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年の終わりに思うこと

いよいよ今年も終わる。

歳を重ねるごとに、時間の流れが加速し、一瞬のうちに一年が過ぎ去ったとの感がある。
「一炊の夢」や「光陰矢のごとし」など古くから伝えられてきた言葉があらためて重くのしかかってくる。

自分に残された時間を考えると、一分、一秒が貴重に思われてくる。

同じ時間でも、己の欲望を満たすために費やした若い頃とは確実に変わって来たことを
実感している。

世のため、人のために役立ちたいと、大言壮語することなど、とてもできないが、少なくとも、ドキュメンタリー番組を作りたいと志し、日夜、番組制作に精を出しているスタッフの、それぞれ各人の夢をかなえたいとの思いは年ごとに強くなっている。
ささやかではあるが、ボクの残された時間をその実現のために費やしたいと願っている。

一昨日、わが社の株主総会を無事終えた。
幸いなことに、わずかだが、単年度の黒字決算の報告ができた。
益々、厳しい状況を迎えることは必定だが、出来うる限り快適な制作の場を維持発展させて行きたいとの願いは強い。

「馬鹿社長ブログ・にんにく劇場」を書き始めて一年が経った。

今年は、これで筆を置く。
来年は1月7日から始めたいと思っている。

一年間、拙いブログにお付き合いいただいた皆さんにあらためて感謝したい。

どうぞ良いお年をお迎え下さいますように。


          「幸せを 番組作りの 中に見て」


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餅つき大会で街を守る

ボクが、地上げに揺れるゴールデン街に足しげく通う内に、お店のマスターやママの間から、お店同士の連帯を強めて、地上げ勢力に対抗しようとの気運が高まり、ゴールデン街を守る会が結成された。

ちょうど、暮も迫っていた頃で、まず、餅つき大会をやって絆を深めようということになった。
ボクは喜んでもち米を提供させてもらった。

ゴールデン街の入り口を遊歩道が通っていて、そこで道行く人たちにつきたての餅を配ったものだ。

街の有志の熱意で、この餅つき大会はそれから毎年行われ、10年ほど続けられた。
ボクも引き続きもち米を届けた。

そのうちバブルがはじけ、地上げブームも去り、ゴールデン街の都市開発計画もうやむやになる。

その間、柳街という一角が整理され、30軒ほどの店が消えたが、ゴールデン街は消滅の危機から逃れた。

一時は寂れた街も息を吹き返し、再び、300軒ほどのバーが軒を連ねるようになった。
客層も若返り、普通の女性客も増えた。

ボクの知っていた人たちもずいぶん亡くなり、当時を知る人たちも少なくなったが、猥雑さは時を越え、形を変えて、今も健在である。


   「地上げ止む バブルの華が 散りし頃」


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気がかりな街・新宿

ボクはもともと、猥雑さは人間の暮らしの基本となる大切なものだと思っていて、猥雑を否定するモノに抵抗してきたような気がする。

新宿は大学時代から何となく親しんできた街だった。

野球には全く興味は無いのに、六大学野球の早慶戦が終わると、新宿の歌舞伎町を舞台に大騒ぎし、誰が支払ってくれたのか分からないお酒をずいぶん飲ませてもらった。

森進一の演歌「新宿みなと町」にあるように、靖国通りから昔のコマ劇場のあった広い通りを見渡すと、その眺めは歌詞の通りに港町そのものに見えた。

テレビ局に入ってからも麻雀は歌舞伎町に打ちに行っていたし、1968年10月21日の新宿騒乱事件に巻き込まれた時も、局の上司と新宿に飲みに行っていた時で、訳も分からず夜の新宿の町を興奮して走り回っていた。

そんな舞台となる新宿はボクにとっては、なぜか気がかりな街で、新宿をテーマに何本かのドキュメンタリーも作った。

ゴールデン街はある種新宿の象徴であり、その新宿から猥雑さが失くなることは考えられなかった。


         「青春を 色濃く残し みなと町」


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新宿ゴールデン街消滅の危機

バブル華やかなりし頃、新宿ゴールデン街が地上げによって消滅の危機に陥ったことがあった。

歌舞伎町を中心とした一帯は、東京有数の風俗営業の拠点で、人によっては、歩くだけでも怖いと思われている、そんな場所だった。

東京都は、こういった怪しげな地帯が街の中心に居座っていることが、気に入らないらしく、この一帯の都市開発計画を目指していた。
そのターゲットが、ゴールデン街だった。

ヤクザまがいの不動産業者によってお店が次々に買い上げられて行く。

このあたりの店はどこも、又貸しの、又貸しの、また、又貸しという具合に権利関係は複雑で、その処理は大変だったようだ。
それでも、300軒ほどあったバーが半数近くまでに減り、ゴールデン街は歯抜けのように空き家が目立つようになる。

そんな時、この飲み屋街を守っていきたいという人たちが立ち上がり、ゴールデン街を守る会なるものができた。

ボクは、ひょんないきさつから、この会を応援することになったのだった。


   「路地裏に 消えゆく人情 紙風船」


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久しぶりに新宿ゴールデン街に行った

先日、久しぶりでゴールデン街に飲みに行った。

ゴールデン街は東京の新宿歌舞伎町のはずれにある飲み屋が密集している一帯である。
間口二メートル足らずの小さなバーがひしめき軒を並べている。

このあたりは、昔は青線地帯だった。
青線と云ってもピンと来ない人たちも多くなっただろう。

昭和31年に制定された売春防止法に伴いその2年後、売春が禁止される。
それまで、売春が公認で行われていた地域を赤線、非公認の地域を青線と呼んでいた。
吉原は赤線の代表格である。

ゴールデン街のほとんどの店の構造は、青線時代の名残を今に残していて、2階建てになっている。
2階とは云っても、その多くが屋根裏部屋で人が立てないほどの作りになっている。
客をその狭い2階に引き込んで売春していた。

今では、そんな店は皆無で、若い女性客も自由に出入りできる飲み屋街になった。
しかし、当時の猥雑な雰囲気はそのままで、そこがこの一帯の魅力にもなっている。

この街にはボクもいろいろと思い出がある。


   「青き日の 飛田新地を 思い出し」


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国民の絶妙なバランス感覚

衆議員選挙は予想通りの結果となった。

自民党は単独過半数を大きく上回り、民主党は惨敗に終わった。
第三極陣営も伸びなかった。
投票率は59%前後と戦後最低水準だった。

日本の国民は利口なのか馬鹿なのか、その評価は大きく分かれるところだが、この結果に一喜一憂することは全くない。

現在の国際情勢の中で、どの政党が政権をとっても、そのかじ取りは困難を極めることは想像に難くない。

振り返って考えてみれば、腐敗を極めた自民党政治のつけを、3年半前に幼い民主党が気負って引き受けて無残にも失敗した。

そして、今度は、自民党自らの、尻拭いを当の自民党に国民は押し付けた格好だ。

そういう意味では、日本国民の今回の選択は実に利口だとも言えるし、そのバランス感覚は絶妙だ。

いささか、冷めた感じはあるものの、日本国民の感覚は健康だと改めて感じている。


   「政治家を 手玉に取るか 大衆党」


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2日後にせまった衆院選投票

衆議院選の投票日が2日後に迫った。

しかし、かつて、これほど盛り上がりに欠けた選挙戦も珍しいのではないか。

野次馬発言で申し訳ないが、過去最低の投票率になるのではないかと勝手に予測している。

自民党の勝利は動かし難いようで、まだ政党を決めていない浮動票が40%ということらしいが、この人たちは投票に行かないのではないか。

当てにもならない掛け声ばかりの景気回復が声高に叫ばれ、あれだけ危機感を募らせた原発問題さえテーマに成りえないのが現実である。
そして、結果的には、予想をはるかに上回る自民党の大勝利に終わるのだろうと予測できる。

一方、玄葉光一郎や細野豪士などの優秀な人材を抱えながら、余りにもお粗末な政治運営を行った民主党への失望感が大き過ぎた。
現在の体質の民主党には期待できないことも確かである。

世の中がまた逆戻りすることが恐ろしい。

いつの時代も経済は大切には違いない。
しかし、理想主義が現実主義の前に敢え無く崩れ去って行く姿は見たくないものだ。
 

      「新鮮な 言葉さえ無く 各政党」


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同じ失敗を繰り返す予感

大紅魚捕獲作戦の失敗は、今、振り返ってみると、馬鹿だねぇ、馬を食うような大きな淡水魚などいる訳ないよね、何?李鵬首相の娘だと?との笑い話になるのだが、文字通りの、幻の怪魚に何十人もの大のオトナが夢中になったところが楽しい。

あの時の身体の芯から燃えるような熱い興奮は、まだボクの奥深くで火種のように残っている。

そして、あんなに痛い思いをしたにもかかわらず、また、同じような失敗を繰り返すのだろうな、との予感がある。

まこと、根っからの馬鹿社長だとのそしりは免れない。

科学院と交わした契約書は今もボクの契約書ファイルの中に輝きを失うことなく眠っている。
   

「面白き 話ないかと 潜望鏡」


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給料の支払いをストップする羽目に陥る

大紅魚の企画の失敗で、会社設立のスタートからボクたちは大転びしたのだった。

苦労して調達した資本金2千万円のほとんどを使い果たしてしまったのだから、本来ならば、責任をとって社長の辞任となるところだが、そんなことは露ほども考えなかった。

給料の支払いもストップせざるを得なかった。

しかし、設立メンバーには、それほどの悲愴感など不思議となかった。
しかも、他に仕事のあてもなく、明日からどうすれば良いのか、まるで当ては無かったにもかかわらず、全員がなんとかなるだろう、と構えていた。

それも、浮かれたバブルの時代の一側面であったのかもしれない。


   「興奮が 冷めりゃお金の 苦しみが」


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幻に終わった大紅魚捕獲作戦

結論から云うと、ハナス湖には、大紅魚など初めから存在しなかった。

結果的には、新疆ウイグル自治区政府ぐるみでボクたちを騙したことになる。

ボクたちの怒りと絶望感は、今の尖閣列島の騒ぎの比ではない。

当時は散々、中国を恨み、日中戦争が勃発したら、真っ先に志願して戦うぞ、などと、冗談とも本気ともつかぬ勢いで息まいていたものだが、冷静に振り返ってみれば、科学院も安請け合いをして、さぞかし困ったことだったのだろうとも思っている。

改めて、科学院院長の誠実で純朴そうな顔が浮かぶ。

こうして大紅魚捕獲大作戦は見事大失敗に終わったのだった。


「蜃気楼 砂漠に消えし 怪魚かな」


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プロフィール

馬鹿社長

Author:馬鹿社長
【小田昭太郎】
株式会社オルタスジャパン代表取締役

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