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ちょっとばかり感心したこと

自分の会社が制作している番組やその担当スタッフの自慢をするのは、それこそ馬鹿社長の名に恥じぬ馬鹿ぶりであるが、それでも、いささか感心したことがあるので、馬鹿を承知で少しばかりお話したいと思う。

ボクたちは、テレビ局の色々な番組を制作させてもらっていて、そのどの番組も大切なのだが、その中でもわが社の看板番組として重点的に位置づけている番組がある。

そんな番組のひとつに、テレビ東京の「日経スペシャル・ガイアの夜明け」がある。
毎週火曜日の夜10時から放送の、1時間の経済ドキュメンタリー番組である。

この番組は、2002年4月から放送が始まりすでに13年目になる長寿番組だが、ボクたちは、この番組の立ち上げ時から参加させてもらっている。
現在、テレビ東京の常務取締役の藤延直道さんが、まだ報道部長だったかの時代で、彼から声を掛けて頂き参加した。

以来、これまで45本を制作してきた。
一年に1本しか制作していない年もあれば、6本制作した年もある。

制作本数は年度によって違いはあるのだが、わが社では、これまでずっと、「ガイアの夜明け企画班」なるものを組織してきた。
社外からのブレーンを含め、プロデューサーやディレクターなど数名が必ず毎週一度の企画会議を開き、その会議で練った企画を局に持ち込んできた。

番組が始まって以来、局のプロデューサーも代々変わり、わが社のスタッフも変わった。
しかし、わが社内での「ガイアの夜明け」の企画会議はほとんど途切れることなく、ここ10年間ほどは引き続き、続けられてきた。

こんな努力にも係わらず年間3本だったり、また1本しか制作できなかったりと、ずいぶんなエネルギーを費やしてきたものである。
これまで費やして来たエネルギーは、単純に人件費に換算しても数百万円の単位ではとても収まらない金額になるはずである。
こんな効率の悪い仕事の仕方をしているから、わが社はいつも貧乏をしている。

しかし、「ガイアの夜明け」という番組に対する思い入れが、こんな一見馬鹿げて見える伝統的企画会議を続けさせてきた。

スタッフは変われども、伝統は受け継がれて行く。
そして、結果的には、今では、この企画グループが、頼りになる戦闘的企画集団に成長し、成果を挙げるまでになってきた。

プロデューサー戸田有司、チーフディレクター加藤伸、ディレクター松本章伸、吉村元徳、福田雅之、アシスタント深田聖介、岩井宏樹、それにアドバイザーの甲野泰治さんが現在の企画班のメンバーである。ここにその都度、他のスタッフが入れ換わり参加する。

特に戸田有司と加藤伸は「ガイアの夜明け」の大ベテランで、戸田は主に企画の仕切りと営業を、加藤は番組の内容と、その品質のすべてに責任を負っている。

松本章伸はこの番組に限らず、優秀な企画メイカーである。
吉村元徳は伸び盛りの若手ディレクターで、一作ごとに確実にその腕を伸ばしている。

アシスタントの深田と岩井は共に、今年入社2年目を迎える新人である。
深田は新人ながら別のドキュメンタリー番組に企画を提案し、いち早くディレクターの体験をした。
そして、再びディレクターに挑む意欲を燃やしている。
岩井はつい先日、「ガイアの夜明け」で予定していた企画が取材先の都合で潰れた際に、急きょ、別のネタを提案し、窮地を救うという手柄を立てた。

甲野泰治さんは昨年末に77歳の喜寿を迎えられたわが社の最長老であるが、年齢を感じさせない新しい情報の宝庫のような人物で、彼の存在が、この企画会議を永年続けさせたとも云える。

どんなことも一人の力には限りはあるが、まずは本気になる一人の存在がキーとなる。
これに、2人、3人と力が寄れば次第に最強の形が生まれる。

ボクもここ数週間、この番組の制作態勢の見直しのために、この会議に参加しているが、ここに集まったスタッフの専門性の高さには舌を巻いている。
付け焼刃では間に合わない、経済ネタの情報に溢れている。

実際に、今年は6本の番組の制作がすでに決まり、現在3本の番組が並行して動いている。
テレビ局の担当プロデューサーの指導のもとで、長年の努力の成果がようやく実を結び始めていることを喜んでいる。

