りのイタリア料理店、いや、それよりも、焼肉屋とかタイ料理店の方を選ぶといった具合である。

庶民的と云えば聞こえは良いが、はっきり云うとやっぱり貧乏人なのである。

30代の頃、まだ幼い子供たちを連れて下北沢という、東京では田舎町のふらりと入ったレストランがフランス料理店で、ジーパンに下駄ばきという出で立ちで、お店に入るには入ったが、ずいぶん窮屈な思いをした苦い経験がある。
ボクも傍若無人の礼儀知らずだったと、今では少しは反省しているが、フランス料理店の、あの敷居の高さが、何となく性に合わないということもあった。

以前、このブログで紹介させていただいた作家の西村眞さんがボクたち夫婦を、今度は高級フランス料理店「銀座レカン」に招待してくれたのだった。

西村眞さんはかつて「SAY」「BIG tomorrow」「百楽」など10誌以上の雑誌の編集長を請け負い、次々にヒットを飛ばした名編集長で、70歳を過ぎてから「東京哀歌」で作家デビューされた。

年に2~3度、普段ボクたちが行けないような高級料理店に招待して下さる。
年齢を重ねた今では、美味しい料理で気の合う友人とゆっくりと語るのが一番の楽しみだとおっしゃる。
ボクはその言葉をそのまま真に受けていつも厚かましくもご馳走になっている。
ボクにご馳走してくれるこの世でただ一人の方である。

銀座四丁目の地下にあるそのお店は、西村さんの古くからの行きつけのレストランで、料理長もわざわざ挨拶に見えた。

お店のテーブルにも序列があるらしく、その日、ボクたちには店内が見通せる少し個室風の席が用意されており、そこが一等席だとのことだった。
こういう格式ばったきまりがひとつの文化なのだろうが、これもボクにとっては馴染みにくい領域で、勉強のひとつだ。

西村さんは、以前に体験したと云う失敗例のたとえ話を引き合いに出して、こういう高級店では絶対に上着を脱いではいけないことを話された。
危ない所だった。
ボクはすぐに上着を脱ぐ癖がある。

お店のスタッフは全員が男性で、色々と説明してくれる。
近頃では、フレンチやイタリアン界では、日本料理を研究していて、そのコラボレーションが盛んだと云う。
包丁でも、西洋包丁は両刃だが、和包丁は片刃なので、切れ方が異なるらしい。
片刃の和包丁だとまっすぐ切れないらしい。
しかし、これまで無かった新しい調理道具を使用することで新しい料理が誕生もするらしい。
食の世界もずいぶんグローバル化しているようだ。

数々の凝った創作料理で堪能させていただいた。
ワインの味など分からないが、まったくど素人のボクにも、次第に醸し出されて来る、その素晴らしい香りと味と、本当に美しい色を五感で感じることはできた。

ほど良い緊張感があり、しかし、ゆったりとくつろぐことができた。
およそ4時間近い時間があっという間に流れていた。

「まことに礼儀知らずですが……」とボクは西村さんに言った。
「このワインはどれ位の値段ですか」
西村さんは「さあて、いくら位かな。後で聞いておきましょう」とサラリと答えられた。

しかし、その答えは今度ボクがこのお店に来て、実際に支払うことになるまで分からないことだろう。

ちなみにレストランの「レカン」とはフランスの古語で宝石箱という意味らしい。

      「手づかみも たまに気取って フレンチへ」


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プロフィール

馬鹿社長

Author:馬鹿社長
【小田昭太郎】
株式会社オルタスジャパン代表取締役

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