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ボクの母方の祖母はいわゆるカミサマだった

ものには、ついでというのがあるので、もう少しバカ話をしてみよう。

ボクの母方の祖母はいわゆるカミサマだったことがある。

だったことがある、というのもおかしな表現だが、ある時、突然神さまが、祖母の身体に降り、ある日また、突然居なくなってしまったらしい。

光の玉が祖母を襲ったのだと聞いた。

神さまが祖母を支配していた期間は、昭和の初年から戦後しばらくまでの20数年ほどだったようだ。

祖母は大阪府の河内長野に生まれ育った。

いわゆる生駒山系で、そのあたり一帯には生き神様が多く存在したようだ。


  「カミサマも 孫にとっては おばあちゃん」


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馬渕もボクも九死に一生を得たことは事実である

ボクたちの死の危険からの生還に関して、長順さんが果たされた役割については、どのように解釈すれば良いのかは分からない。

ただ、長順さんが予言されたように、馬渕もボクも九死に一生を得たことは事実である。

常に、人生には危険がついて回るのだから、こんなことは偶然だとの考えも一方ではできる。

それにしても、長順さんの死の予言は出来過ぎだとの見方も、また一方で出来る。

いずれにしても、あまり科学的説明ができそうにない出来ごとなので、これまで、あまり他人に話したことはないが、不思議なこともあるものだ、とは思っている。

戦場カメラマンとして幾多の死線を潜り生き抜いてきた馬渕直城は平成23年10月29日、平和な温泉場で不慮の死を遂げた。


           「不思議とは 単に科学の 未熟かも」


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馬渕直城からも死相が消えた

麻薬地帯の取材のためミャンマーに無断越境した嫌疑で、タイ政府からボクたちに逮捕状が出て、1年以上が経ち、ほとぼりが冷めたと思しき頃、馬渕が様子見を兼ねてタイに赴き、活動を始めた矢先に、この交通事故が起きたのだった。

タイの諜報からの説明を受け、星野敏子が無事に馬渕の身柄を引き受けて帰国した直後、ボクは馬渕を長順尼のところに連れて行った。

助けられないかも知れないと、心配していました、と長順さんは云った。

交通事故の写真を見ては、本当にご無事で良かった、と何度も繰り返された。

馬渕からも死相が消え、ボクたちは共に生還したのだった。


  「必然と 偶然の境 誰か知る 」


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馬渕直城の命が狙われたのではないか

タイ諜報の報告から、馬渕の事故は故意ではなかったことが、明らかになり、胸をなでおろしたのだが、実は、ボクが馬渕の命が狙われたのではないか、と疑う根拠は、それなりにあった。

クンサーの取材を終え、日本でのテレビ放送を終えた後、馬渕とボクに越境の件でタイ政府から逮捕状が出ていた。

それと同時に、クンサーと敵対する麻薬グループが、ボクたちの命を狙っているとの情報も入っていた。

実際に、取材協力者の一家が全員殺害されるという事件が起きていた。

それまで、タイに在住し、ポルポト取材を続けていた馬渕は、急きょタイを脱出し、しばらく身の安全を確保するために日本に帰国し、タイへの入国を控えていたのだった。
  

         「楽しさと 背中合わせの 危険かな」


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タイ政府の諜報力に驚いた

単純に考えると、ポルポト派は過激な共産主義者集団で、そのポルポトを支援する馬渕も本来ならば共産主義者とみなされるはずである。

しかし、タイの諜報はそうは判断していなかった。

反共のタイ政府が最も恐れるのはベトナムである。

そのベトナム軍と、タイの国境カンボジア領で戦い続けるポルポト軍は、いわば、タイ政府をベトナムから守る国境防波堤の役割を果たす大切な存在であった。

そのポルポトを擁護するジャーナリストとしての馬渕は、タイ政府にとって有害な人物ではない、との評価がなされていたのであった。

さらに、馬渕は共産主義者でも社会主義者でもないとの結論も同時に下されていた。

実際に、ボクからみても、馬渕に特別の主義はなかった。

一介のジャーナリストへのタイ政府の諜報に驚いたものだが、こんなことは国家にとっては当然の行為であるのかもしれない。


           「国境が 民を助ける こともあり」


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タイの諜報機関から膨大な資料を見せられた

ポルポト派の大虐殺にもかかわらず、馬渕はポルポト派を擁護し続けていた。

毛沢東の農本主義を忠実に実行しようとしたポルポトの政策は誤りではなかったのだと、馬渕は主張し、世間から彼自身ポルポト派と呼ばれることに誇りさえ持っていた。

1979年のベトナムによるカンボジア侵攻で、ポルポト派はタイとの国境に追い詰められ、ゲリラ活動を行うことになる。その後も馬渕は国境にへばりつき、ポルポト派の取材を続けていた。

馬渕救出に向かった星野敏子は、バンコクにある何の変哲もないビルに連れて行かれた。

そして、そのビルの一室で、ドサッと馬渕に関する膨大な資料を見せられた。

そこは、タイの諜報機関の一部であるらしかった。

驚いたことには、写真を含むその大量の資料には馬渕のタイでの行動が克明に記録されていたのである。


    「諜報に 生かされ馬渕 活躍し」


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タイの諜報機関の対応の形が分かった

馬渕の救出に向かったのは星野敏子である。

彼女は会社設立メンバーのひとりで、現在すでに70歳を過ぎたが、今なおボクたちの会社で現役のプロデューサーを務めている。

星野はテレビ局在局時代を含め、現在まで、様々な賞を受賞して来た優秀なドキュメンタリーのディレクターである。

彼女はタイの裏社会に通じる人物との人脈があり、その線から、タイで調査を進めた。

その結果、馬渕が遭遇した事故は、通常の交通事故で、裏のないことが分かった。

そして、タイの諜報機関にも接触し、タイ政府の馬渕への対応の形まで、明らかになる。


  「諜報が 身近に迫る バンコック」


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まさに奇跡としか表現しようがないほどの大事故だった

馬渕はタイ国境からミャンマーに潜入したが、逮捕された。

当時、ミャンマーでクーデターが起きるのではないかとの情報があり、一切のマスコミがシャットアウトされていた。

馬渕は逮捕後、すぐにタイに送還され、国境の刑務所に収監された。

その刑務所からタイの首都バンコクに護送される際にその護送車が交通事故に会ったのだった。

10トントラックと正面衝突し、護送車はトラックに馬乗りにされた形で大破した。

ふたりの護送警官は重傷を負ったが、馬渕は奇跡的に軽いケガだけで助かった。

後にその時の写真を見たが、命があったことが、まさに奇跡としか表現のしようがないほどの大事故だった。

これは、単なる偶発的な交通事故であったのか、それとも馬渕の命が狙われたものであったのか、ボクは疑った。

すぐにタイの事情に詳しいスタッフをタイに送り、馬渕の身柄を引き受けに向かわせた。


  「生還の 真相仏は 知っている」


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長順さんの危惧されていたことが実際に起きた

一酸化炭素中毒の事故に会ってしばらくして、ボクは長順さんのもとを訪れた。

長順さんは、ボクの顔を見るなり、あれ、死相が消えている、と言われた。

前の時と違って晴れ晴れとした顔をされている。

ボクは、実は、と一酸化炭素中毒の事故の顛末を話すと、そんなことがありましたか、とただ一言云われ、ところで、馬渕さんは?と尋ねられた。

元気にしていますよ、今、ミャンマーの潜入取材に出ています、と答えると、そうですか、馬渕さんが心配です、と顔を曇らせた。

そして、それから間もなく、長順さんの危惧されていたことが実際に起きたのである。


  「死相消え 昨日と変わらぬ 今日があり」


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馬渕直城の死相は強く、助けることが出来ないかもしれない

何本もの護摩木に呪文を書き込み、延々と護摩が焚かれた。

曼荼羅に覆われた「クンサー」が仏壇に置かれている。

長順さんの読経の声と時折打ち鳴らされる鉦の音が薄暗い庵に響き渡る。

間断なく投げ込まれる護摩木は大きな炎となり、高い天井をも焦がさんばかりの勢いで燃え盛った。

長順さんは、息を静められた後、自分に出来る限りのお祓いはしたが、今後しばらくは、十二分に注意をするようにと話された。

特に、馬渕直城の死相は強く、もしかすると助けることが出来ないかもしれないと、顔を曇らせた。

ボクの一酸化炭素中毒の事故が起きたのは、それから一カ月ほど後のことだった。

この間の因果関係についてはよく分からない。単なる偶然だったのかもしれない。

しかし、そんな出来ごとがあったことだけは確かである。


  「死相出て 知らぬが仏で 今日も過ぎ」


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プロフィール

馬鹿社長

Author:馬鹿社長
【小田昭太郎】
株式会社オルタスジャパン代表取締役

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