わが社の中に、あと二つあるいは三つの、こういった専門性の高い企画集団を作るのがボクの現在の目標である。
そして、他のプロデューサーたちに、「ガイアの夜明け」の企画会議を見習うように勧めているところである。

スタッフたちが、素直にボクの勧めを受け止めてくれるかどうか、大いに期待し、楽しみにしている。

   「回り道 迷い迷って 遠回り」


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集団的自衛権と野党~その②

集団的自衛権についての安倍政権の憲法解釈の変更方針が表明され、今後の日本の安全保障の進路が大きく変わろうとしている。

この、歴史的大転換に際して、野党はその機能を全く失ったままで、何の政治的役割も果たせていないことは異常な事態である。
自民党と連立政権を組む公明党がかろうじてその歯止めの役割を果たせるのかどうか。
いかにも情けない光景である。

振り返ってみると、2009年8月30日に行われた第45回総選挙で自民党が大敗したが、とりわけ、小泉内閣のあとを継いだ、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎と続く各内閣の率いた自民党政治は、これが戦後日本を復興させ、経済大国といわれるまでの国として栄えさせ、日本国民の安定的な生活を支えて来た政権政党であったとは思えぬほどに酷い状態で、国民を失望させたことは、まだまだボクたちの記憶に新しい所である。

しかし、国民が期待をかけて選択した新政権の、鳩山由紀夫、管直人、野田佳彦の民主党内閣の無様な政治が残した結果については敢えて語るまでもない。
やっぱり日本は自民党でなければ駄目だとの印象を国民に確認させる役目を見事に果たしただけだった。

そして、いま、アベノミクスという経済政策を掲げた安倍政権が、その独裁を欲しいままにしている。
この間、日本は見事に右傾化し、自民党政権にとって代わる野党は壊滅状態となっている。

国民ひとりひとりの暮らしの安定よりも、大企業を優先することにより、国家経済の立て直しを図ろうとする現政権の政策は、より一層富める者と貧しい者との両極を生み出し、格差社会を顕在化させている。

良くも悪くも、小泉内閣の出現までは、自民党の保守本流による政治が行われ、一億中流意識時代がしばらく続いた。
中間層と呼ばれる、特別に金持ちでも、貧乏でもない人々が中心の社会であった。
ある意味、これは社会のひとつの理想形である。
日本のもっとも平和な時代であったと云える。

しかし、「自民党をぶっ潰す」と宣言した小泉内閣により、保守本流の伝統的政治の形態は崩壊したのだった。
そして今、安倍内閣によるキナ臭い政治が世論の支持を受けている。

こうして見ると、本来は革新的でなければならない筈であった野党が、少しも、新しい政治や社会を求めて来なかったのではないか、とも思えてくる。
野党には、現在の政治に対する怒りや、社会の矛盾への挑戦の意欲が人一倍なければならないのに、そういう気配が全く感じられないのはどうしてなのか。

万年野党と揶揄された、かつての社会党には、政権を本気で勝ち取る気力や意欲がまるで見られず、結局壊滅していったが、それでも今の各野党よりも、もう少しましな部分があった。
それは、自分たちは野党としての責任があるとの自覚が、少なくとも存在していたからである。

新しいヴィジョンを持てない現在の野党には、政権を狙う意欲はもとより、野党であるとの自覚すら無いのではないか。
国会議員を就職先だと考えているのではないか、とさえ思えてくるのは実に情けない限りだ。

まだ、数にまかせて勝手気ままな専横政治を行っている自民党の方が、より革新的であり、世の中を変革させようとしているのではないかとも思える。

そろそろ、野党は眼を覚まさなければならないし、国民ひとりひとりも、うかうかと、過去の豊かであった時代の名残りから目覚める時が来ていると思うのだが、どうだろうか。

   「ここもダメ あちらもダメと 八つ当たり」


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集団的自衛権と野党~その①

安倍首相は15日、記者会見で、集団的自衛権の行使に向けて踏み出す方針であることを正式に表明した。
今さらながらではあるが、集団的自衛権とは他国のために自衛隊が武力を行使できる権利のことを云う。

戦後日本は、憲法第九条を順守し、自国の防衛だけに専念してきた。
しかし、安倍首相は国民に憲法改正の是非を問うことなく、憲法解釈の変更に過ぎないからとの理屈をつけて、日本が海外での戦争に参加できる道を開こうとしている。
このことは、以前から安倍首相が目指していたことである。

このブログでも、これまで尊重して来た憲法の解釈を、突然、一内閣が勝手に変更することは、「憲法は権力を縛るものである」という絶対的な理念である「立憲主義」を否定することになり、言語道断の専横政治であることをボクも強く訴えて来た。

過去70年、日本は戦争を放棄するとの理念を鮮明にし、世界に独自の立場を理解してもらうために努力を重ねて来た。
そして、現在の経済的な繁栄と平和を築いてきたという誇るべき歴史を持っている。

その立派な理念に基づく平和国家を放棄し、今、なぜ、放棄したはずの戦争に向けての道を進まなければならないのか。このことに関しては、憲法改正と同様に慎重な対応が必要であり、改めてこの件に関しての国民の信を問うべき内容である。

人はその立場によって考え方や行動が異なる。
戦争は絶対に放棄しようと考える者と、戦争も実際の政治運営の選択肢に加えようと主張する者とはその論者の立ち位置によって異なってくる。

ひるがえって世界を見渡してみれば、パレスチナは云うに及ばす、シリアをはじめとする中東の国々は戦乱にまみれているし、アフリカでは南スーダン、コンゴ、マリなどの紛争は続いている。
ウクライナでもロシアとEUの綱引きが行われている。

また、中国国内でもチベットやウイグル自治区で紛争の火種はくすぶり続けている。
南シナ海のベトナム、フィリピン、インドネシアなど各国と中国との関係も実にキナ臭い。
北朝鮮も決して平和的な国家とは言えない。

もしかすると、世界は、紛争や戦争をするために存在しているのではないかと思えるほどに、争いが絶えることはない。
そういう現実の中でどのように生きて行こうとすれば良いのか。

これには様々な立場と選択肢があるだろう。

安倍首相などのように、こういった国際情勢下で、外交や政治を行おうとする者は、戦争という手段を行使する権利を持って、各国と対峙していきたいと考えるのだろう。
安倍首相を支える人々の多くもまたそう考えているのだろうと推測できる。
それはそれで一理ある現実的手法であることには異論はない。

しかし、恐らく、そういう考えを持つ人々は、自分が戦場に出掛け、血まみれになって苦しんだり、死んでいったりするという具体的なイメージを持つことが出来ない、想像力に欠ける人たちであろうと思われる。
実際に戦争をするのは自分以外の人間であるとの考えの持ち主である筈だ。
自らは安全な所で旗を振ることだけを考えているにちがいない。
だから、平気で戦争への道を推し進めることができるのだろう。

一方、平和憲法を守り、戦争をしない国家で在り続けたいと願うボクたちは、相手を傷つけたり、自分たちを含めて傷ついたり苦しんだりすることをひたすら恐れている。
苦しむのは常に社会的弱者である自分たちだということを知っているからである。
そして、どこまでも戦争を放棄することを前提としての政治や外交の道を模索し続けたいと願っている。

日本は世界に誇る超軍事大国である。
武力に関しては決して世界列強にひけをとることはないだけの力を有している。
だからこそ、なおさら、自らは戦争を放棄し、世界の平和のために尽くすとの、平和国家であることを宣言することの意味が大きいのだとボクは信じている。

そして、こんな重大な発言をする安倍首相に対して、わずかながらでも影響力を持っているのが自民党と連立与党を組んでいる公明党しか存在しないという現実は実に情けない限りである。
いったい日本の野党はどうなってしまったのだろうか。

今さら民主党のふがいなさと責任について語る気もしないが、この重大な時期に待ったを掛ける野党が皆無であることは、日本の政党政治史上の汚点である。

結局、衆愚の国家はこうして形を変えた暗黒の世界へと再び導かれて行くしかないのだろうか。

      「黙々と 滅びの道を ただ歩む」


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これまで一番楽しかったイタズラ

今日のブログは、恐らく、ヒンシュクを買うことになると思う。
もしかすると、本気で怒りだす人がいるかもしれない。

しかし、これは、これまでボクが体験した中で、一番楽しく面白かった遊びのお話である。
本音を云うと、また機会があればやりたいと思うのだが、ちょっとした気力とエネルギーを要するイタズラである。

昔、よく公園などのハトにエサを与えるハトおじさんが話題になったことがある。
また、近所の野良猫にエサを与えるネコおばさんなどもいた。

最近では、神社の境内や公園などでよく見かけたドバトも、糞の害や病気などの理由で有害駆除の対象となり、以前ほどその姿を見かけなくなったし、同じような理由で野良猫も少なくなってきた。

当然ながら、それら有害駆除の対象となっている生き物にエサを与えることは反社会的行為となり、その禁を犯す者は批難の対象となっている。
ボクの遊びは、そんな反社会的行為にあたる。

ボクの場合は、ハトや猫ではなくて、もっと人々から毛嫌いされているカラスへのエサやりだった。

ハトは投げたエサを空中でキャッチすることはできないし、表情が乏しい。
一方、カラスは見事にエサを捉えるし、その表情は実に豊かである。

10年ほど前、ボクはまだ当時は幼かった孫娘を連れて、南こうせつのフオークソングで知られる神田川の上流沿いにある大宮八幡宮の森にしばしば行った。
普段は余り、人の訪れることの少ないその森には、カラスが群れで住んでいた。

何度か行くうちに、カラスたちはボクの顔を覚えて、三々五々集まって来る。
彼らの目的はボクの持っている食パンである。

それをちぎって投げるとカラスたちは競って空中でキヤッチする。
そのうちに、どこからとなくカラスたちが数百羽となく現れ、あたり一面が真っ黒になる。

それでも、カラスたちは用心深くてボクや孫との距離を一定に保ち、ハトのように肩や手に乗って来るようなぶしつけな真似はしない。
慎み深く行儀が良い。
じっと順番を待っている。

そして、カラスを近くで見ると実に可愛い顔をしている。
大きい者も小さいのもいる。
すばやくサッとエサを獲る者もいれば、動きが鈍く、すぐ目の前の空中で横取りされる者もいる。
大人に混じって子供もいて、余りの多さに一羽づつの顔つきの違いこそ分からないが、それぞれの個性も見えて面白い。

4~5斤の食パンはあっという間に無くなってしまう。
孫もカラスたちと仲良くなったものである。

ここまでは、特別にどうというお話ではない。
有害駆除対象のカラスにこっそりエサを与える不届きなオヤジに過ぎない。

そのうち、新宿御苑にもカラスがいることを知った。
新宿御苑は天皇が園遊会を催したりする名庭園で、家族連れや恋人たちが多く訪れる観光地でもある。

大都会新宿の中央にある森は人々の憩いの場であると共にカラスたちにとってもおそらく快適な休息の場なのだろう。
しばしば通っていた大宮八幡宮の森ほど多くはないが、新宿御苑にも100羽を越すカラスたちがいた。

御苑のはずれにある林まで来る人は少ない。
そこにいるカラスに用意して来た食パンを与えると、その情報を聞きつけてカラスたちが集まって来る。

そのほど近くに池があり、大きな鯉がゆったりと泳いでいる。
橋の上からエサを投げると何十匹もの鯉が先を争ってそのエサを奪い合う。

ひとしきり、カラスたちと遊び、残った食パンを池の鯉にやろうと孫と2人で池の方に移動したところ、カラスの一団がぞろぞろとボクたちについて来た。
橋から鯉に食パンを投げると、水面に落ちる前にカラスがサッと奪って行く。
それが面白くて孫と夢中になっていて、ハッと気付くと、橋の欄干に数十羽のカラスがとまっていて、遊びに来ていた人たちが、その異様な光景に驚くこととなった。

ヒッチコック監督の映画「鳥」ではないが、ハトやすずめなどならまだ穏やかだが、カラスとなるとその身体は大きいし、色が黒いので皆が怖がっているようだった。
さすがに気が引けて素知らぬ顔をしたが、期待してエサを待ち構えているカラスたちはしばらく動こうとはしないのだった。

そして、何日か過ぎると、またカラスと遊びたくなり、孫もその遊びを喜んだので、新宿御苑に行ったものである。
しかし、そのうちに人々の批難の視線が鋭くなるように感じられるようになり、ボクもついつい気弱になり、この迷惑なイタズラをやめることにしたのだった。。

そういう状況の中ではカラスは悪さをしないし、人を襲ったりすることもなく、全く危険はないのだが、どうもカラスは人間の嫌われ者のようである。

当時は幼かった孫娘も中学生になり、ボクも年老いて来たが、今でも、空中で見事にエサをキャッチするカラスの姿や、大きく口を開いてエサの食パンを、もう少しのところでカラスに奪われて食べ損ね残念そうな鯉の顔を思い浮かべては、またもう一度、あのイタズラをやってみたいと思ったりしている。

      「なぜ鳴くの 嫌われものの カラスの子」


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花壇の花々

ボクが住んでいる信濃町のマンションには玄関が二つあるが、裏玄関とも云える出入り口を出たすぐ脇に、狭い公園に続く10坪ほどの空き地がある。

以前はそこには雑草が生えていたのだったが、ここ2年ほど前から、少しづつ季節の草花が植え始められ、いつの間にか様々な花が咲き乱れる立派な花壇に変身した。
いまは、マーガレットや色とりどりのナデシコが美しい。

会社の行き帰りには必ず目にするが、特に朝は、太陽の光に映え、生き生きとしたその姿に元気を貰っている。
妻などは、毎朝、その花たちに「おはよう」と声を掛けるのが習慣になっている。
とりわけ、近頃は、辺り一面にむせるほどの香りを放っていて、初夏の感覚を一層感じさせてくれている。

以前から、一体誰が、この花壇の世話をしているのかと思っていた。

一昨日の日曜日の午後、ひとりの男性がこの花壇を手入れしていた。
ボクは思わず「こんにちは」と声を掛けた。
「この花を育てておられるのはあなたですか?」と単刀直入に尋ねた。
「はい」と50歳代半ば過ぎと思えるその男性は少し恥じらうように笑顔で答えた。

彼はボクたちと同じマンションの住人だということだった。
そして、この空き地は新宿区の所有で、初めは同じマンションの仲間たちと草花を植え始めたが、今はほとんど彼ひとりが花壇作りに精を出しているのだとのことだった。

「毎日、幸せな気持ちにさせていただいております。ありがとうございます」と妻が男性に礼を云うと「いやあ、楽しみでやっているだけですよ」と照れながら、それでも嬉しそうに答えた。

季節に合わせて花々をこれだけ見事に咲かせ続けるのは、並大抵の労力ではないし、それにお金もかかることだろう。
ボクたちは、男性に「ありがとうございます」と繰り返し礼を云った。

しかし、ボクはこの美しい花園を毎日通り過ぎながら、不思議に思っていたことがある。
それは、これほど咲き乱れ、香りを放っている花々に寄って来る虫たちをこれまで一度だって目にしたことが無かったことだった。

改めて考えてみると、家から会社への道筋の赤坂見付まで、ずっと緑が途切れることがない。
赤坂御所、迎賓館、学習院小学校、いくつかの公園、四谷駅からホテルニューオタニまで続くお堀沿いの緑と、何とも緑に満ちたこの一帯なのに、どの季節にも虫の姿を見ることがない。

どこにでもいた黄金虫などもいない。
お堀には水もあるのに、夏になってもトンボも見ないし、蝶も姿を見せない。
そういえば、ハエもあまり見ないし、蚊に刺されることもなくなった。
小鳥たちも姿を見せなくなって久しい。虫がいないと鳥もいなくなるのだろうか。

先日も、麹町から赤坂への道すがら、妻と娘と3人で新緑の映える清水谷公園を通った際にも、鳥たちの鳴き声もなかったし、姿も見ることはなかった。
虫嫌いの娘は、「虫などいない方が良いわ」と喜んでいる。

これが、都会の自然の姿なのか。
それとも、何か不自然な出来事なのか。

      「そんなこと 当たり前でしょと 妻が云い」


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馬鹿社長

Author:馬鹿社長
【小田昭太郎】
株式会社オルタスジャパン代表取締役

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