ホーム   »  2013年02月
Archive | 2013年02月

忘れられない風景 ~怪人・千代丸健二さんとの別れ④~

3・11の東北大震災から数日後、千代丸健二さんから会いたいとの電話が入った。

練馬のマンションの薄暗い部屋のベッドにうずくまるように身体を横たえる陰があった。
ベッドの脇に置かれた食べかけのリンゴがひとつ。
その甘酸っぱい香りが荒涼とした部屋にひろがっていた。

千代丸さんと会うのは数日振りだったが、見る影もないほどの急な衰えようだった。

数年前に奥さんとも別れての一人暮らしで、時折、福祉の介護人が訪ねて来ているだけだった。

息も絶え絶えの話の途中、シビンをやっと取り出し、「小田さんには何でも見てもらいます」と、ほとんど出ない尿を出された。

「ビールを……」と彼は云った。
急ぎ、近くのコンビニで買ってきたノンアルコールのビールで杯を交わした。

「お世話になりました。思い残すことはない」と彼はボクの目をじっと見た。
そして「これでいい。これでいい」と何度も自分に言い聞かせるようにつぶやかれた。
死を受け入れるための長い葛藤の数ヶ月だったろう。
それは諦めという言葉では到底表現できない深いものだ。

帰り際、「ありがとう。ありがとう」といつまでも繰り返された。

暗がりの中で、名残惜しそうに見送る千代丸健二さんの遠くの姿に、ボクは声も失い深々と頭を下げてマンションの扉を閉めた。
自分でも身体が硬直していることが分かった。

身体の芯から冷えるような寒い夜だった。


   「さらば友よ いつかあの世で 会う日まで」


にほんブログ村 テレビブログ ドキュメンタリー番組へ にほんブログ村 テレビブログ プロデューサー・ディレクターへ 人気ブログランキングへ

ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。



忘れられない風景 ~怪人・千代丸健二さんとの別れ③~

余命6カ月との宣告を受けた後、千代丸さんは以前にも増して足しげく会社に顔を見せるようになる。
間違いなく、会社は彼にとってのホスピスであることをボクは確信した。

いよいよボクは千代丸さんの死と徹底して向き合うことを決心していた。

それからの彼の毎日は自らの死の準備に費やされた。
最期の際に入院する病院の手配、葬儀の形、膨大な資料等々含めた荷物の整理、財産の分与など、死に際して必要と思われることを事細かく準備された。

臨終の際居て欲しい3人の立会人までボクに指定された。
基本的には葬儀は行わず、ごく限られた数人だけで見送って欲しいと望まれた。
自分の死顔を他人に見せたくないという彼の願いがあるようだった。

彼の遺言とも云える「トラブル解決実践マニュアル」のDVDの完成は彼の死期との競争だった。

そして、いよいよ「その日」を迎えることになる。


   「果てしなき 黄泉の国への 旅仕度」


にほんブログ村 テレビブログ ドキュメンタリー番組へ にほんブログ村 テレビブログ プロデューサー・ディレクターへ 人気ブログランキングへ

ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。

忘れられない風景 ~怪人・千代丸健二さんとの別れ②~

千代丸健二さんの晩年は死の恐怖との闘いだった。

肝臓がんに冒され、抗がん剤治療を続けておられたが、千代丸さんはそれまでの仕事の集大成として「トラブル解決実践マニュアル」のDVDを作りたいとの願いを持っておられた。
ボクはそれを彼の遺言状なのだと受け止め、友情の証として、そのDVDを作ることに決めた。

そんなこともあり、彼は週に3日~4日は会社に顔を出されていたのだが、ボクは会社が彼のホスピスなのだと考えていた。

そんなある日、千代丸さんは、築地のがんセンターに同行し、主治医の話を一緒に聞いて欲しいと云う。

主治医はレントゲン写真を前に、肝臓全体が、がん細胞に冒されており、すでに抗がん剤の効き目は無く、永くとも余命6カ月であることを淡々と説明した。
千代丸さんは全く動じる気配も見せず、まるで実験結果を聞くように主治医の宣告を聞いていた。


