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Archive | 2013年02月

「般若心経」に興味を持ったワケ

断食道場には、20人以上の人たちが来ていたが、その中のひとりが、「般若心経を読むと宇宙人と交信できるらしいですよ」という。
立ち寄った本屋で、棚の「般若心経」を見た時、その男の言葉が頭をよぎったのだった。

さすがにボクも、地球に宇宙人が存在するとは思ってはいなかったが、妙に気持ちをくすぐる言葉だったので、すぐに何冊かの「般若心経」の解説書を買い求めた。

仏教の経典の中でも難解だとされているらしいので、ボクのような俗世の阿保に理解できよう筈もないのだが、観自在菩薩行深般若波羅密多時で始まる265文字の短い経に瞬く間に魅せられた。

いのちの根源というか真理が書かれているようだった。
すべてのモノの成り立ちが解かれていると感じた。
それは、壮大な宇宙の成り立ちを感じさせてくれた。

勿論、今なお、全く理解出来ていないが、「般若心経」を諳んじたり、経を見ないで書いたりすることはできるようになった。

「般若心経」を科学の眼で映像化できないかというのが、ボクの望みのひとつである。


   「空腹を 色即是空で 満たしつつ」


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生きていることへの実感

断食を始めて1週間が過ぎた頃から、急に、食べ物への執着が消えると共に、妙に身体が軽く感じられ、動きたくなった。

物を食べないと、胃をはじめ、肝臓、腎臓、膵臓、腸などが普段ほど働かなくて良いので、心臓が余分の血液を送り込む必要もなくなる。
すべての臓器を休ませることになり、身体全体がリフレッシュできる。

ボクは江ノ島や鎌倉へ遠出し始めた。

食事から解放されているので、実に時間にゆとりができる。

鎌倉の寺では、ちょうど桜がほころび始めていて、その花を1日かけて飽きずに見続けた。

蟻が歩く、その行き先を見届けるまで面白く何時間も追い続けた。

時間がゆったりと流れ、とても幸せだった。
自分をゆっくりと見つめ直すことができた。
生きていることへの実感があらためて生まれてくる。

そんな時、立ち寄った本屋で、「般若心経」が目に留まった。


   「柄に無く 雲の流れに 人生を」


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食べることへの凄まじい執着

断食道場に入ってからの、食べ物への執着は自分でも驚くほどだった。

昼時には、駅前の喫茶店で水だけ飲んで、人がランチを食べる様子をずっと見ていた。

魚屋に事情を話して椅子を借り、客が買っていく魚を見ながら、あれは煮魚にすると旨そうだとか、フライにするといいな、とか思いながら1日を過ごさせてもらったこともある。

うなぎ屋の軒下からの煙の匂いをずっとかいで立っていたりと、吾ながら浅ましい限りだった。

しかし、1週間を過ぎた頃から、食べ物への執着がフッツリと消えた。

水を飲んでいるだけだから空腹には違いないのだが、嘘のように食べ物への執着が無くなったのだった。


   「断食や 悟りの境地 ほど遠く」


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断食が明けた時のメニュー作り

断食道場に入って、2日間はただひたすら眠った。
こんなに眠れるのかと思えるほど眠った。

ここに入る前日は、明日から当分は飲み食いできないからと、思いっきり食べ、明け方までドンチャン騒ぎをしていたので、その疲れがたまっていたのかもしれない。

3日目からが大変だった。

お腹は空き始めるし、退屈だった。

何より困ったことは、1日の区切りがない、ということだった。
食事という大切な区切りがないのだ。
初めて、食事が1日のリズムを生み出していたことに気づく。

水だけはどんどん飲むからトイレには行くが、後は眠ることと目覚めることしかない。

それからの1週間はただ食べ物に執着した。

本屋に出かけて料理関係の本を買いあさり、ロビーのテレビで料理番組は欠かさずに視た。

そして、断食を終えたら何を食べるかのメニューを作ったりして過ごした。


   「水を飲み ひたすら眠り 水を飲む」


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1ヶ月間の断食をしたことがある

37際の時、1ヶ月間の断食をしたことがある。

当時はテレビ局の報道局に在籍していたが、へ理屈を並べ立て無理やり休みをとった。
まことに常識外れの不良社員だったと思う。
上司はその後も飲み屋で会う度に、本当にわがままな奴だ、と半ばあきれた様にずっとグチをこぼし続けていたものだ。

当時は、断食をする特別な理由はなく、自分でも単なる気まぐれだと思っていたのだが、今、改めて思い返すと、その頃、おそらくボクはディレクターとして行き詰っていたのだろうと思う。

ボクは湘南の辻堂にある断食道場に入った。

21日間断食し、1週間ほどかけて元に戻す。

道場といっても、1部屋と布団と枕と水が与えられるだけで、他に何があるという訳ではない。
監視する者もなく、塀があるでなし、どこへ出かけようと出入り自由である。
ただ、食べてはいけない、というきまりがあるだけだった。


   「大喰らい 因果巡って 断食に」


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テレビ放送開始60年

日本でテレビ放送が始まって60年が経つと聞いた。

昭和28年2月にNHK、8月に日本テレビと、両局がほぼ同時期にテレビ放送を開始している。
いまNHKと日本テレビが記念して共同でテレビ番組の制作を試みているようだ。

放送開始60年と聞いて妙な感慨があった。

60年は長いようだが、考えてみれば、そのうちの46年間をボク自身がテレビと係わって来たことに思い当り、あらためて驚いたのだった。

入局当時は勿論、以来先輩の後ろ姿をずっと追い続け、未だに新参者の意識が抜けないままで来た、あっという間の現在だが、こういった数字を見せつけられると、いつの間にか自分が業界の古狸になっていたことに気づかされたのだった。

そして、周りを見回すと、先輩はおろか同輩の姿さえ遠くなった。

さあ、どうする。
まずは、今夜も赤坂の町を徘徊するか。


   「前みても 後ろをみても テレビかな」


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恐いもの知らずの馬鹿

自分では「初めてのコト」だと思ってやったことも、後になって過去に誰かがすでに試みていたことが分かる、などということも多い。
凡人であるボクの考えることなど誰でも思い付くのは当然のことである。

大島渚さんの教えはもっと深い意味だったことだったと今になって思うのだが、当時はただがむしゃらに突っ走った。
それなりの評価もされたが、批判の声も多かった。

ボクはイデオロギーには全く興味は無かったので、右でも左でもなく、ただ自分が不思議に思ったり感じたりしたことをテーマに取り上げた。

靖国問題、天皇問題、差別問題、日の丸君が代問題、スパイ防止法案の問題など真正面から取り上げた。
これらはタブーに近かったし、余り皆が触れたがらないテーマだったので、自然とトラブルも多くなる。

単なる若気の至りだが、ボクはそんなトラブルをも楽しんでいたのかもしれない。

周囲からは恐いもの知らずの馬鹿と思われていたことは間違いない。


   「ひつじでも 地雷を踏めば あの世行き」


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ジャーナリストの条件は反権力と好奇心

「初めてのコト」をやろうとすると何かと摩擦が多くなる。
ことなかれ主義のお役所の断り文句は決まって「前例がない」である。

親交の深かった故ばばこういちさんは「ジャーナリストの条件は反権力と好奇心である」といつも云われていたが、初めてと反権力が合わさると益々トラブルが増えることになる。

かつて、わいせつ問題をテーマに取り上げたことがある。
スタジオにストリップ劇場をセットで作り、ステージのいわゆる出べそでストリッパーが演じる前で、政治家たちにわいせつについて議論させるという仕掛けを考えた。

生放送だったが、放送当日の新聞のテレビ欄のタイトルを見て出演予定の政治家たちが突然急病で入院することになったと出演を断ってきた。
タイトルは「ポルノ観音ご開帳!わいせつ問題云々~出演愛染恭子」というものだった。

仮病を理由に出演を断ってきた政治家は自民党の文教族で後に総理大臣になった森喜朗氏と衆議院議員の故三塚博氏だった。

放送まで数時間のうちに別の文教族の議員に出演を依頼したり、突っ込み役の野坂昭如さんには「森喜朗と三塚博が出ないのなら嫌だ」とごねられたりで大慌てしたことを思い出す。


   「哀れなり 馬鹿は死んでも 治らない」


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これまで誰もやらなかった新しいコト

ボクはもともと、それこそ才能のあるディレクターなどでは全くなかったが、大島渚さんから教わった「これまで誰もやらなかった新しいコト」だけにこだわって番組作りをした。

まだ中継車がなければ局の外でビデオ収録が出来なかった時代の話だが、日本テレビの技術陣が開発途中のVR3000というビデオ収録装置をリヤカーに乗せ、寝ぐらを求めホームレスたちが群れる上野駅地下道に、当時人気のあったフォークシンガーの三上寛をいきなり突っ込ませ「地下道コンサート」をやったこともある。
少なくとも技術的には日本で初めての試みだった。

右傾化が懸念された70年代に、戦後歴代首相の演説を戦前の太平洋戦争に向かう日本の世相にはめ込めばどうなるのか、などの実験番組も作った。

上野駅前交番を1ヶ月間隠し撮りで定点観察したこともある。

ニュースショーに武装した軍隊を乱入させたり、KDD不正問題の時は赤ん坊にKDD本社の建物を倒させたりもした。

幼稚な演出も含めて「初めて」をテーマに思いつくことは何でもやってみた。


   「馬鹿なりに ひとつ覚えの 知恵しぼり」


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プロフィール

馬鹿社長

Author:馬鹿社長
【小田昭太郎】
株式会社オルタスジャパン代表取締役

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