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韓国語の語勢に驚くの巻②

在韓被爆者の取材で韓国を旅した30年前の、その時が韓国に行った初めてだった。

一番の印象は、韓国の人々は日本人と同じ顔をしている、ということだった。
「あ、山本さんだ」「富田さんだ」「木村さんだ」と行き交う人々が知り合いの人たちに見えた。

日本人はさらに南方系とも混血しているから、更に民族の顔は変化しているに違いないが、民族としては、もともとは兄弟なのだなと思う。

そんなことは、当たり前のことだと、頭では分かってはいても、実際に目の当たりにすると改めて歴史を実感する。

広島、長崎で被爆した人たちを探し歩きながらの旅だったが、ずいぶん辺鄙な片田舎まで足を延ばした。
お陰で、当たり前の旅行では体験できない現地の人たちとの人情に触れることができる。
それが、ボクたちの仕事の持つ魅力のひとつでもある

広島や長崎で被爆を体験した年齢の韓国人たちはたいてい日本語をしゃべることが出来たので、通訳を介する必要はほとんどなかった。

戦時中に行われた強制連行の有無の事実や、被爆に到るまでの経緯、またその後の健康被害や補償関係の話などを取材させてもらった。

そして最後に、韓国語で、今、日本の政府や日本人に訴えたいことを、ありのままに述べてもらうことにした。

取材を受けてくれた十数人の韓国の被爆者たちは全員がマイクに向かい、激しい口調で、語気強く訴えかけた。

ボクには意味は分からなかったが、その激しい語勢に殺気のようなものさえ感じ、これは良い取材が出来たと手ごたえを感じたのだった。

ところが、帰国後、それを翻訳してもらって愕然とした。

その激しい語勢とは裏腹に、そこにはボクが期待した怒りや抗議の声は全く無かった。
その内容は単なる挨拶に近い友好的で穏やかなものばかりだったのだ。

ボクは韓国語という言語が元来有している語勢にすっかり騙されていたことに気付いたのだった。

恐るべきは言語の魔術である。

      「どうせなら 甘い言葉に 騙されろ」


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韓国語の語勢に驚くの巻①

世界には8000語を越える言語があるらしいが、ボクが話せるのは日本語だけだ。
英語やドイツ語、タイ語など、外国語の名称だって20も数えられるかどうか。

せいぜいその程度だから、フランス語の響きは世界で一番美しいだの、広東語は美しくないだのとの論評を耳にすると、思わず吹き出してしまうのだが、そんな少ない範囲の中だけで考えてみても、よくもまあ、これだけ色んな文字や音の組合せを含め、それぞれの特徴があり、意味ある体系を考え出せたものだと、人間の能力に改めて感心しないではいられない。

言語は文字と音がセットになっているが、音の勢いに騙された体験がある。
それは韓国語だった。

太平洋戦争時、広島や沖縄で被爆した韓国・朝鮮人たちがいた。
戦後、韓国に戻り住んでいた、いわゆる在韓被爆者の取材のために、韓国を訪ねたことがある。

30年ほど前のことになるが、ソウルから釜山まで各町や村を回り、3週間ほどの旅をした。

この旅の間に3度の夫婦げんかを目撃したのは印象的だった。

オンドル式の古い旅館を選んで泊まり歩いていたのだが、夜、外が騒がしいので出てみると、旅館のすぐ近くの家の前で男女が大声で云い争っていて、周りに人垣が出来ている。

どうやら夫婦げんからしく、お互いが騒ぎに集まって来た野次馬たちにそれぞれ相手が悪いと云いつけ合っているらしかった。

即席の公開裁判のような感じである。

お互いに激昂し、口汚くののしり合っている喧嘩言葉だから、どうしても激しい調子になるのは当然だが、もしかすると韓国語そのものが元来激しい調子を持つ言語であるのかもしれなかった。

短い期間に何と3度も同様な光景に出くわしたのだが、韓国では夫婦げんかは表に出て、聴衆の面前でやる風習があると思われた。

それにしても、韓国人の気性も言語も激しい。

   「公開の 夫婦喧嘩も 異なもので」


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消費税で困ること

いよいよ来年の4月から消費税が8%に上がる様子である。

大所高所に立てば、消費税の増税は日本国家にとっては何が何でも必要ということになるのかもしれないが、庶民感覚としては増税は直接の毎日の暮らしに響く大事件である。

景気はちっとも良くはなっていないし、もっとも、初めから、良くなる筈があろうとも思ってもいないのだけれど、円安で物価は上昇していくばかりだし、年金もどんどん少なくなっていく。
法人税率が下がっても、赤字会社のボクたちには何の助けにもならない。
などと、今さらボヤいても仕方がないが、消費税に関して、ひとつだけ本気で心配していることがある。

それはNHKの番組制作費についてだ。

現在、NHKの制作費の支払いは消費税が内税になっている。
内税で処理されたのは、過去に5%の消費税が実施された時、NHK聴取料に消費税を加算しなかったからというのが、その理由だった。

制作するプロダクションにとってみれば、その分だけ局からの制作費の削減となった。

今度また、8%がさらに内税となれば、プロダクションが制作を続けていくことが困難となることは必定である。

いつの世も、仕事を請ける側の立場は弱い。
こういう時こそATP(全日本テレビ番組製作社連盟)が声を大にしてもらいたいものである。

      「税金は いつも弱きに のしかかり」


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孫の夏休みの宿題

中学一年生になる孫娘の夏休みの宿題の作文を手伝った。
テーマは「私たちが日本のため世界のためにできること」だった。

『少子化が進み、人口の減少による労働力不足の日本は、今後、ますます外国人労働者の手を借りな
 ければならなくなる。
 今後は、私たち自身、異なった風習や考え方を持つ外国の人たちと上手に付き合っていかなければ
 ならない。
 そのためには、私たちは、それら外国の人たちを理解しようとする努力が必要である。
 私たちが日本の文化を彼らに一方的に押し付けるのではなく、文化や風習や考え方の違いは違いと
 してまず認め、お互いを尊重し合い、相互の理解を深めて行くことが大切になる。
 少子化で人口が減少することは国としては困ることかもしれないが、それを外国人と仲良くなれる
 ひとつのチャンスだと考えれば、より豊かな日本という国を作ることにつながるのではないか』

というような主旨のことを書いてはどうかと助言したのだった。

そんな矢先、ボクたちの会社で外国人スタッフと仕事をすることになった。

日本人スタッフだと、「はい、了解」で簡単に済むはずのところが、そうはいかない。
業界の常識という概念が通用しないので、すべてが契約の話になり、ギクシャクと話が前に進まない。

文化や風習や考え方が異なっていて、面倒だな、と思った時に、孫娘の宿題での助言を思い出し、思わず赤面してしまった。

言うは易く行うは難しの典型である。

とにかく、原点に立ち返り、相互理解から始めることしか道は無さそうである。

      「偉そうに 能書き垂れては 恥をかき」


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街の匂い

赤坂に会社を構えてかれこれ25年になる。

赤坂は1丁目から9丁目まである。
5丁目に10年ほど居て、現在の2丁目に移って15年ほどが経った。

赤坂の町内は歩き回って、ほとんどの路は知っている。

TBSや赤坂サカスのある一ツ木通り、みすじ通り、田町通りと繁華街を横切る三本の通りがあり、そこにお店が集中する格好になっている。

鮨屋、居酒屋、韓国料理、バー、喫茶店などの飲食店を始め、マッサージ店やコンビニなどが多くひしめき合うように軒を連ねているが、お店の入れ替わりが早く、あまりにもその数が多いので、毎日ここで暮らしているボクたちでさえもまごつくほどである。

毎日どこかで改装工事が行われていて、以前はどんな店があったのかさえ思い出せない。
それだけ世の中が目まぐるしく動いていることは結構な現象かもしれないが、せわし過ぎて落ち着かない。

ボクは、この25年間、ずっと赤坂の街を見て来た。
毎日、毎日街の顔が変化して行く。

かつては、政治家たちが暗躍の場として大いに利用した料亭なども多くあったが、今ではほとんどがその姿を消してもいる。
しかし、ボクがこの街に来た時から変わらないものがある。

それは街の匂いである。

ひとくちに表現すると、赤坂の街は臭い。
異臭の漂う街である。

その正体は主に食べ物と異人種の匂いである。
そしてそれは、この街の人々の暮らしの匂いだ。
それだけはずっと変わっていない。
だからボクはこの街が好きだ。

どんなに街の様相が変化しようとも、安心していられるのは赤坂が臭い街であるからだ。

ボクたちは当分、この街から離れるつもりはない。

   「ボクはなぜ いま赤坂に いるのだろ?」


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放送作家・羽柴秀彦さんのこと

放送作家の羽柴秀彦さんは昭和7年9月の生まれだから、今年で81歳になられた。

つい先日、「これは身体に良いらしいですよ」といかにも高価そうな焼酎を持ってフラリ会社に来られた。

羽柴さんはちょっと玄人っぽい感じのお洒落をする方で、服装ひとつでも、ボクもこういうお洒落をしたいなあ、と思うが年季の入りようが違うので中々真似ができない、すっかり、お洒落をモノにしている方である。

ボクが日本テレビ在籍中、「11PM」という番組を担当している時に大変お世話になった。

生き字引のことをウオーキング・ディクショナリーと云うが、まったく言葉通りの物知りな方で、これまで、ボクが何かを聞いて分からない、ということはなかった。

「いや、詳しいことは分かりませんがね………」という前置きがつくのだが、いやはや、実に詳しくご存知なのだ。

世の中の成り立ちや仕組みをその原理原則から現実の形までを良く理解され、ご存知なので、ボクのメチャクチャなアナーキーぶりには少々手を焼かれたが、面白がってもいただけた。
ボクはボクで羽柴さんの存在のお陰で、多少の乱暴が出来た。

ディレクターと放送作家の緊張感のあるひとつの形でもあったと思う。

久し振りに蕎麦をご一緒したが、「余りの街の様子の変わりようの速さに訳が分からなくなりますなあ」と苦笑いを残し、飄々と赤坂の街に消えて行かれた。

後ろ姿での歩きっぷりもなかなかのお洒落で赤坂の街に似合っている。


     「月毎に 生まれ変わるや 街の顔」


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老妻への最後の口づけ

今日、親しかった人の葬儀があり、今、会社に戻って来たばかりだ。
ボクが学生時代に特にお世話になり、それ以来の知り合いの方の葬儀だった。

享年90歳。
ボクは彼女のことをこれまで「お母ちゃん」と呼んでいた。

日曜日の夜中の2時にケータイのベルが鳴った。
この時間の電話に碌な知らせはない。

「おい、とうとう亡くなったよ」
電話の主は藤井昭廣さんだった。

藤井昭廣さんは、環境庁長官や建設大臣を歴任した自民党の故小山長規衆議院議員の秘書として長年活躍し、現在小山議員の主宰していた清談会を継いでホテルオークラで事務所を構えている。
永年秘書として政界の顔役的存在とも云える。
ボクの政治関係の大切な情報源のひとつでもある。

この藤井昭廣さんには16歳年上の妻綾子さんがいた。
夜中の電話は、その彼女が闘病生活の末に亡くなられたとの連絡だったのだ。

藤井さんはボクよりも4歳年長だが、ボクの大学時代に就職の面倒を見ていただいた。
その頃、二年間ほど議員会館に出入りし、書生のような生活をし、藤井さんの家にもほとんど毎日出入りしていた。

その時に、食事を含めて何かと面倒をみてくれたのが、綾子さんだった。
ボクの外にも2人ほどの仲間がいて、ボクたちは彼女を「お母ちゃん」と呼んで甘えた。

幻のような過去の出来ごとである。

虎の門病院に駆けつけると、老いた「お母ちゃん」が静かに眠っていた。

藤井さんも急に年老いて見えた。

「藤井さんもずいぶんワルサもして来たけど、ここまで面倒をみたことを本当に尊敬しますよ」とボクは云った。
本心である。

「お前にそう云ってもらって嬉しいよ」と藤井さんは云い、お母ちゃんを覗き込むようにして「よくがんばってくれたなあ。ありがとう」とその唇に長い口づけをした。

お母ちゃん、うっすらと微笑んでいた。

   「夏が去り 愛とは何かを 考えた」


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名アナウンサー松平定知さんのこと

先日、元NHKアナウンサーだった松平定知さんと久しぶりにお会いした。
NHKスペシャルなど大型番組のナレーションをはじめ、「その時、歴史は動いた」や「NHKニュース11」のキャスターを務められたNHKの顔だった。

ボクが松平さんと初めてお会いしたのは、渋谷にあるスナックだった。
10数年も前のことになる。
NHKエンタープライズの鯨岡プロデューサーから紹介された。

松平さんは過去に泥酔してタクシーの運転手に暴行を働いたとして担当番組のキャスターを外されたという事件があった。
その時の番組スタッフだった鯨岡プロデューサーを始めとする報道局の有志20名ほどが中心になり、松平さんを励ます会を結成した。

ゾロ目会という名称の会で、年に2回ほどの割合で食事会が開かれていた。
ボクはNHK局員ではなかったが、何故かこの会に参加させていただくことになった。

松平さんとの面接がわりの顔合わせのような形で初めてお会いしたのが渋谷のスナックだった。
当時はNHK流の念の入った段取りもあるのだなあ、などと思ったものである。

ゾロ目会は数年続いたが、世話役だった鯨岡さんの地方局への転勤などの理由で何となく消滅した格好となっていた。

今回は、CSの銀河チャンネルの藤沢周平の時代劇作品の朗読劇の出演の打ち合わせで会社に見えられ、久々にお会いすることとなった。
本格的な時代劇を手掛けるのはボクたちとしても初めてのことだった。

松平さんとは7~8年ぶりだったが、まったく変わられていなかった。

実際は小柄な方だが、画面では大きく見える。
松平さんは、持ち前の才能の豊かさもさることながら、大変な勉強家であり努力家で、ナレーションの収録ひとつとってみても、めったなことではミスをされることはない。
その普段の準備と努力の積み重ねから来る自信が、彼の姿を大きく見せている。

これから改めてのお付き合いが始まる。
楽しみがまたひとつ増えた。
幸せなことである。

   「日々楽し ゆく者あれば 来る者も」


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オリンピックのこと

2020年のオリンピックが東京で開催されることが決まった。
連日、ワイドショー等で決定の瞬間が繰り返し放送されている。

ボクは個人的には、それほど関心は無かったのだが、これは余程大きなニュースのようである。

東京都知事ばかりではなくて、超多忙な総理大臣までプレゼンに出掛ける位だから、国家を挙げての獲得合戦だったようだ。

これまでのロビー活動のエピソードを聞いても、オリンピック誘致のために費やした努力は並大抵のもので無かったことが推し量られる。
時間とお金も相当掛けたのだろう。

しかし、それでも、この誘致が日本の経済ばかりではなくて、国民の気持ちを明るくする効果があるならば素晴らしいことである。
安部政権ではアベノミクスの4本目の矢にしようとの動きもある。

ボクも良かったなあ、とは思っている。

それはそれで良いのだか、しかし、ついこの前、30年以内に東京にマグネチュード7規模の直下型大地震が70%の確率で来ると盛んに日本国政府から脅されていたことを思い出す。

死者一万人以上、倒壊家屋80数万戸、数百万人の帰宅困難者や避難民が出ると試算されている。

あれからすでに6年は経ったから、後23~4年のうちに東京が大地震に見舞われる確率は、年々益々高くなっている筈だ。

東京オリンピックオは7年後である。
そういうのって、本当に大丈夫なのかなあ、と思ってしまうのだ。

東京直下型大地震が来るという予想がいい加減なのか、それとも東京オリンピック誘致が無責任なのか、それとも、天変地異などはどうなるか分からないから、やれることはやっておこう、事が起きたらその時に考えよう、と云うことなのか?
いくら耐震設備を完備したところで間に合う話でもなかろうに。

ボクが国家や大きな組織を信じられないのは、原発と同様に、いつも、こういう見え透いた無責任なところにある。

   「汚染水 問題ないよと 総理言い」


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今年の新入社員たち

昨日、ようやくツクツクボウシの鳴き声を聞いた。
この声が聞こえ始めると、いよいよ秋がやって来るとの実感が深まる。

今年は例年に比べてツクツクボウシの登場が遅く感じられたが、もしかすると、それだけ暑い日々が続き、秋の訪れを心待ちにしていた精だったからかもしれない。

今年もすでに3分の2が過ぎた。
いやあ、今年の冬は寒いね、と云い合っている自分の姿が早くも予想できる。

月日の巡りはいかにも早い。

今年の4月からの6人の新入社員たちも、入社して半年が過ぎようとしている。

それぞれ、レギュラーの番組のアシスタントディレクターとしてがんばって働いている。
年齢は23歳が2名、24歳、25歳、27歳、29歳がひとりづつとバラバラだが、全員が妙に仲が良い。

先輩諸氏から尻を叩かれて、忙しい中を企画書を書くようにとの宿題を出され、これまでに何本かの企画書を書いている様子だが、まだ、局に採択されたとの話は聞こえて来ない。

現在は全員が横一線に並んでいるが、誰が一番先に採択される企画を提案することができるか、誰が一番先にディレクターとしての仕事をするか、ボクの密かな楽しみは多い。

今は仲良しクラブの6人だが、彼等が良い意味でのライバルに生まれ変わる日が来ることを心待ちにしている。

   「秋来れば 忘年会も 間近なり」


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プロフィール

馬鹿社長

Author:馬鹿社長
【小田昭太郎】
株式会社オルタスジャパン代表取締役

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