   「消えゆくは 自然のことと 遺言状」


にほんブログ村 テレビブログ ドキュメンタリー番組へ にほんブログ村 テレビブログ プロデューサー・ディレクターへ 人気ブログランキングへ

ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。





忘れられない風景 ~怪人・千代丸健二さんとの別れ①~

ボクは人と比べて記憶能力が極端に劣っている。
情報の詳細を正確に記憶できないので、どうしても薀蓄を傾けるということができない。
もしかすると、これは記憶力だけの問題ではないとは思うが、とにかく記憶力に欠けている。

そんなボクにも、心に深く刻み込まれた、いくつかの「忘れられない風景」がある。
しばらく、そんな風景について書こうと思う。

千代丸健二という怪人がいた。

彼は「無法ポリスとわたりあえる本」でベストセラーズ作家となり、人権を旗頭に警察を筆頭とする国家権力と徹底して闘い続けた人である。

弁護士にも見放され、相談相手を失った社会の底辺に生きる弱者たちの相談を請け負い、一生を終えた。

彼とは一昨年、3・11の東日本大震災の直後78歳で亡くなられるまで、40年近く親密な付き合いをさせていただいた。

彼との別れのシーンは凄絶だった。


   「覚えても どんどん消えゆく 脳細胞」


にほんブログ村 テレビブログ ドキュメンタリー番組へ にほんブログ村 テレビブログ プロデューサー・ディレクターへ 人気ブログランキングへ

ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。




ジャーナリスト森口豁さんのこと

前に、牛山純一さんのドキュメンタリーについて書いた際、渇きに苦しむ牛が海水を飲むシーンに触れたが、その番組は「乾いた沖縄」ではなくて「水と風」だった。
実は、このことを番組に関わられた森口豁さんから先日ご指摘いただいた。

うろ覚えの記憶で申し訳のないことをした。
あらためてここに訂正させていただくと共に不明を詫びたい。

森口豁さんは、沖縄をテーマにその一生を生きてこられた方である。

東京都出身だが学生時代から沖縄に身を投じ、琉球新報社会部記者、日本テレビの沖縄特派員を経て、日本テレビに入社された。
ボクの大先輩で、NNNドキュメント担当時代に何年間か机を並べさせてさせていただいた。

本物のジャーナリストで、沖縄をテーマとした数々のテレビドキュメンタリー作品の他に、「ミーニシ吹く島から・極私的沖縄論」「旅農民のうた・裏石垣開拓小史」「だれも沖縄を知らない 27の島の物語」など十数冊の沖縄に関する著作を発表され、今なお現役で活躍されている。

ボクなどとても足もとにも及びのつかない方である。

森口さんのような筋金入りのジャーナリストは今の日本に貴重な存在だ。


   「テレビ屋が タイトル違え 世話はなし」


にほんブログ村 テレビブログ ドキュメンタリー番組へ にほんブログ村 テレビブログ プロデューサー・ディレクターへ 人気ブログランキングへ

ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。





20日間は水だけで生きられる自信

断食を終えて東京に帰り、また普通の生活に戻った。

当初は、やたらと身体が軽く、動くのが余りにも快適で、エレベーターなど乗る気にもなれず階段を駆け上がっていた。

しかし、自堕落で飽食の生活が10日も続くと、食べ物への感激もすぐに薄れ、味も香りに対する鋭い感覚もなくなっていった。
それは、自分でも、びっくりするほどのスピードで、体重もあっという間に断食前と変わらないものになった。

断食がボクに残したものは何か、などと問うたことなど実はないが、敢えて言えば、少なくとも、20日間は水だけでも生きて行くことができる自信ができた、ということ位かもしれない。

でも、ボクは、断食は良いよ、と他人に勧めている。
ボクの場合、その効果については断食後、自ら放棄したが、断食中の幸せ感は何にも代えがたいと思っているからである。


   「苦労して 役にたたぬが 良いところ」


にほんブログ村 テレビブログ ドキュメンタリー番組へ にほんブログ村 テレビブログ プロデューサー・ディレクターへ 人気ブログランキングへ

ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。





重湯に一粒のコメが増えた

断食道場2日目の食事も初日と同じだったが、ただひとつの変化は重湯の中に、一粒のコメが入っていることだった。

30分かけて食べ終わり、食堂のある離れ屋から中庭を隔てた自分の部屋のある建物に帰ろうとした時、雨が降って来た。
わずか20メートルほどの距離だったが、気が付くとボクは走っていた。
前日までは、さすがに走る体力や気力は無かった。

僅かな食べ物が与えてくれた力に驚く。

さらに驚くことがあった。

20日間の断食でボクは7キロやせていた。
しかし、断食明け2日の夕刻にはすでに3キロ体重が戻っていたのだった。
この2日間でボクが口にした食べ物の重量はほんの数十グラムに過ぎない。

生命の仕組みの不思議さをあらためて実感したのだった。


        「一粒の コメの重さを 量りかね」


にほんブログ村 テレビブログ ドキュメンタリー番組へ にほんブログ村 テレビブログ プロデューサー・ディレクターへ 人気ブログランキングへ

ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。



ニンジンの甘い香り

断食で一番大切なのは、断食明けの食欲の調整である。
ボクの場合、20日間の水だけの生活を無事に終え、次の日から、いよいよ、戻しの食事が始まった。

食事は朝8時と午後3時の2回。食事と云っても、初めはお猪口ほどの大きさの小さなグラス一杯のブドウジュースとそれと同量の重湯。
それに、生のニンジンの切れ端二片とキャベツ一かけ。
この、ごく少量を30分かけて食べる。

20日間ぶりの食べ物との再会は感激的だった。

ニンジンやキャベツがこんなにも甘かったのか、こんなにも素敵な香りを持っていたのか。
噛みしめ、噛みしめしながら、この感覚を忘れないでおきたいと心に刻んだ。

1日目は夕食も同じメニューだった。

この2回のわずかな食べ物で、体中に力が漲って来るのを実感していた。


   「力湧く ニンジン一片 沁みわたる」


にほんブログ村 テレビブログ ドキュメンタリー番組へ にほんブログ村 テレビブログ プロデューサー・ディレクターへ 人気ブログランキングへ

ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。



断食道場での事故

断食道場では時として救急車を呼ぶような事故が起きる。

ひどい場合は死者が出たりして新聞紙上を賑わすことがあるが、その事故のすべてが、断食中のつまみ食いが原因である。

あまりの空腹に、ついつい、ひとかけらだけなら良いだろうと煎餅を食べる。
ところが、それで収まる筈もなく、一袋の煎餅が無くなるまで食べ続けてしまう。
餓鬼道に陥ってしまうのだ。
何日間も空っぽだった胃に急に大量の食べ物が入ると胃が驚いて痙攣を起こし、救急車騒ぎとなるケースが多い。

せっかくの断食を台無しにするばかりか、命まで落としては元も子も無い。

欲望の制御は本当に難しい。


   「理屈では 抑え切れない 餓鬼の道」


にほんブログ村 テレビブログ ドキュメンタリー番組へ にほんブログ村 テレビブログ プロデューサー・ディレクターへ 人気ブログランキングへ

ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。





研ぎ澄まされる五感

断食をすると脳が活性化するのだろうか、2週間ほど経つと、頭がスッキリし始め透明感が増して来る。

ボクは囲碁や将棋が好きで、とりたてて強くはないが、そこそこ打てる。
断食道場の近くにある碁会所に碁を打ちによく行った。

碁会所では同じ程度の棋力の人と打つのだが、普段よりも強くなっているのが、自分でも分かった。
明らかに手がよく見えるのだった。

空腹も極致を通り越すと逆に空腹感が薄れ、そうかと云って根気や気力の衰えのないことが不思議だった。

嗅覚も鋭くなっていた。
断食道場の部屋にいる時、プーンとリンゴの良い香りが漂ってきたりする。
どこかの部屋で、こっそりとリンゴを食べる者がいるらしかった。
こうして空腹に耐えかね脱落していく人たちも出てくる。

とにかく、断食は五感を鋭くする効果のあることが分かる。


           「断食や 金を払って 禁破り」


にほんブログ村 テレビブログ ドキュメンタリー番組へ にほんブログ村 テレビブログ プロデューサー・ディレクターへ 人気ブログランキングへ

ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。




プロフィール

馬鹿社長

Author:馬鹿社長
【小田昭太郎】
株式会社オルタスジャパン代表取締役

★ホームページ★

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR